↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アーネム戦記  作者: Tanu1016
第五章 278年の嵐 前編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
73/99

第11話 ユナ対エル

第51話 


 同じ日。パドゥーラ東方。


「来たね」


 エルは東方を見た。


 斥候から報告を受けた兵士が、地図を広げる。


「セイレン軍は東の砦へ到着。先に撤退していたパドゥーラ軍、およそ三千と合流しました」


「合わせて五千」


「はい。ほぼ我々と同数です」


「そう」


 エルは地図へ目を落とした。


「敵将は?」


「セイレン軍を率いているのは、ユナ=リズナー」


「……ユナ=リズナー」


「ご存じですか?」


「知ってる」


 それだけだった。


「パドゥーラ軍の指揮はキースです」


「そう」


 セイレン兵二千。


 パドゥーラ兵三千。


 合わせて五千。


 こちらも五千。


「敵は?」


「東の砦から出ました。こちらへ向けて進軍しております」


「出たの?」


「はい」


「……そう」


 エルは少しだけ考えた。


「急いでるんだね」


「おそらく、北の砦の救援を目的としているものと」


「うん」


 東の砦に籠もっていても、北の砦は救えない。


 パドゥーラ市街も取り戻せない。


 だから、出てくる。


「兵力はほぼ同数ですが、いかがいたしますか?」


「迎え撃つ」


 即答だった。


「野戦で、ですか?」


「向こうから出てきてくれるんだから」


 エルは地図上の街道を指でなぞった。


「ここ」


「この平原ですか?」


「うん」


「敵も五千おります」


「知ってる」


 エルは顔を上げた。


「準備して」


「はっ!」


 兵士が去っていく。


 エルはもう一度、東方へ目を向けた。


「全軍、出るよ」


 そう言って、馬へ向かった。


 ◇


「左翼、前へ出すぎないで!」


 ユナの命令が飛ぶ。


「トウヤ!」


「分かってる!」


 トウヤがすぐに伝令を走らせた。


「左翼第二隊、前進を止めろ! 第一隊との間隔を詰めろ!」


 角笛が鳴り、兵が動く。


 ユナは戦場を見渡した。


 おかしくはない。


 少なくとも、自分ではそう思う。


 敵は五千。


 こちらも五千。


 正面からぶつかるだけでは不利になる。だから地形を選び、左翼をわずかに高い場所へ置き、ロスバルトを中央へ集めた。


 パドゥーラ兵には土地勘がある。


 無理に混成させず、それぞれの指揮系統も残している。敵の動きを見て対処できるよう、予備兵も確保した。


 悪いはずがない。


 ユナとて姉とともに戦場に出たことはある。


 あのレンヌにもいたのだ。


「中央、来るぞ!」


 トウヤが叫ぶ。


「分かってる!」


 リービッヒ軍が動いた。


 中央。


 ユナが予想していた場所だった。


「中央、受け止めて! まだ予備は動かさない!」


 ロスバルトが盾を並べる。


 ぶつかった。


 激しい金属音と怒号が響く。


 中央は耐えた。


「よし……!」


 ユナが息を吐く。


 その直後だった。


「右翼!」


 トウヤの声。


 ユナが振り向く。


「え?」


 リービッヒ軍の一部が動いている。


 多くはない。


 だが、絶妙な位置だった。


「右翼第三隊を下げて!」


「下げろ!」


 命令が伝わる。


 間に合った。


 崩れない。


 ユナはすぐに中央へ視線を戻した。


「予備隊を――」


 言いかけて止まる。


 中央の敵が下がっていた。


「……なんで?」


 押していたはずだった。


 こちらが耐えた。


 だから敵が退いた。


 そう見えた。


 だが。


「追ってはだめ!」


 ユナは叫んだ。


「中央、その場を動かないで!」


 兵は止まった。


 追撃しない。


 その判断も間違ってはいなかった。


 なのに。


「左翼に敵!」


「分かってる!」


 今度は左だった。


 先ほどまで中央にいた兵の一部が、いつの間にか左へ回っている。


「左翼を下げる! 中央と線を合わせて!」


「伝令!」


 トウヤが命令を飛ばした。


 左翼が下がる。


 戦列を作り直す。


 間に合った。


 まだ崩れていない。


「……」


 ユナは唇を噛んだ。


 何かがおかしい。


 いや。


 何もおかしくない。


 敵が奇妙なことをしているわけではない。


 こちらも失敗していない。


 中央を押されれば中央を支えた。


 右翼へ回れば右翼を下げた。


 左翼へ来れば、左翼を整えた。


 全部、対応できている。


 それなのに。


 少しずつ。


 少しずつ。


 こちらだけが下がっている。


「ユナ!」


「分かってる!」


 今度は中央だった。


 先ほどより強い。


「予備隊を中央へ!」


「予備隊、中央!」


 トウヤが叫ぶ。


 予備兵が走り、中央が持ち直す。


「よし……」


 その瞬間。


「右翼、敵騎兵!」


「――!」


 ユナが振り向いた。


 予備を中央へ入れた直後だった。


 右翼へ回せる兵がいない。


「右翼第二隊を後退! 無理に受けないで!」


「右翼、後退!」


 トウヤの命令が飛ぶ。


 右翼が下がる。


 崩壊は防いだ。


 だが。


 また、下がった。


「……なんで」


 ユナは戦場を見る。


 兵数は同じ。


 こちらだって戦っている。


 ロスバルトは弱くない。


 パドゥーラ兵も逃げていない。


 命令も届いている。


 トウヤも、きちんと部隊を動かしている。


 なのに。


 勝てない。


 何をしても、先にいる。


 こちらが対応すると、次が来る。


 その次へ対応すれば、また別の場所を突かれる。


 一つ一つなら防げる。


 だが、それを繰り返すたびに兵は疲れ、隊列は乱れ、少しずつ戦場の主導権を奪われていく。


「左翼、また来ます!」


「分かってる!」


 ユナは命令を出した。


 左翼が耐える。


 中央も耐える。


 右翼も、まだ崩れていない。


 それでも。


 戦線全体は、すでに最初の位置から大きく後退していた。


「……強い。こんなにも差があるの……」


 初めて、その言葉が漏れた。


 敵将。


 エル=リージェット。


 パドゥーラで会ったこともある。


 綺麗で、優しい、本当に天使のような子だった。


 だが。


 戦場で相対するというのは、まるで違った。


 正確にこちらの動きをみて先回る。


 天使?

 

 全然違う。


 まるで悪魔だ。


 歯が立たない。


「ユナ!」


 トウヤが馬を寄せてきた。


 顔には汗と土がついている。


「これ以上は限界だ!」


「……」


「支えきれない」


 ユナは戦場を見た。


 まだ壊れてはいない。


 だが、このまま続ければ壊れる。


 そして一度崩れれば、もう止められない。


 ここで退くか。


 それとも、もう一度だけ賭けるか。


 迷ったのは一瞬だった。


「撤退しよう」


 トウヤがユナを見る。


「東の砦まで下がる。まだ動けるうちに」


「……分かった」


 トウヤはすぐに馬首を返した。


「指示を出す!」


「お願い!」


「伝令! 各隊へ! 順次後退! 東の砦まで退くぞ!」


 角笛が鳴った。


 だが、敵の攻撃は止まらない。


「後ろを向くな!」


 トウヤが叫ぶ。


「走るな! 隊列を崩したら追いつかれるぞ!」


 ロスバルトが後退を始める。


 パドゥーラ兵も続く。


 ユナは何度も後ろを振り返った。


 リービッヒ軍が追ってくる。


 速い。


「急いで!」


 東の砦が見えた。


 門が開いている。


「負傷者から入れて!」


「ユナ、お前も入れ!」


「まだ!」


「総司令官が最後まで残る必要はない!」


「分かってるよ!」


 兵が次々と砦へ駆け込んでいく。


 最後の部隊が門をくぐる。


「ユナ!」


「うん!」


 ユナも馬を走らせた。


 門を抜ける。


「閉門!」


 重い門が閉じ始めた。


 その向こうから、リービッヒ軍が追ってくる。


 だが、間に合わない。


 轟音とともに門が閉じた。


「……」


 ユナは馬上で息を吐いた。


 勝てなかった。


 悪い手を打ったつもりはない。


 兵も戦った。


 トウヤも支えてくれた。


 それでも。


 まるで勝てなかった。


 東の砦の外には、エルの紅い旗が並んでいた。


 ◇


 東の砦の門が閉じた。


 エルは馬上から、それを見ていた。


挿絵(By みてみん)


「……入ったね。いい判断」


「はい」


 兵士が答える。


「敵軍、ほぼすべて東の砦へ退却したものと思われます」


「そう」


 エルは砦を見た。


 予想よりも強かった。


 セイレン兵二千。


 パドゥーラ兵三千。


 急遽合流した混成軍。


 もっと簡単に崩れると思っていた。


 だが、崩れなかった。


「ユナ=リズナー……さすがロスバルト」


 エルは小さく呟いた。


 初めてまともに軍を率いたにしては、よくやっていた。


 でも。


 ただ、それだけだった。


「追撃しますか?」


「しない」


 即答だった。


「しかし、敵は砦の中です。このまま包囲すれば――」


「時間がかかる」


「……はい」


「北の砦が先」


 エルは馬首を返した。


 最初から言っていた。


 二千程度なら、後でどうとでもなる。


 結果として五千になったが、それでも同じだった。


 野戦で押し戻した。


 東の砦へ閉じ込めた。


 すぐにパドゥーラへ向かってくることはできない。


 それで十分だった。


「全軍」


 エルは言った。


「パドゥーラに戻る」


「はっ!」


 命令が伝わる。


 リービッヒ軍五千が動き始めた。


 エルは一度だけ、東の砦を振り返った。


「……思ったより、強かったね」


 それだけ言って、前を向く。


 パドゥーラへ戻る。


 北の砦を落とす。


 次にすることは、それだけだった。


 ◇


 リービッヒ軍は包囲してこなかった。


 東の砦の城壁から、ユナはその姿を見てほっとした。


 五千の軍勢が隊列を整え、東へ向かっていく。


 パドゥーラへ戻るのだ。


「……行っちゃった」


 呟いた。


 勝ったから帰る。


 それだけなのだろう。


 こちらを包囲する必要すらない。


「ユナ」


 声をかけられ、振り返った。


 ジャンだった。


 戦場には出ていない。


 正確には、ここまでは何とか馬でついてきたものの、野戦へ出せるような人間ではなかった。軍事の心得以前に、まともに馬を操ることさえ怪しい。


 ユナたちが出撃している間、ジャンは西の砦に残っていた。


 それでも、その姿を見た瞬間、ユナは安堵した。


 ジャンは城壁を降りてきたトウヤを見る。


 鎧は土に汚れ、額から汗が流れていた。


「負傷者は?」


「確認させてる。死者も出た」


「……そうか」


 ジャンはそれ以上聞かなかった。


 トウヤが壁にもたれた。


 疲れている。


 戦っていた時間そのものは、それほど長くない。


 それなのに、ひどく消耗していた。


 ジャンは西へ去っていくリービッヒ軍を見る。


「それほどか」


「……ああ」


 トウヤは即答した。


 そして、少し間を置く。


「あれは異常だ」


「異常?」


「ああ」


 トウヤは吐き捨てるように言った。


「ロスバルトがこれほど子供のように扱われたことなどない」


 ジャンが黙る。


「ユナの指揮が悪かったのか?」


「違う」


 これも即答だった。


 ユナが二人を見る。


「俺も横で見てた。おかしな命令は出してない」


 トウヤは言った。


「追うべきじゃないところでは追わなかった。下げるところでは下げた。予備も残した。俺もできる限り指示を通した」


「それでも、あれか」


「ああ」


 トウヤは城壁の向こうを見る。


「何をやっても、一つ、二つ、先にいる」


「……」


「こっちが間違えたから崩されたんじゃない。正しい手を打っても、その次を即座に打たれる」


 ジャンは黙った。


「一度でも判断を間違えれば、たぶんそこで終わってた」


「そんなに……」


「だから、ユナが退くと言ってくれて、正直、助かった」


 ユナが顔を上げる。


「もう少し続けていたら、俺でも支えきれなかった」


「……」


「全軍、崩れてたと思う」


 ジャンは再び西を見る。


 もう、リービッヒ軍の姿は小さくなっていた。


「エル=リージェット……」


 名前はよく知っている。


 パドゥーラで会ったこともある。


 あの時は、こんな戦いができる人間には見えなかった。


 優秀な行政官。


 優秀な副官。


 それがジャンのエルへの印象だった。


「……あいつ、そんなに強かったのか」


「強いよ…… 強いなんてもんじゃない。あの子、天使じゃない。悪魔だ」


 答えたのはユナだった。


 ジャンが振り返る。


 ユナはまだ、西を見ている。


「姉さまが言ってた意味、やっと分かった」


「ユマが?」


「うん」


 ユナは小さく頷いた。


「戦ってみれば分かるって」


 ジャンは何も言わなかった。


 ユナは去っていく軍勢を見続けた。


「……全然、届かなかった」


 五千対五千。


 兵数は同じだった。


 こちらも弱兵ではない。


 悪い戦いをしたとも思わない。


 それでも。


 勝てるとは、一度も思えなかった。


「でも」


 ユナは砦の中を見る。


 負傷兵が運ばれている。


 パドゥーラ兵とロスバルト兵が、互いに肩を貸していた。


「まだ終わってないよ」


 ジャンがユナを見る。


「私たちは、パドゥーラを助けに来たんだから」


 負けた。


 だが、軍は残っている。


 五千すべてを失ったわけではない。


 砦も残っている。


 ユナは西へ目を戻した。


「次を考えよう」


 その先にあるパドゥーラでは、まだ戦いが続いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。