百合と雲水
※リアルタイムの話ではありません。過去話です。
前話「消息──20年ぶりのガランへ」の続きです。
ガランで有名だった宿は魔王襲撃の被害はなく無事だった。続きの部屋を2つ取り、宿が経営しているレストランで食事をした。
天井の代わりにシールドが張ってあり、夜空がよく見える。各テーブル中央に置かれたグラスには、魔法の丸い灯りが入っていた。灯りは誕生日などの記念日にサプライズとして幻影を見せる役割もあるらしい。バースデーの席で、花束を持った人形が出てきて一家を喜ばせていた。
百合の20歳の誕生日も間近だ。本部でささやかな祝いをしようか。
「今日は疲れただろう。君は初めてのジャンプだったのに気が回らなくて悪かった」
「大丈夫。疲れてはいないわ。雲水こそ今日は気持ちの整理に忙しいわね」
「知りたかったことだ。……時が過ぎるのはあっという間だな。もっと早くに皆の顔を見に来るべきだった」
「ジャンプに使う魔法は膨大だから、あなたは1人でも多くの子供をガランに送りたくて自分の事は後回しにしてきたんじゃない。誰も分かってくれなくても私は知っているわ」
「百合は優しいな」
「優しいのは雲水よ」
野菜スープを口に含むと、エルダー・リリーとマキナのことを思い出した。私のためにつくってくれたスープの味を。
「聞いてもいいかしら。マキナさんのこと……以前話してくれたことについて」
「いいよ」
「雲水はマキナさんと別れたのは不本意だったんでしょう?……もしかして、今でも愛しているのかしら?」
「愛していると思う」
「ためらいなく言えるのね」
百合はフフッと笑い、上を向いて星を眺めた。
「もしもだけど、マキナさんが生きていて独身に戻っていたら雲水はどうする?」
「あり得ることだが、私に関係はないよ」
「結婚したいって言われたら?」
「私は彼女を幸せにはできないだろう」
家族連れが席を立ち帰っていくと店内が薄暗くなり、壁に埋め込まれた色付きの飾り水晶がほんのり輝いた。夫婦や恋人たちの時間帯に入ったのだろう。
私は甘やかなナンバーに寄りかかり、密かに癒されようとしていた。
「雲水はマキナさんが言ったようにエルダー・リリーの幻影であるエリザベスさんに心惹かれている? 今でも」
星空に酔ったように、百合の声は不安定だった。
「そうだね。忘れることはできない」
「エリザベスさんに対する愛と、マキナさんへの愛はどう違うの?」
「エルダー・リリーは私の中で永遠に生きている存在だ。マキナには幸せになってほしいと思っている」
正直な気持ちだ。複雑な思いも言葉にすると意外と単純だ。
「それが答えね。マキナさんがどんな気持ちだったか、私にはわかるわ」
私は百合を傷つけたかもしれないが、中途半端な嘘で彼女の気持ちを乱すよりはマシだと思った。
「あなたほど頑固で純粋な人はいないわ。エルダー・リリーはあなたが欲しいものをすべて与えてくれた人だったものね。特に愛情を。干からびた土地に雨が沁み込むようにあなたは彼女によって潤った。敵いっこないわ。私はあなたの何になれるかしら?」
寂しそうに笑う百合に言った。
「君は私の一番の理解者だ」
百合の表情が一気に暗くなった。声を絞り出すように話す。
「私は似ているんでしょう……構わない。あなたが私をエリザベスと呼んでも。お望みならエリザベスとして、らしく振る舞うこともできるわ」
褐色の艶やかな長い髪、豊かな胸に細い腰、長いまつげに囲まれた優しい紫の瞳、声の調子まで百合はエリザベスに似ている。これだけ似ているのに、百合はエリザベスではないという一点だけが私と百合を隔てるのだ。
「百合は百合なんだ。無理しないでくれ」
手を引き寄せてキスした。
「帰ったら結婚しよう。私なりに君を愛しているよ。誰とも比べたりしない」
百合は黙って頷いた。紫の瞳がまばたきをすると涙が頬を転がって落ちた。




