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アーネム戦記  作者: Tanu1016
第二章 第三次コスタ戦役

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第11話 パドゥーラのアムル 後編

第11話


 リービッヒ軍総司令部。


 広い会議室の中央には、西部一帯を描いた大きな地図が広げられていた。


 その周囲を、今回の遠征に参加する諸侯や将軍たちが取り囲んでいる。


 輜重部隊を含めれば十万を超える大軍勢。


 これほどの兵力が一堂に会することなど、リービッヒにおいてもそうあることではない。


 集まった者たちの顔には、これから始まる戦いへの期待と興奮が浮かんでいた。


 そんな中、総司令官アンスバッハが口を開いた。


「パドゥーラ伯には第七師団を率いてもらう」


 アムルは顔を上げる。


「第五師団のラレド侯と共に、ライプニッツへ向かってもらいたい」


「……第七師団ですか?」


 アムルは怪訝そうな顔をした。


「師団は現在、第六師団までしかないと思いますが……」


 だがアンスバッハは何食わぬ顔で言葉を続ける。


「侯の兵力五千と、六諸侯の兵五千。合わせて一万をもって一個師団とするのだ」


「一万……」


「本来、師団は一万五千をもって一つとするが――」


 アンスバッハは口元をわずかに歪めた。


「君ほどの英雄なら、それで十分だろう?」


 周囲から小さな笑い声が漏れた。


 アムルは何も言わなかった。


 なるほど。


 寄せ集めか。


 自分の指揮下にある五千ならまだしも、残る五千は六人の諸侯から集められた兵である。


 指揮系統も違えば、練度も違う。


 それをまとめて一個師団として扱えということらしい。


 もっとも、この際そんなことはどうでもよかった。


「わかりました」


 アムルは平然と答える。


「それで、俺の任務はなんなのでしょうか?」


 一拍置いてから、笑みを浮かべた。


「まさか各諸侯とピクニックに行くわけにもいきませんし」


「なっ……」


 今度はアンスバッハの顔色が変わった。


 だが、彼が何かを言い返すより先にパウロが口を開く。


「我々の任務は、別働隊としてライプニッツを挟撃することだと考えられますが」


 パウロは冷静な口調で続けた。


「どのような行動を取ればよいのか、細かいお話をお聞かせくださいませんか?」


「……むぅ。そうだな」


 アンスバッハはアムルから視線を外した。


「ユーリッヒ。作戦内容を師団長たちに聞かせてくれ」


「はっ」


 呼ばれて、一人の若い男が前へ出る。


 青白い顔。


 細身の体。


 まだ若い。


 だが、その表情には妙な自信が満ちていた。


 参謀長ユーリッヒ。


 彼はアンスバッハへ恭しく一礼すると、地図の前に立った。


「それでは、今作戦の概要をご説明いたします」


 甲高い声が会議室に響く。


「今作戦の目的は、レミーラ軍に対して痛撃を与え、ライプニッツ、コスタはもとより、より多くの領土を奪還することにあります」


「より多くの領土?」


 誰かが聞き返した。


「そうです」


 ユーリッヒは力強く頷く。


「敵を放逐し、コスタ、レンヌはもちろん――」


 地図の上を指が西へと走る。


「リースに至る西ゼルキアのすべてを奪還するのです!」


「おお……!」


「それはすごい」


「素晴らしい戦略だ!」


 各諸侯から感嘆の声が漏れる。


 ユーリッヒは満足そうにそれを見渡し、片手を上げて歓声を制した。


「現在、レミーラ軍はレンヌ以東で大規模な戦闘を行い、一進一退の攻防を繰り広げています」


 再び地図を指す。


「そのためライプニッツ、コスタの兵力も手薄になっている。我らにとって、まさに願ってもない状況です」


 ユーリッヒの声はますます大きくなった。


「加えて、もともと内部には大した兵力が残されていないと考えられます。我らが大挙して攻め入れば、ひとたまりもなく崩れ去りましょう!」


 再び歓声が上がった。


 だが、その熱気の中でアムルだけは地図を見つめていた。


 おかしい。


 あまりにも都合が良すぎる。


「ちょっと待ってください」


 アムルが口を開いた。


 会議室の熱気がわずかに冷える。


「確かにライプニッツ、コスタの兵力は手薄です。ですが、おかしいと思いませんか?」


「何がです?」


「敵は我々を誘っています」


 周囲から冷たい視線が向けられる。


 だがアムルは構わず続けた。


「ここから先へ進めば進むほど、補給線は長くなる。奥地まで占領すれば、いずれ物資が不足します」


 アムルは地図上のライプニッツを指した。


「というより、下手をすれば我が兵は飢えます」


 ざわめきが起こる。


「古来より、飢えた兵で勝った戦などありません。作戦行動はライプニッツの占領までに限定するべきではないですか?」


 先ほどまでの熱気とは正反対の言葉だった。


 何人かの諸侯が露骨に不満そうな顔をする。


 だがユーリッヒは、冷たく笑った。


「これは異なることを」


 アムルを見る。


「パドゥーラ伯は戦術の天才でありながら、何を恐れているのですか?」


「恐れているわけではありません」


「いくらレミーラとて、十万を超える我が軍の敵ではありますまい」


 ユーリッヒはアムルの言葉を遮った。


「補給に関しても、ライプニッツ、コスタ等で敵の物資を奪えばどうとでもなりましょう」


「それは希望的観測というものです」


 アムルは即座に返した。


「確かに、いままでならコスタに敵の補給拠点がありました。しかし、それがいつまでも存在する保証はありません」


「それはそうでしょう」


 ユーリッヒは笑う。


「我が軍が奪えば、それは敵の補給拠点ではありませんからな」


 周囲から笑い声が起こった。


 アムルは眉を寄せる。


 そういう意味ではない。


「ともかく」


 ユーリッヒは勝ち誇ったように続けた。


「パドゥーラ伯は少々心配性が過ぎるというものです。もう少しお年を召されれば、それもおわかりになるでしょうが」


「なっ……」


 さすがのアムルも絶句した。


 その様子を見て、周囲から嘲笑が漏れる。


「ユーリッヒ殿」


 それまで黙っていたパウロが口を挟んだ。


「少々、言葉が過ぎますぞ」


 笑い声が止まる。


「補給の件は我が方にとっても重大な問題です。パドゥーラ伯が慎重になるのは至極当然のことではありませんか」


 パウロは地図を見る。


「戦う我々にとって、まさに補給は生命線。そこには確証を持っていただきたい」


「ご心配には及びません、パウロ殿」


 ユーリッヒは答える。


「我が方の物資は約半年持ちます」


「半年……」


「半年もあれば、敵を撃破するには十分すぎる時間があります。それに、その頃には麦の収穫の時期も迎えます」


「確かにそうかもしれませんが」


 パウロはなおも食い下がった。


「物資が完備されていない中での強行軍とは、いささか問題がありませんか?」


「完備されるのです」


 ユーリッヒは断言した。


「その点は疑う余地はありません。そもそも戦いには機というものがあります」


 大きく両手を広げる。


「それを我々は今、与えられているのです。それなのに行動を起こさなければ、逆に天からの仕打ちを受けましょうぞ!」


「天の仕打ちと言うが」


 今度はギルフォードが口を開いた。


「それはあくまでも、機があればの話だと思われるが……」


 だがユーリッヒは動じない。


「今回、将軍方は司令官であるアンスバッハ様の命令に従えばよいのです」


 その声には、もはや勝利を疑う色すらなかった。


「天に時がある以上、我々の勝利に疑う余地はありません」


 そして会議室を見渡す。


「皆さんは心配性の方が多いようですが――」


 ユーリッヒは胸を張った。


「勝利は我が手にあると、私は断言します!」


 歓声が上がった。


 拍手が会議室を満たす。


 アムルは黙っていた。


 パウロも。


 ギルフォードも。


 三人だけが、その熱狂の中で拍手をしていなかった。


     ◇


「パウロ」


 会議を終えて廊下へ出たところで、アムルは声を潜めた。


「あいつはいったいなんなんだ?」


「ユーリッヒか?」


「ああ」


「参謀長だ。知らないのか?」


「知らない」


 パウロは呆れたようにアムルを見る。


「サウスクローリーの盗賊討伐で功を挙げ、司令官の目に留まったらしい。リービッヒの誇る、もう一人の若き英雄だ」


「ふーん」


 アムルは先ほどまで甲高い声で雄弁を振るっていた青年を思い出す。


「そんなやつがいたのか。英雄の割には戦いはできなさそうだけど」


「参謀長だからな。軍略に長じていらっしゃるのだろ?」


 パウロは皮肉っぽく笑った。


「しかし、奴は危険だ。アンスバッハの寵愛をいいことに好き勝手に作戦を立案している。まあ、どこぞの英雄をライバル視してのことだと思うがな」


「英雄?」


 アムルは首を傾げた。


「誰だ? 父さんか?」


 一瞬、パウロは黙った。


 そして、仕方なさそうに笑った。


「おまえさ、アムル」


「なんだよ」


「やつは、おまえにできたことが自分にできないわけはないと思っているらしい」


「……俺?」


「そうだ」


 パウロは肩をすくめる。


「そこで、おまえより大きな功を立てようと必死なのさ。今のリービッヒには、そんな奴が多いものだ」


「俺はやつなんて知らないぞ」


 アムルは不満そうに言った。


「勝手に敵対視するのは勝手だけど、それで市民に害を与えるなんていい迷惑だ」


「……おまえらしいな」


 パウロは小さく笑った。


 だが、その表情はすぐに真剣なものへ戻る。


「まあいい。それより今回の戦い、おまえは勝算があると思うか?」


 アムルは答えなかった。


 パウロは周囲を確認してから、さらに声を潜めた。


「大きな声じゃ言えないが、俺は勝てる気がしない」


「……」


「今から逃げる算段を考えてるところだ」


「ラレドの貴公子様がらしくないじゃないか」


 アムルはそう言ってから、苦笑した。


「――と言いたいところだけど、俺も同じさ」


「やはりか」


「ああ」


 アムルも声を落とす。


「この戦い、いかに被害を少なくして負けるべきか。さっきから必死に考えている」


 二人はしばらく黙った。


 どこの世界でも、戦いを前に敗北を口にする者は白眼視される。


 まして二人は、リービッヒ軍の中枢にいる将である。


 どれほど非公式な会話であっても、こんな話を大声でできるはずがなかった。


「モンド様もいない。おまえもこれじゃあ、勝ち目はなさそうだな」


 パウロは深いため息をつく。


「ふぅ……まったく、苦労することになりそうだ」


「そうだな」


 アムルは小さく頷いた。


「でも、本番が始まればこうも言ってられないだろう」


 遠征軍の喧騒が、廊下の向こうから聞こえてくる。


「できることをやるしかない。いったいどうなることやら……」


「ああ」


 二人の声には、先ほどの会議室を満たしていた熱狂など欠片もなかった。


 これから始まる戦いに勝利を夢見る者たちの中で。


 アムルとパウロだけは、すでに敗北した時のことを考えていた。


     ◇


 数日後。


 出征準備のため、アムルたちはパドゥーラへと戻ってきていた。


「やっと戻ってこれた」


 馬を門近くの衛兵に渡し、パドゥーラの街へ足を踏み入れたところで、アムルは大きく息を吐いた。


「そうだね」


 馬を降り、隣を歩くエルも、どこかほっとしたように答える。


 アムルは立ち止まり、通りを見渡した。


 大通りには荷車が行き交い、その脇を商人や職人、買い物帰りの住民たちが歩いている。


 軒先からは客を呼び込む商人の声が響き、荷車には郊外から運び込まれた野菜や穀物が山と積まれていた。


 遠くからは金属を打つ音まで聞こえてくる。


「……ずいぶんマシになったな」


「そうだね。三年前は人通りなんて全然なかったからね」


「ああ」


 アムルは苦笑する。


「周辺には統治に反抗的な有力者だらけ、お金はないし……」


「農業改革、灌漑事業、学校制度設立、いろいろやったね」


「シュバルツ商会に五千万ドゥエル借りに行った時なんて、ひどいもんだった」


「あの時はティーエも大変そうだったね」


「俺だって大変だったよ。五千万だぞ、五千万。返せる保証なんてどこにもなかったんだから。失敗したら都市同盟に夜逃げでもしようと思ったよ」


 今だからこそ笑って話せる。


 だが事実として3年前は、領内を立て直すための金すらなかった。


 農地を整えるにも金がいる。


 水路を引くにも金がいる。


 兵を養うにも、商人を呼び戻すにも、何をするにも金が必要だった。


 その金がないところから、すべてが始まったのである。


「でも」


 エルが通りを眺めながら微笑んだ。


「いまはみんな協力してくれている」


「そうだな」


 かつて自分たちを警戒していた者たちもいる。


 露骨に反発していた者もいる。


 それぞれ立場も違えば、考えていることも違う。


 それでも少しずつ話し合い、利害を調整し、できることを一つずつ積み重ねてきた。


 気がつけば、三年が経っていた。


「あっ!」


 通りの向こうから声が上がった。


「エル様!」


 その声を皮切りに、何人もの住民がエルに気づく。


「エル様、お帰りなさい!」


「お帰りなさい、エル様!」


 エルは嬉しそうに笑った。


「ただいま」


「あれ?」


 一人の住民が、ようやく隣に立っている男に気づいた。


「アム様も?」


「……俺もいるよ」


「あまりにも存在感がなくて気が付かなかった。エル様の邪魔ばかりしてないでくださいね」


「…………」


 アムルは黙った。


 エルが隣でくすくす笑っている。


「なんだよ」


「なんでもないよ」


「なんて領民たちだ……いつか重税を課してやる」


 領主として精一杯の脅しを口にしてみる。


 だがエルは何でもないことのように答えた。


「でも、来月からティーエが酒税は下げるって言ってた」


 住民たちから歓声が上がった。


 置いてきぼりをくらったアムルは、しばらく何も言えなかった。


「……もういい」


 肩を落とす領主を見て、住民たちから笑い声が上がる。


「アム様、そんなにめげないでくださいよ」


 一人の男が店先から声をかけた。


「今日は良いのが入ったんでねぇ」


 そう言って差し出されたのは、パクーと呼ばれる大きな魚だった。


 まだ瑞々しい銀色の鱗が陽光を反射している。


「チル湖の朝獲れですよ。持ってってください」


「パクーだぞ、いいのか?」


 途端にアムルの顔が明るくなる。


「どうせいつも釣れてないでしょ?」


「…………」


 再び沈黙した。


 周囲からまた笑い声が起こる。


「いや、釣れてるからな?」


「そうなんですか?」


「釣れてるよ。たまには」


「たまにじゃないですか」


「うるさいな。そもそもパクーなんてめったに釣れないだろ。俺が下手なわけじゃない」


 文句を言いながらも、アムルは魚を受け取った。


「まあ、ありがたくもらっとくよ」


「エル様と食べてくださいな」


「ありがとう」


 エルが頭を下げる。


 アムルも魚を抱えたまま軽く手を上げた。


 その時だった。


「あんたら」


 聞き覚えのある声がした。


 二人が振り返る。


 そこには腕を組んだリオが立っていた。


「遊んでないで。もうみんな庁舎に集まってる」


「遊んでない」


 アムルは即座に反論した。


「領民との大切な交流だ」


 リオの視線が、アムルの抱えている魚へ落ちる。


「魚もらって?」


「これも交流だ」


「どうせいつも釣れてないから貰ったんでしょ?」


「……なんでみんな同じこと言うんだよ」


 エルがまた笑った。


 リオは呆れたように息を吐く。


「はいはい。交流はもう十分でしょ。出征するんだから、話すことはいくらでもあるの」


「わかったよ」


 アムルは魚を抱え直した。


「行こう、エル」


「うん」


 二人はリオに急かされながら庁舎へと歩き出す。


 その背中へ、再び住民たちの声が飛んだ。


「エル様、またね!」


「アム様も頑張ってくださいよ!」


「『も』ってなんだよ、『も』って!」


 振り返って文句を言うアムルの横で、エルは楽しそうに笑っていた。


 三年前にはなかった喧騒が、今日もパドゥーラの通りを満たしていた。


     ◇


 パドゥーラ庁舎。


 会議室へ入ると、すでに主だった面々は席についていた。


「遅い」


 開口一番、リオが言った。


「だから遊んでたわけじゃないって」


「魚まで抱えて?」


「これは領民との交流の成果だ」


「どうせ釣れなかったから貰ったんでしょ?」


「……なんで知ってるんだよ」


 リオは呆れたように肩をすくめた。


「はいはい。交流の成果はあとで食べればいいから、さっさと始めるわよ」


 促されるまま、アムルは席についた。


 エルもその隣へ座る。


 室内にはヴァン、ロック、エヴァ、ティーエ、グランワルド、そしてリオ。


 現在のパドゥーラを支える面々が一堂に会していた。


「じゃあ、始めようか」


 アムルは机の上に地図を広げた。


「まず兵力だけど、パドゥーラからは五千を出す」


「五千か」


 ロックが腕を組む。


「パドゥーラ伯軍の半数だな。そこまで引っこ抜かれると守備に不安が残る。なんせここは都市同盟の最前線だ」


 パドゥーラ伯軍の総兵力はおよそ一万。


 その半数を一度に領外へ出すとなれば、当然ながら残された領地の防備は薄くなる。


 だが、ヴァンは静かに首を振った。


「都市同盟の侵攻確率は低い」


 全員の視線がヴァンへ向く。


「隣接するセイレンのロスバルトは、第三から第六戦隊がゼルキア方面に出征中だ。ユマ=リズナーも現在セイレンにはいない。少なくとも、こちらへ大規模な軍事行動を起こせる状態ではないだろう」


「なるほど」


 アムルは地図上のセイレンへ視線を落とした。


「では、当面の心配はなさそうですね」


「油断はできないけどね」


「もちろんです」


 アムルは頷き、今度はティーエを見る。


「ティーエ。兵糧は?」


「十二分に確保してあるよ」


 ティーエは即答した。


「農業生産は順調すぎるほど順調だからね。一万程度であれば、一年は問題なく食べさせられる」


「一年か」


 アムルは小さく息を吐いた。


 かつては自分たちの食い扶持さえ心配していた土地である。


 それが今では、一万の兵を一年養えるだけの食糧を蓄えられるようになっていた。


「とりあえずは出られるか」


「少なくとも、兵糧の心配はしなくていいよ」


「それを聞けただけでも安心した」


 つい先ほどまで、敵地で物資を奪えばよいなどという話を聞かされていたばかりである。


 食わせるものがある。


 その当たり前の事実が、今のアムルには何よりありがたかった。


「それで、今回の第七師団だけど」


 アムルは話を戻した。


「パドゥーラから五千。それに六諸侯の兵五千を加える。合わせて一万。寄せ集めだけど、一応これで一個師団ということらしい」


「六諸侯か」


 ロックが露骨に嫌そうな顔をする。


「面倒くせえな」


「俺もそう思う」


「お前が言うな。まとめるのはお前だぞ、大将」


「だから嫌なんだよ」


 アムルはため息をついた。


 自分の兵だけならまだしも、指揮系統も練度も異なる諸侯軍をまとめて一個師団として動かさなければならない。


 しかも、その任務はラレド侯率いる第五師団とともにライプニッツへ向かい、敵軍を挟撃することだった。


「それで、こっちから出る人間だけど」


 アムルは室内を見渡した。


「俺とヴァン先生、ロック、それからエヴァ。この四人で行く」


「了解した」


「おう」


 ヴァンとロックがそれぞれ応じ、エヴァも頷く。


 すると、隣に座っていたエルが小さく手を上げた。


「私も行こうか?」


「危ないからダメ」


 間髪入れずにアムルが答えた。


 エルは目を瞬かせる。


「……そういう問題?」


「そういう問題だろ」


「違うと思うけど」


「危ないところに行くんだから危ないだろ」


「アムも行くよ?」


「俺はいいんだよ」


「なんで?」


「なんでって……」


「ボクはエルには残ってもらったほうがいいと思うよ」


 不毛になりかけた二人の会話へ、ティーエが割って入った。


「アムルがいない間のパドゥーラ行政は、エルが決裁しないと回らないからね。五千の兵を出す以上、こっちだって普段通りとはいかない。残ってくれたほうが助かる」


「俺もそう思う」


 アムルが即座に乗っかる。


 エルがじっとアムルを見た。


「さっきと理由が違うよ?」


「結論は同じだ」


「そういう問題?」


「そういう問題だ」


 今度はアムルが言い切った。


 ティーエが苦笑する。


 エルはしばらく不満そうにアムルを見ていたが、やがて諦めたように息を吐いた。


「わかった。じゃあ私は残る」


「うん。それがいい」


「アムがいない間は私がやればいいんだよね?」


「ああ。頼む」


 先ほどまでとは違い、アムルは迷わず答えた。


 自分がいない間、誰にパドゥーラを任せるのか。


 そんなことは考えるまでもなかった。


「では、留守中は私がエル様を補佐いたしましょう」


 グランワルドが静かに口を開いた。


「そうだな。武官全員で行くわけにもいかないからな」


 アムルは頷く。


「グランワルドにエルの補佐をしてもらえれば万全だな」


「お任せください」


「あとリオ」


「なに?」


「君も残って外部折衝を頼む。取引だなんだ、話し合うことはたくさんあるだろうし」


「わかったわ。そっちは任せて」


「頼む」


 これで決まった。


 アムル、ヴァン、ロック、エヴァが戦場へ向かう。


 エル、ティーエ、グランワルド、リオがパドゥーラに残る。


 五千の兵を失う以上、決して余裕があるわけではない。


 それでも三年前とは違う。


 アムルがいなくとも、パドゥーラは動く。


 エルが決裁し、ティーエが財政と兵站を支え、グランワルドが軍事面から補佐し、リオが外との交渉を担う。


 ようやく、そこまで来たのだ。


「よし」


 アムルは地図を畳んだ。


「じゃあ、準備が整いパウロたち第5師団が通過次第出発する。俺たちの留守は頼んだ」


「うん」


 エルが頷く。


「こっちは任せて」


「ああ。任せた」


 アムルも笑った。


 戦の行方がどうなるのか。


 それは誰にもわからない。


 だが少なくとも、帰る場所の心配だけはしなくてよさそうだった。

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