対立
橘銀河亡き後、オキザリスの主宰となったのは雲水兄さんだった。
本部内には雲水兄さんの他にオキザリスのメンバーが数人いて、賑やかに出迎えてくれた。
「やあ」と言う兄さんの隣にいる婦人を見て、私は驚き混乱した。
エルダー・リリーがいる……遠の昔に亡くなったはずの。
「橘百合、私の妻だ」
兄さんがそう言わなければエルダー・リリーが復活したなどと思い込んでいたかもしれない。
「百合さん……橘銀河さんの娘さんでしたね」
そう言うと百合さんは首を振った。
「いいえ、私は養女です。身寄りのない私をギンが引き取ってくれたんです。ギンだけでなく、多くのオキザリスの人たちが私を育ててくれました」
「そうだったのですか」
「驚いた? 半世紀も経つと色々変わるのよ」
声を聞いてようやくメイラだと気づいた。曾孫までいるという。
ネイスと萌愛もいた。ふたりは結婚したらしい。子供と孫も数人オキザリスの活動に参加しているそうだ。
「今更だけどおめでとう」
「あの可愛かったルカ……としおがおじさんになったわね。お互い様だけど」
悪戯っぽい口調がそのままの萌愛。
「話は雲水から聞いたよ。鑑定魔法が再動したんだって? いつかこんな日が来るんじゃないかと思った。能力開発のトレーニングの成果が今出たんだね」
中学頃まで定期的に通って受けていたトレーニングではネイスと萌愛が一緒だった。周りがどんどん能力を発動し高めていくのに、私はまったく変化がなかった。
「結果を焦らなくてもいいという見本になったかな」と笑い合った。
ふくよかな体型とお洒落な服装がネイスらしく懐かしかった。
「私、エルダー・リリーという方に似ているのでしょう? 雲水がお世話になった方と聞きました」
百合さんがにこやかに話し掛けてきた。
「あまりに似ているので驚きました」
「フフ、生まれ変わりだったらどうしましょう」
微笑んだ顔はますます似ているように思えた。
「百合さんは未来予知ができるのでしたね」
「ええ」
「私がここへ来ることも予知していらっしゃいました?」
「はい。雲水にそう伝えました」
「なら、私の行動などお見通しなのでしょうね」
「私の予知というのは、未来分岐のうち一番可能性が高いものを無意識が選んだ結果です。正確に何かを知ることは難しいです」
「そうなのですか」
「予知と言っても外れることもあるし、予知の内容が変わっていくことも多いんですよ」
「それでも羨ましい能力です」
私は心の中をさとられないよう気をつけて話した。百合さんは予知能力者であり心見ではないのだが。
室内に爽やかな香りが漂う。ガランでよく飲んだ香草茶とシトロン入りの焼き菓子が運ばれてきた。
運んできた世話係は魔法によるものだろう。
「俺たちの能力も見てよ」
ネイスに言われ鑑定魔法を発動させた。
皆、主にマグネターとしての能力が突出していた。魔法使いやヒーラーの使う魔法が使える者もいる。百合さんは予知能力者として唯一無二の存在であることが分かった。
鑑定内容を話すと皆が驚き、ネイスは「本物だ!」と握手してきた。
「凄いわ! 良かったわね、としお」
「たまげた! どうやって発動したの?」
「私にも分からないんだ」
微笑みながら話を聞いていた兄さんが口を開いた。
「としおが鑑定魔法で優れた能力者を2人見つけたそうだ。テイマーと賢者、どちらも学生の」
賢者! あの青年が……物語の世界にしかいないと思っていた。話を聞いただけで兄さんは分かったんだ。
「賢者って、あらゆる知恵を授けられた天からの贈り人と言われるわよね。本当にいたのね」
「老人のイメージがあったから学生というのはびっくりだ」
「テイマーも多くはないけど、賢者はこの世に何人いるのかしら?」
「としおが人類全部を鑑定して見たらわかるんじゃない?」
能力者はたくさん見てきたはずのメンバーが皆、驚いている。
この世には人間離れした存在があること、実際にあの2人を見たら納得するかもしれない。
「こちらで調べさせてもらった」
雲水兄さんが空間に2人の名前と顔を浮かび上がらせた。
化身 美空斗 慈眼 是親
「彼らは以前、オキザリスが救った子供たちだ。化身美空斗は5歳の時、慈眼是親は11歳の時に日本からオリジン星のガランへジャンプした。
としお、君も知っている通りガランはオリジンで一番良い環境だ。気候は温暖で過ごしやすく資源が豊富、人口は増えつつあり文化もある。私たちがつくったプレ討伐隊も根付いていて子供を守り育てる素地もあった。
だが、約2年前のガラン危機の際に日本へ戻ってきた」
……彼らを救った? ガランに危機?
「オキザリスは公共の子供支援・救済センターと秘密裏に提携して活動を行っている。すべての救われるべき子供たちのうち、能力を持った子供はオキザリスの担当だ。
私たちは能力発現した子供のリストをつくり、家庭環境や怪我の有無などを調べ上げ、いざという時のために救出する準備をしていた。救出は、子供が生命に関わる事態に遭遇した時だ」
助けられた身の私が地球に根付き公務員として平和な生活を享受している間に、兄さんやオキザリスのメンバーは子供たちを助ける活動を続けていたのだと知った。
「オキザリスでは子供たちにアラーム魔法をかけ、見守っている。生命に関わる危機が訪れた時、連絡が来る。アラームは子供たちの悲鳴だ。我々は悲鳴を聞きつけ助けると同時にガランへ跳ぶ……それを繰り返してきた。
化身美空斗と慈眼是親も救われるべき子供たちだった。能力者であることが分かり、彼らについての対処はオキザリスに託された。そして我々は彼らをガランに送ったんだ」
友人らとファーストフード店で笑い合い、将来のために四季報を読む。あの2人に耐えきれないほどの過去があった事など、微塵も感じなかった。
あの日、何もかも無くして立ちすくんでいたのは私だけではなかったのだ。彼らも同じような地獄を味わっていたのだろう。日本には魔物はほとんどいないが、心身を食い荒らす魔物はいる。それが家族だとしたらこれ以上辛いことはないだろう。
「彼らは同じプレ討伐隊にいて、そのまま同メンバーのガラン討伐隊になったようだ。ガランにいるオキザリスの仲間によると、あちらでは有名な子供たちだったらしい。
規定の歳よりも早く討伐隊に入って活動を始めていたが、魔王軍の動きが活発になり、ガランが滅亡しかけるガラン危機に遭った。
ガランへ転移させたことで再び危険に晒す事態になり、オキザリスは責任を問われた。彼らを死なせてはならないと、再び転移魔法で日本へ戻したんだ」
「あの2人には今、家族がいるのですか?」
「ああ。オキザリスの協力者の養子になっている。ガランでの記憶は消し、幼少時に養父母に引き取られたと記憶を改ざんした。強すぎる魔力も封印している」
記憶を……改ざん。必要なことだったのだろう。しかし胸が傷んだ。
「幸せそうに見える日本も、色々あるのさ」とネイスがため息をついた。
「いつの時代もしわ寄せは子供たちに来るんだわ」とメイラが苦々しい顔をした。
「オキザリスのメンバーになると言っておきながら、今まで何の協力もせず申し訳ない」
私が言うと萌愛が「だって、としおや私は子供だったんだもの。仕方ないわ」と笑い「これから協力してくれればいいわよ」と付け加えた。
「実は、あと2人いるんだ。彼らの仲間が」
ボードに名前と顔が2人追加された。
獅崎 十色 星月夜 即真
「これだけで鑑定できるだろうか?」と兄さんに聞かれて答えた。
「獅崎さんはおそらく戦士、星月夜さんは魔法使いです。お2人とも先の2人に負けないぐらい高いレベルの能力者……それ以上は分かりません」
「やはりそうか。そこまで分かるとは大したものだ。獅崎十色と星月夜即真も先の2人のように、ガラン危機の時オキザリスが日本に転移させた同じ討伐隊のメンバーだ」
「飛び抜けた能力者が4人も集まったのは偶然でしょうか?」
「……集めたのは橘銀河だ」
「え……」
「橘氏は鑑定魔法の使い手だった」
「ガラン人で、ジャンパーと共に日本に転移してきた。彼は魔王のステータスを知っていた。鑑定魔法で魔王を倒せるレベルの能力者を集め、ガランに向かうつもりだったんだ。
化身美空斗、慈眼是親、獅崎十色、3人をガランの同じ区域に送って成長するのを待っていた。あと一人彼らと同レベルの能力を持った戦士か魔法使いがいれば魔王討伐が成功すると踏んでいたんだ。
しかし4人目は現れなかった。橘氏は亡くなる前に自分の能力を私に明かし、魔王討伐計画を私に受け継いでほしいと言った。彼がガランに戻っていれば、星月夜即真の存在に気づいただろう」
メイラたちオキザリスのメンバーはギンさんの能力を知っていたようだ。頷きながら静かに聞いている。
秘密だったのは、オキザリスが秘密結社であることから知られると困る事があったのだろう。
「兄さんは受け継ぐつもりですか、ギンさんの遺志を」
「そのつもりだ」
私は胸に小さなトゲが刺さったようだった。
百合さんやオキザリスの仲間たちが私の能力に期待し、ギンさんの遺志を継ごうとする兄さんを応援したがっている。私は鑑定魔法の能力を背負うことの重圧を知った。
「兄さんは私がここへ来ることが分かっていただけではなく、私がこの4人のうち誰かを見つけることも分かっていたんじゃないですか?」
兄さんは頷いて「そうだ」と答えた。
「この4人はずっとオキザリスの監視下にあったのですね」
「監視ではない、保護だ」
「魔王を倒したい思いは同じです。鑑定魔法であの2人を見た時に、彼らなら魔王を倒せるのではないかと考えました。私の能力を生かして過去にリベンジするチャンスだとも……でも、若者たちの未来を奪っていいわけではない。オリジンは彼らの故郷でもないんです」
「としおは、ガランのことはガランで解決すべきだと言いたいんだね?」
「そうです」
「私もそれは思う。だが、すでに事態はかなり深刻になっているんだ。このままではガランは滅びる。4度目の滅亡だ」
「……どうやって説得するつもりですか」
「説得などしない。魔王討伐に来てくださいと言われて来るやつがいるか」
「それはあまりに……!」
「としお! もう考えている猶予はないんだ」
兄さんは信じられない事を口にした。
「この4人を璞市役所に集めたい」
*以下カットしました
雲水のセリフ「星月夜即真の素性だけが分からないが、おそらく同じだろう」
転移後に報告書が作成される設定なのでそんなわけないと。




