でるでる課新設、スカウトへ 〜トイロ母の暴走〜
嫌な夢を見た。
暗い雲の間から魔王が現れ地上に下りた。ドーンと凄まじい音がして辺りが揺れる。魔王は風を起こし火を吹きながら歩き、たちまち村が炎に包まれた。
遠くの方から誰かが歩いてくる。4人のあの若者たちだ。私はほっとし、これでガランは守られると思った。だが、若者たちは魔王に気づいていない。魔王と彼らの距離が近づいていく。ハラハラ見守る私をよそに、若者たちは魔王の体を通り抜けると消えていった。
どうしてこんな夢を……私自信の弱さが見せたのだろうか。
丸一日、ガランの未来と若者たちの事を考えた。
せめて確実に勝てることが約束されていれば前向きに考えられたかもしれない。
確実に……ひょっとしたらそれは、私にかかっているのだろうか。
魔王と彼らのステータスを分析して私が鑑定魔法で出来ることは、計算だ。徹底的な計算でリスクを最小限に留めて勝てる方法を導き出す。どんな攻撃が効くのか、どのタイミングで出すのが最も効果的か。
実践でどうなるのかは分からない。そのために何百通りもの攻略を考えておく必要がある。彼らの得意や不得意、癖を把握しておくのも重要だろう。
子供の頃、魔物図鑑の魔物を見ながらどうすれば効率良く倒せるかをシミュレーションしたものだ。それが実践になる日が来るかもしれないと考えると、恐怖心しかなかった。この恐怖心は乗り越えるべきものなのだろうか、それとも間違いを指摘する警告なのだろうか。
雲水兄さん……いや、六波羅市長は4人を入庁させるにあたり部署を新設した。部署名は「でるでる課」と言う。
広報に「ゴースト退治の専門部署ができる」と話したら「市民にアピールできるようなキャッチーな名称にしましょう」と言われ、考えたものだ。
私は人事部から「でるでる課」に移り、課長になることが決まった。
彼らが来たらガランのことを話してみよう。市長や私、オキザリスのことも。
協力してくれると言うなら私は精一杯、魔王討伐のための計算をし、できるだけ多くの攻略を考えよう。少しでも迷う者がいれば、私は彼らを市長やオキザリスから守ろう。
「私はガランへは跳ばない」それが切り札になるはずだ。
私の鑑定魔法がなければ討伐に行っても勝ち目はないことは、市長も分かっているはず。
鑑定魔法は私が考える正義に従って使用する。
それが私の戦い方だ。私の懐に来た者を何人たりとも傷つけさせはしない。
「でるでる課」の職員募集要項を作成した。配布するのは4人のみ。
直接家に出向いて手渡し、説得する事にした。
私は化身美空斗、慈眼是親、獅崎十色を担当、市長は星月夜即真を訪ねると言う。
最初に、獅崎十色を訪ねた。
養父母は地域の建設会社を経営している中年の夫婦だ。自宅は事務所と続きになっている。玄関まで行くと養母の月子さんが出迎えてくれた。
「阿羅漢さんですね。ご足労いただきありがとうございます。六波羅市長から連絡をいただいております。息子はもうすぐ帰る頃なのでこちらでお待ち下さい」
来客用のテーブルに案内された。
私を見た従業員らしい若者が「おっ! 十色のやつ遂にプロサッカー界からスカウトか」と、仲間と軽口を叩いている。話の内容から少年はサッカー部に所属し、休日は家業を手伝っていることが分かった。
「十色がいない現場はキツイぜ」という声から、かなりの戦力になっていることが伺える。
「十色さんがここに来てから2年ほどですね」
「そうですね、もう就職だなんて早いものです」
月子さんはお茶を置いて向かいに座った。
私はガランで市長と兄弟関係になったこと、共に転移してきてオキザリスの仲間になったことなどをかいつまんで話した。踏み込んだ事を聞くためだ。
「十色さんは今まで過去を思い出すような素振りなど、なかったですか?」
「なかったです。魔法は市長がかけてくれていますから大丈夫かと」
やはりそうなのか。
「従業員の方や御親戚に対しては、どうなさっているのですか? 会う人全員に魔法をかけるわけにはいかないでしょう」
「十色にかけられている魔法は、本人だけでなく十色を見る者すべてに捏造した記憶を与えるものです」
そういう事だったのか。私はあえて市長を鑑定してはいなかった。どれだけ凄い魔法が使えようが市長がそれを悪用するはずがない、そう思っていたから。しかし市長はその能力で人々の記憶を操ってきた。あの人は優しいだけではない、こういう恐ろしい一面もあったのだと知った。
「市長の前は橘さんが記憶の操作を?」
「はい。橘銀河さんの遺志を六波羅市長が継いで、今のオキザリスがあるようなものですよね」
記憶操作に関するおおよその事が分かった。
「計画が順調に進んでいるようで私も嬉しいです。偽りの記憶とはいえ、私たちを親と慕ってくれる十色と離れるのは辛いですが、オキザリス長年の活動がようやく実を結ぶ時が来たんです。養父母として喜ばなければいけませんね」
「討伐計画には多くの人の人生がかかっていますから、慎重に進めて行きたいと思っています。まだ行くという結論には達していません」
「そうですか。私たち協力者は皆さんにお任せするしかありません。後の事は気にしないで計画を進めてください。市長はじめ皆さんを信頼しています。私たちに出来ることは、十色を皆様の元へ送り出すだけ。市役所勤めにうんと言わせることだけです」
月子さんの親としての気持ちを考えると切なかった。
「ただいま!」
「帰ってきたわ」
「おじはん誰?」
背が高くがっしりとした体格。飴の棒が口から出ている。顔立ちと表情が体格とはアンバランスな印象を受ける。憎めない悪戯小僧のようだ。この子が魔王に対抗できる力を持った戦士なのか。
「十色! おじさんじゃなくて璞市役所の阿羅漢さんよ。就職の案内を持ってきてくださったの」
「就職? 俺、ここ継ぎたいんだけど」
「は? ……それは嬉しいけど、滅多にない良いお話なのよ?」
私が持参した書類を月子さんから受け取ると、十色少年はちらっと読んで突き返していた。
「ないわ。俺が市役所勤めなんて。1日中座って何か書いてるんだろ? 俺には無理!」
「でも、ここならお給料もいいし、ほら、家からも近いし」
「給料なら俺、休日はここで人の5倍ぐらい働いてると思うんだけど。だからってそんなに要らないけどさ。ここなら家から近いも何もゼロ距離だろ」
月子さんが焦って十色を軽く叩きながら言った。
「そうだ、女の子! 市役所にお勤めするような子はみんな頭が良くて美人よ。あなた好きでしょ。そういう子たちと出会いがあるんじゃない? ねえ阿羅漢さん、そう思うわよね?」
「あ……はい」
急に同意を求められ、冷や汗が出た。
「母さんは仕事先を出会い系か何かと思ってるんじゃないの? そういう考えはダメだと思う」
暴走しかけた母を正論で抑える息子。なかなかしっかり者ではないか。
「そうだ、社員食堂! 食べ放題……よね?」とこちらを見る月子さんに「そのぐらいは何とかします」と返事した。
だが、十色少年はうんとは言わなかった。
「今日のところは帰ります。また後日……」
諦めて立ち上がった時。
「十色! 職員になると魔王討伐できるわよ」
月子さん、何とおっしゃった?
「マジで? 本当なら行く」
えっ、何て?
「本当の事を言うわ。この職員募集は建前で、実は魔王討伐メンバーを集めているの。討伐先は地球じゃなくよその星だからちょっと遠いけど、転移魔法を使って行けるのよ」
月子さんが暴走した。大雑把で子供騙しな説明に少し笑ってしまった。
「行く、絶対行く! 阿羅漢さん、俺、璞市役所に就職します!」
「あの……トップシークレットなのでご家族以外に口外されないようお願いしますね」
血圧が少し上がった。細かい事は後で考えよう。
「すみません! 私、つい……」
「了解!」
予想外の展開になったが、目的は達成した。
あと2人。
としおが「あえて市長を鑑定してはいなかった」ことが表現されておらず追加しました。




