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アーネム戦記  作者: Tanu1016
第一章 都市同盟

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第5話 左遷先の客人(前)

 レンヌ要塞、ロスバルト傭兵団の詰所。


「そういえば、聞いたかい? あいつ、医療班に左遷させられたらしいよ。ざまぁないね」


 ユマ=リズナーは楽しそうに笑った。


「あいつって、例の主席様か?」


「ほかに誰がいるんだい?」


「まったく、性格が悪いな。他人の不幸を喜ぶのは感心しないぞ」


 トウヤが呆れたように言うと、ユマは悪びれる様子もなく肩をすくめた。


「だって、あいつ、私たちをならず者の集まりだって言ってたらしいじゃないか。自業自得だよ」


「まあ、そうだが。どうもグリフィスの癪に障ったらしい」


「何だい、それ?」


「詳しいことは分からんが、出納係をやっていたときに帳簿の不正を見つけたらしい。それをグリフィスに報告したところ、文書係へ飛ばされたそうだ」


「へぇ」


 ユマは少し意外そうな顔をした。


「それで、今度は医療班かい?」


「ああ。文書係でも何か問題を指摘したらしい。お偉いさんの命令にいちいち疑問を挟むから、追い出されたんだろうな」


「……へぇ、そんな奴だったのかね?」


 ユマは腕を組んだ。


 最初に会ったときは、学歴と自分の能力を鼻にかけた、嫌味な若造だと思っていた。実際、口を開けば腹の立つことばかり言う男だった。


 しかし、帳簿の不正を見つけて、それを司令官に報告したというのなら話は少し違う。


「まあ、グリフィスならやりそうなことだね」


「だろうな」


「それにしても、主席さんも馬鹿だねぇ。レンヌであの男に逆らったらどうなるか、少し考えれば分かりそうなものだけど」


「頭が良すぎて、そういうことには疎いんじゃないか?」


「それはそれで困ったもんだよ」


 ユマは苦笑した。


「でも、仕事だけはちゃんとやるみたいだね。あの性格でなけりゃ、もう少し可愛げもあるだろうに」


「お前とあいつは相性が悪そうだな」


「最悪だよ」


 ユマは即答した。


 トウヤが笑い、ユマもつられて笑った。


 そのときだった。


「団長、少しよろしいでしょうか」


 詰所の入口から声がした。


 顔を上げると、医療班の職員が申し訳なさそうに立っていた。


「何だい? また物資が足りなくなったのかい?」


「いえ、今回は人員の件でして……」


「人員?」


「はい。負傷者が増えた影響で、事務処理が追いつかなくなっております。何とか二名ほど、応援を出していただけないでしょうか」


 ユマは顔をしかめた。


「うちもカツカツだよ。西の哨戒だって増えてるし、そんな余分な人員……」


 そこまで言いかけて、ふと口を閉じた。


「あっ」


「どうした?」


 トウヤが尋ねたが、ユマは答えず、医療班の職員へ向き直った。


「ねえ、誰でもいいんだろ?」


「え?」


「その応援だよ。兵士じゃなきゃ駄目なのかい?」


「いえ、読み書きと簡単な計算ができれば十分です。何しろ、猫の手も借りたいくらいですから」


「ふうん……それなら、ちょうどいいのがいたよ」


 ユマはいたずらっぽく笑った。


「おい、ユマ。何を考えてる?」


「別に。人助けだよ」


「お前がそういう顔をするときは、ろくなことにならないんだが……」


「失礼だねぇ」


 そう言いながら、ユマは部屋の隅へ視線を向けた。


 そこには、小さな机を並べて勉強している二人の子供がいた。


 金髪碧眼の少女と少年。


 十二歳になる双子の妹と弟、ユナとリックである。


 ユナは紙に何やら書き込みながら、隣のリックへ話しかけていた。リックも手元の書物から顔を上げ、姉に何か説明している。


 二人とも、こちらの会話にはまったく気づいていなかった。


「……あの二人か?」


 トウヤが呆れたように言った。


「そうだよ。読み書きも計算もできるし、普段から書類仕事を手伝ってるじゃないか」


「まあ、確かにそうだが……」


「それに、主席さんにはちょうどいいだろう?」


 ユマの笑みが深くなった。


「どういう意味だ?」


「さあねぇ」


 ユマは立ち上がると、二人の方へ歩いていった。


「ユナ、リック。ちょっとおいで!」


「なあに、姉さま?」


「何かお仕事?」


「そうだよ。二人にちょっとお願いしたいことがあるんだ」


 ユマはにっこり笑った。


「社会勉強をしてみないかい?」


 ◇


 昼前。


 ジャン=ワイズマンは、レンヌ要塞西部に設けられた医療班の事務室で、大量の書類と格闘していた。


 負傷者名簿、薬品の在庫表、原隊復帰者の記録、死亡者の処理書類。それらが整理もされないまま積み上げられており、同じ情報が複数の書類に重複して記載されている始末だった。


 まったく、非効率極まりない。


 ニューアーク大学を主席で卒業した自分が、こんな仕事をさせられるとは思わなかったが、左遷されたからといって手を抜くつもりはなかった。


 むしろ、仕事のやり方そのものを見直す必要がある。


 ところが、そもそも人手が足りていない。


 事務処理を担当する人間はジャンを含めて三人しかおらず、増え続ける負傷者の記録を整理するだけで精いっぱいだった。


 そこで責任者に増員を要求したところ、何とか二人ほど探してくるという話になったのである。


「……遅いな」


 ジャンが呟いた、そのときだった。


「ワイズマン君、人を連れてきましたよ」


 医療班の責任者が扉を開けた。


 ようやくか。


 ジャンは書類から顔を上げた。


「それで、人員というのは?」


「見ての通りだよ」


 聞き覚えのある声だった。


「…………」


 ユマ=リズナーが、楽しそうな笑みを浮かべて立っていた。


 その後ろには、金髪碧眼の少女と少年が一人ずついる。二人とも十二歳ほどだろうか。


 少女は髪を左右に結んでおり、活発そうな顔立ちをしている。一方の少年は短く整えた髪が印象的で、少女よりも少し大人しそうだった。


 ジャンは二人を見た。


 続いて、ユマを見る。


 そして、もう一度二人へ視線を戻した。


「……俺は人手を寄越せと言ったはずだが」


「連れてきたよ」


「子供が二人いるように見えるんだが」


「よく見えてるじゃないか。さすが主席殿だね」


「喧嘩を売りに来たのか?」


「人が足りないんだよ。どこも慢性的にね」


 ユマは肩をすくめた。


「読み書きと簡単な計算ができればいいって依頼だったと思うけど?」


「ああ、そう言った」


「だったら問題ないだろ。この子たち、できるもの」


「……こいつらが?」


「できるよ!」


 少女が口を挟んだ。


 綺麗な青い目で、まっすぐジャンを見つめている。


「わたし、字も書けるし、計算もできるよ」


「ぼくもできるよ」


 少年も続いた。


「薬品庫の場所も知ってるし、薬草の種類も少し分かる」


「負傷兵の所属だって分かるよ。ロスバルトの人なら、だいたい知ってるもん」


「……ほう」


 ジャンの表情が、わずかに変わった。


 ユマはそれを見逃さなかった。


「何だい? 急に興味が出た?」


「仕事ができるか確認しているだけだ」


「素直じゃないねぇ」


「あんたはいつまでここにいるんだ?」


「邪魔かい?」


「非常にな」


「じゃあ、もう少しいようかな」


「帰れ」


 少女がユマの服を引っ張った。


「姉さま。この人、誰?」


「ああ、言ってなかったね」


 ユマは楽しそうにジャンを指差した。


「ニューアーク大学主席だった、ジャン=ワイズマン大先生」


「元をつけるな」


「主席だったのは過去の話だろ?」


「その言い方だと、大学を追い出されたみたいに聞こえるだろ」


「似たようなものじゃないか」


「全然違う」


 少女が首を傾げた。


「偉い人?」


「本人はそう思ってるみたいだね」


「あんたは黙ってろ」


 ユマは笑いながら少女の肩へ手を置いた。


「こっちが妹のユナ。で、こっちが弟のリック」


「ユナ=リズナーです!」


「リック=リズナーです」


挿絵(By みてみん)


 ジャンの眉が動いた。


「リズナー?」


「そう。私の妹と弟だよ」


 ジャンは三人を順番に眺めた。


「お前たち、姉弟だったのか」


「似てるだろ?」


「弟妹とはずいぶん人相が違うな」


「まだ会って一分だろう?」


「少なくとも、あんたよりは期待できそうだ」


「やっぱり可愛くないねぇ、主席殿は」


「お互い様だろ」


 ユマは笑いながら、ユナとリックの背中を軽く押した。


「まあ、好きに使っていいよ。二人ともロスバルトの仕事は結構手伝ってるから、下手な新兵より役に立つと思う」


「姉さま」


「何だい?」


「わたしたち、売られた? あの人、なんか悪徳商人みたいな目つきをしてるよ」


「誰が悪徳商人だ!」


 ジャンが思わず声を上げると、ユマは堪えきれずに吹き出した。


「あははは! ユナ、よく見てるねぇ!」


「褒めるな! そもそも俺は官僚だ!」


「そうだったね。じゃあ、二人とも悪徳官僚に気をつけるんだよ」


「話をややこしくするな!」


「はいはい。社会勉強、社会勉強」


 ユマは最後まで笑いながら、二人の背中を軽く叩いた。


「じゃあね、主席殿。二人とも、ちゃんと言うことを聞くんだよ」


「はーい!」


「うん」


「二度と来るなよ」


「また冷やかしに来るよ」


「来なくていい!」


 ユマは手をひらひらと振りながら、事務室を出ていった。


 扉が閉まる。


 ジャンは大きく息を吐いた。


「……まったく」


 そして、残された二人へ視線を向けた。


 ユナとリックも、じっとジャンを見ている。


「さて、お前たちの姉の性格については同情するが……」


「姉さま、いい人だよ?」


「その話はやめよう」


「姉さまと仲悪いの?」


「最悪だ」


「姉さまも同じこと言ってたよ」


「…………」


 ジャンは額を押さえた。


「まあいい。仕事を始めるぞ」


 ◇


「ユナ」


「はい!」


「この負傷者名簿を、所属部隊ごとに分けてくれ。同じ部隊の兵士はまとめて、名前が重複していたら印をつけるんだ」


「分かった!」


「リック」


「はい」


「薬品庫へ行って、この一覧と実際の在庫数を照合してきてくれ」


 ジャンは一枚の紙を差し出した。


「数字が違っていても勝手に直すなよ。帳簿の数字と実際の数を、両方書いて持ってくるんだ」


「うん。分かったよ」


「それと、二人とも」


 ユナとリックが顔を上げた。


「分からないことがあったら聞け。勝手に判断される方が、あとで面倒だからな」


「はーい!」


「分かった」


 二人はそれぞれの仕事へ取りかかった。


 ジャンも自分の机へ戻り、負傷者の治療記録を確認し始めた。


 正直なところ、期待はしていなかった。


 十二歳の子供である。


 単純な書類の分類や数の確認くらいなら任せられるだろうが、それ以上の仕事を求めるつもりはない。


 もっとも、今の医療班には、その程度の人手ですらありがたかった。


 ジャンは筆を進めた。


 原隊復帰が可能な者と、引き続き治療が必要な者を分類し、死亡者については別の記録と照合する。重複している書類をまとめ、記載形式を統一していけば、今後の事務処理も多少は楽になるはずだった。


 しばらくして。


「終わったよ!」


 ジャンが顔を上げると、ユナが書類の束を抱えて立っていた。


「……もうか?」


「うん!」


「見せてみろ」


 書類を受け取り、一枚ずつ確認する。


 部隊ごとにきちんと分類され、重複していた名前には印がつけられていた。文字の読み違いも、ざっと確認した限りでは見当たらない。


「……なるほど」


「どう?」


「問題ないな」


「やった!」


 ユナは嬉しそうに笑った。


 ジャンは少し考えてから、別の書類を差し出した。


「じゃあ次はこれだ。治療済みと治療継続中の者に分けて、そのあと所属部隊ごとに整理してくれ」


「分かった!」


 ユナは書類を抱え、元の席へ戻っていった。


 ジャンはその後ろ姿をしばらく眺めた。


 少なくとも、予想していたよりは仕事が速い。しかも、指示を理解するのに余計な説明を必要としなかった。


 十二歳にしては、なかなか優秀なのかもしれない。


 そんなことを考えていると、今度はリックが戻ってきた。


「先生」


「なんだ?」


「三つ違ってたよ」


「見せろ」


 一覧を受け取る。


 帳簿上の数量と実際の在庫数が、それぞれ記載されていた。差のある品目には印がつけられ、薬品庫の保管場所まで書き添えられている。


「勝手に数字を直してないな?」


「うん。先生が直すなって言ったから」


「よし」


 ジャンは使用記録を取り出し、数量の違う品目を確認した。


 一件目は記載漏れ。


 二件目は数量の転記ミス。


 そして三件目は、前日に使用された分がまだ帳簿へ反映されていなかった。


「これで説明がつくな」


「あ、本当だ」


「数が合わないからって勝手に帳簿を直すと、こういう原因が分からなくなる。だから、記録と現物は別々に確認するんだ」


「なるほど」


 リックは感心したように頷いた。


 ジャンは修正内容を書き込むと、顔を上げた。


 リックがまだ目の前に立っている。


「……どうした?」


「次は?」


「…………」


 ジャンは少しだけ黙った。


「お前たち、普段からこういう仕事をしているのか?」


 ちょうど戻ってきたユナとリックが顔を見合わせた。


「ときどき?」


「姉さまの手伝いとか」


「団長の妹と弟だから、いろいろ頼まれるんだよ」


「……なるほど」


 ジャンは二人への認識を少し改めた。


 子供ではあるが、少なくとも仕事の手順は理解している。単に読み書きができるだけの兵士を寄越されるより、よほど役に立ちそうだった。


「じゃあ、次の仕事だ」


 ◇


 午後になり、負傷者名簿を整理していたときだった。


「ユナ、この第一戦隊ってのは、ロスバルトの部隊名か?」


「うん、そうだよ」


「じゃあ、第二戦隊も同じだな?」


「そう」


 ジャンは名簿に目を落とした。


 第一戦隊。


 第二戦隊。


 第三戦隊。


 同じような所属名がいくつも並んでいる。


「ロスバルトは戦隊単位で編成されているのか?」


「うん」


「いくつあるんだ?」


「団長直属と、第一から第五戦隊まで」


「……六個か」


「そうだよ」


「一戦隊に何人いる?」


「だいたい千人くらいかな?」


 ジャンの手が止まった。


「待て」


「なに?」


「ロスバルトは全部で何人いるんだ?」


「全部?」


「総兵力だ。今、レンヌにいる人数じゃなくて、ロスバルト全体で」


 ユナは少し考えた。


「五千から六千くらい?」


「…………」


「どうしたの?」


「いや……」


 ジャンは名簿を見た。


 そして、もう一度ユナを見る。


「それは傭兵団という規模なのか?」


「傭兵団だよ?」


 ユナは当たり前のように答えた。


 ジャンは少し考え込んだ。


 五千人を超える常備兵力。


 傭兵団としては、かなり大規模である。


 普通、傭兵というものは依頼に応じて兵士を集め、契約が終了すれば解散することも多い。しかし、これだけの人数を常時抱えているのであれば、事情はまるで違ってくる。


「契約ごとに兵士を集めているわけじゃないのか?」


「ずっといるよ」


「じゃあ、契約がないときは何をしてる?」


「訓練!」


「……ほかには?」


「セイレンの警備とか、街道の巡回とか」


 リックも口を挟んだ。


「災害があったら手伝うよ。冬は雪かきもするし」


「……雪かき?」


「うん。雪が積もると大変なんだよ」


 ジャンはしばらく黙った。


「軍隊じゃないか」


「傭兵だよ?」


 ユナは真顔だった。


 どうやら本人には、何の疑問もないらしい。


「じゃあ、その五千人の給料は誰が払ってるんだ?」


「仕事を頼んだところだよ」


「契約がないときは?」


「セイレンが出してる」


「セイレン市政府が?」


「傭兵ギルドだよ」


「その傭兵ギルドの長は?」


「姉さま!」


「……じゃあ、セイレンの市長は?」


「姉さま!」


「…………」


 ジャンは額を押さえた。


「ちょっと待て」


「なに?」


「つまり、ユマ=リズナーはロスバルト傭兵団の団長で、傭兵ギルドの長でもあって、セイレンの市長でもあるのか?」


「そうだよ?」


 ジャンは中央から送られてきた資料を思い出した。


 ロスバルト傭兵団。


 セイレンを本拠とする有力傭兵団。


 団長、ユマ=リズナー。


 もちろん、嘘は書かれていない。


 ただし、ずいぶんと情報が足りなかった。


 五千人以上の常備兵力を抱え、部隊編成は固定されている。平時にも訓練を続け、市内の警備や街道の巡回、災害対応まで担当している。


 しかも、その組織を率いる人物が市長まで兼ねているというのだ。


 これでは、単なる傭兵団ではない。


 実質的には、セイレンの常備軍ではないか。


「……なるほど」


 ジャンは腕を組んだ。


 ロスバルトへの支出が大きい理由も、少し理解できた気がした。


 普通の傭兵団と同じように契約期間だけで費用を考えるのは、そもそも無理がある。五千人以上の兵士を常時維持するためには、訓練費用や装備の更新、負傷者の治療など、多くの経費が必要になる。


 しかも、任務がなければ解散するわけではなく、平時にもセイレンの治安維持を担っている。


 要するに、傭兵団という名称の都市軍なのだ。


「中央の資料には、そこまで書いてなかったぞ……」


「中央って、セイレンのことあんまり好きじゃないから」


 ユナが何でもないことのように言った。


 ジャンは顔を上げた。


「それはお前が言っていいことなのか?」


「駄目なの?」


「……俺に聞くな」


「先生、中央の人でしょ?」


「だから困ってるんだよ」


 リックがくすくす笑った。


 ジャンは深くため息をついた。


 とんでもないところへ左遷されたものだ。


 そう思いながら、もう一度ロスバルトの負傷者名簿へ目を落とす。


 第一戦隊、第二戦隊、第三戦隊。


 先ほどまでは単なる分類記号にしか見えていなかったが、その向こうには五千人を超える兵士と、それを維持するための巨大な組織が存在している。


「……一つ聞いていいか?」


「なに?」


「お前たちの姉さんは、どうやってこれだけの組織を管理してるんだ?」


 ユナは少し考えてから、にっこり笑った。


「姉さま、すごく忙しいよ!」


「……それは分かる」


「いつも書類とにらめっこしてるし、いろんな人が相談に来るんだよ」


 リックも頷いた。


「夜遅くまで仕事してることも多いよ」


「そうか」


 ジャンはもう一度、目の前の書類を見た。


 ユマ=リズナー。


 あの口の悪い女が、これだけの組織を管理しているというわけか。


「……意外だな」


「何が?」


「いや、何でもない」


 ジャンは筆を取った。


 どうやら、あの女についても少し認識を改める必要があるらしい。


 もっとも、だからといって性格の悪さまで評価を改めるつもりはなかったが。


「先生、次は何をすればいい?」


 ユナが尋ねた。


 ジャンは机に積まれた書類を見回し、二人へ新しい仕事を割り振った。


「じゃあ、次は原隊復帰者の名簿だ。ユナは所属部隊ごとに整理して、リックは治療終了日と復帰日を確認してくれ」


「はーい!」


「分かったよ」


 二人が元気よく返事をして動き出す。


 ジャンも自分の仕事へ戻った。


 左遷されて一日目。


 少なくとも、思っていたほど退屈な職場ではなさそうだった。

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