第10話 パドゥーラのアムル 前編
重要キャラクター
アムル・エル
アーネム大陸リービッヒ北部地方図
第十話 パドゥーラのアムル
リービッヒ暦二七四年十一月三日。
リブロフ王宮、元老会議。
「なにを馬鹿なことを。この国のどこに戦う力があると言うのですか!!」
机を叩く激しい音とともに、アムル=ドゥットゥカースの怒声が議場に響き渡った。
一瞬、広い議場が静まり返る。
そして次の瞬間、各所から怒声が上がった。
「馬鹿なことだと!? ドゥットゥカースの小僧、つけあがるのもいい加減にしろ!」
「そうだ、パドゥーラ伯! いくら南北戦争の英雄とはいえ、言葉が過ぎるぞ!」
「ここをどこだと思っている!」
アムルはそれらの声を正面から受けながら、席につこうとはしなかった。
元老会議。
伯爵以上の貴族によって構成される、リービッヒ王国の最高意思決定機関である。
税制、外交、軍事。
王国の行く末を左右する重要事項は、この場で決められる。
そして今日、議題として提出されたのが――ライプニッツ侵攻計画だった。
提案したのは国王ルーテイトの外戚、国務尚書のミュルス公オーウェン=フランツベルク。まだ十歳に満たない国王に代わり、国政を統括している。
そして軍総司令官、アンデルヌ侯アンスバッハ。
南北戦争終結から、まだ三年。
にもかかわらず、再び大規模な戦端を開こうというのである。
「言葉が過ぎているのは承知しています」
アムルは周囲を見渡した。
「ですが、南北戦争が終わってまだ三年ですよ。領地を立て直すことすらできていない諸侯が、どれだけいると思っているんですか?」
「だからどうした!」
アンスバッハが吐き捨てる。
「我々にとって失地回復は悲願だ。本来の我らの土地を取り戻し、アーネム東部を再統一し、恒久的な平和を取り戻す。それこそ我々の責務ではないか!」
「戦争を始めて平和を取り戻す?」
アムルの眉間に皺が寄った。
「……本気で言っているんですか?」
「パドゥーラ伯!」
再び怒声が飛ぶ。
だが、その中で一人だけ別の声を上げる者がいた。
「確かにパドゥーラ伯の言葉は過ぎます」
ラレド侯パウロ=フランツベルクだった。
「しかし、まだ戦端を開くのは早すぎるのではありませんか?」
議場が少しだけ静かになる。
アムルは横目でパウロを見た。
この場でアムルの慎重論に理解を示す者は、彼しかいない。
本来であれば、養父である軍務尚書モンド=ドゥットゥカースもアムルに近い立場を取っただろう。
だが、モンドは南北戦争から続く激務で体調を崩しており、今日の会議を欠席している。
「パウロ将軍」
アンスバッハが低い声を出した。
「我々の悲願が何か、君とて知らぬわけではあるまい?」
「もちろん存じております」
パウロは淡々と答えた。
「ですが、南北戦争の傷跡は深い。中央はともかく、特に地方領主の現況は厳しいと言わざるを得ません。実際、我がラレドも立ち直ったかと言われれば、疑問符が付きます。ですから、今しばらく国内の再建に力を注ぎ、その後に行動を起こすのが上策かと」
パウロは戦争そのものを否定しているわけではない。
リービッヒの国是であるアーネム東部の再統一についても理解している。
ただ、今ではない。
それだけだった。
「敵が攻めてきてからでは遅いのだ。ライプニッツ・コスタの諸侯がレミーラになびき、反旗を翻そうとしているのは間違いない。ゆえに機先を制して今攻め取る。当然の判断だ」
アンスバッハは鼻を鳴らした。
「さらに、コスタ方面のレミーラ軍が大幅に減少しているとの報告も入っている」
「それに関して、いささか腑に落ちない点があります」
アムルが口を挟んだ。
「なに?」
先ほどまでの怒声とは違う。
アムルは腕を組み、憮然とした表情でアンスバッハを見ていた。
「確かにレミーラと都市同盟の戦線は、レンヌからゼルキア寄りのウィンザー方面へ移っています。ですが、レミーラはこの三年間、一度たりともコスタ方面の守備を緩めたことはありません」
アムルはそこで言葉を切った。
「それが、ここに来て突然兵を減らした」
「ゼルキア攻めに傾倒しすぎて、余剰兵力がなくなったのだろう」
「本当に?」
「何が言いたい」
「私なら疑います」
アムルは即答した。
「こちらを誘っている可能性を」
議場に小さなどよめきが起こった。
「敵将ルートビッヒ=シュナイダーは、あのレンヌを抜き、若くしてレミーラ東部辺境軍司令官となった男です。軽んじては痛い目を見ます」
「ふん」
アンスバッハが嘲笑した。
「貴様と同じで、若いから優秀だとでも言いたいのか?」
「なっ……」
アムルは一瞬、言葉を失った。
「そうだろう? そうでなければ、わざわざ若いなどと口にする必要はあるまい」
「…………」
何を言っているんだ、この人は。
アムルは本気でそう思った。
年齢などどうでもいい。
敵将の能力を評価しているだけである。
しかし、アンスバッハにとってはそうではなかった。
彼はアムルが嫌いだった。
軍内での競争相手であるモンドの後継者。
南北戦争最大の英雄。
そして、わずか十八歳にしてパドゥーラ伯となり、下級の臣民から絶大な人気を得ている若者。
何より、その出自。
モンドの養子といえば聞こえはいいかもしれないが、そもそも貴族の血統ではない。
そんな男が自分たちと同じ場所に座り、対等に意見すること自体が気に入らないのである。
「……いい大人が、いまだに理論的な話もできないのか?」
「パドゥーラ伯!!」
すぐさま周囲から怒声が飛んだ。
「言葉が過ぎるぞ!」
「アンスバッハ侯に対して無礼であろう!」
アムルは彼らを見渡した。
そして、もう一度口を開いた。
「では、理論的に話します」
その声から、先ほどまでの怒気が少し消えた。
「何度でも申しますが、この国は長く続いた戦乱で疲弊しています。領地を立て直し、畑を戻し、街道を直し、家を失った人たちの生活を取り戻す。それが先でしょう」
「だからこそ領土を取り戻すのだ!」
「違います」
アムルははっきりと言った。
「今は戦うべきではない」
議場がざわめいた。
「……何?」
「むしろ後背の安全を確保するために、都市同盟とは盟約を結ぶべきです」
今度こそ、議場が騒然となった。
「盟約だと!?」
「貴様、何を言っている!」
「都市同盟と手を組むだと!」
アムルは構わず続けた。
「レミーラという強大な敵がいる今だからこそです。互いに争わず、都市同盟と協調してレミーラを牽制すればいい」
「ふざけるな!!」
アンスバッハが立ち上がった。
「なぜ栄光ある我が国が、あのような盗人どもと手を組まねばならんのだ! もともと奴らの土地はすべて我々のものだ!」
「現状では、その盗人の方が力を持っているのではないのですか?」
「なんだと!」
アムルはもう引かなかった。
「昔どこを支配していたとか、誰の土地だったとか、そんな話をしているのではありません。今どうすれば、この国に住んでいる人たちが安心して暮らせるのかという話をしているのです」
「貴様、それでも元老か!」
「元老だからこそです」
アムルは言った。
「市民の幸せを考えて、何が悪いのですか?」
一瞬。
議場が静かになった。
アンスバッハの顔が怒りで赤くなる。
「幸せだと?」
そして叫んだ。
「臣民の幸せは、都市同盟、そしてレミーラを打倒して得られるのだ!!」
アムルは何も言えなかった。
戦争をすれば人が死ぬ。
兵士が死ぬ。
その兵士にも親がいて、妻がいて、夫がいて、子供がいる。
畑は荒れる。
商売は止まる。
税は上がる。
腹を空かせる人間が増える。
それでも戦争をして敵を倒せば幸せになるという。
どうすれば、そんな結論になるのだろう。
アムルには理解できなかった。
「……馬鹿野郎……」
思わず漏れた。
「アムル……!」
隣にいたパウロだけが聞き取り、血相を変えた。
さすがにこれ以上はまずい。
「アンスバッハ将軍」
パウロがすぐに割って入った。
「少々、大人げなさ過ぎますぞ。パドゥーラ伯はまだ若い。色々と思うところもあったのでしょう」
「しかし――」
「まあ、こういう意見もあるということです。気を悪くなされるな」
「……ふん」
アンスバッハは不満げに鼻を鳴らしたが、ようやく席についた。
小僧一人を相手にいつまでも声を荒らげていては、それこそ大貴族としての面目が立たない。
その様子を見届けてから、オーウェンが口を開いた。
「パドゥーラ伯。君も席につきなさい」
「……はい」
「君が戦争を嫌っていることはよく分かった。しかし、いささか言葉が過ぎる。元老会議は知性と品位をもって行われるべき場所だ。今後は慎みたまえ」
「…………」
アムルは黙って席についた。
知性と品位。
その知性と品位を持つ人々が、率先して戦争を始めようとしている。
もう反論する気力すら失われつつあった。
「さて」
オーウェンが議場を見渡した。
「意見も出揃ったことだろう。この辺りで採決を取りたい」
元老たちが姿勢を正した。
「ライプニッツ侵攻計画に賛成の者は、挙手を願いたい」
次々と手が上がった。
一人。
二人。
三人。
そして議場のほぼすべて。
アムルは手を上げなかった。
パウロも上げなかった。
それだけだった。
「なるほど」
オーウェンが満足そうに頷く。
「賛成多数。よってライプニッツ侵攻計画は承認された」
アムルは無数に並ぶ手を見つめていた。
「国王ルーテイト様の決裁を経て、各諸侯には詳細を通達する。以上」
オーウェンはそう告げた。
戦争は決まった。
アムルがどれだけ危険を訴えても。
どれだけ国の疲弊を訴えても。
どれだけ敵の意図を疑っても。
何一つ、変えることはできなかった。
第三次コスタ戦役は、こうして始まろうとしていた。
◇
元老会議が終わり、アムルは憮然とした表情のまま王宮の廊下を歩いていた。
「アムル」
背後から声をかけられ、足を止める。
振り返ると、パウロがこちらへ歩いてくるところだった。
「パウロ」
「少し話がしたい」
パウロは周囲へ目をやった。
会議を終えた貴族やその従者たちが、まだ廊下を行き交っている。
「……ここでは少々話しづらいな。夕食はまだだろう?」
「まあ」
「付き合わないか?」
「いいけど」
二人はそのまま王宮を出た。
向かったのは、リブロフの貴族街にある一軒のレストランだった。
華美というほどではないが、店内には上質な調度品が並び、客の服装を見ても平民が気軽に入れるような店ではないことくらいはアムルにも分かった。
案内された奥の席へ腰を下ろす。
「この店は貴族御用達でね。口の堅さについては信用できる。気にせず話して構わない」
「それは結構なことで」
そう言った直後、アムルの表情が険しくなった。
「あいつら、何が臣民の幸せだ」
「おい」
「市民を本当に幸せにしたいなら、あいつらだけで戦争に行けばいいんだ。自分で剣持って最前列に並べばいいんだ」
「落ち着け。さすがに声が大きい」
パウロが慌てて制止する。
信用できる店とは言ったが、何を叫んでもいいとは言っていない。
「だってさあ……」
「気持ちは分からなくもないが」
「分かるなら止めてくれよ」
「二人で反対して止まるなら、今日の採決で止まっている」
「……そうだけど」
アムルは不満そうに頬杖をついた。
しばらくすると、店の入口がにわかにざわめいた。
何人もの客が同じ方向を見る。
入ってきた一人の少女へ、店内にいた客たちの視線が一斉に注がれていた。
エル=リージェット。
アムルと同じ十八歳。モンドの娘であり、アムルの義妹にあたる少女である。
まだ幼さの残る顔立ちではあるが、その美しさは人目を引いた。余計な装飾品で着飾っているわけでもない。それでも彼女が店内を歩くだけで、周囲の視線が自然と集まってしまう。
その隣を、小柄な少年が歩いていた。
ティーエ=クラビス。
アムルと同じ十八歳で、現在はパドゥーラの主計を預かるアムルの親友である。軍の兵站から領内の財政まで、数字に関わる仕事の多くを担う、パドゥーラには欠かせない存在だった。
二人はすぐにアムルたちを見つけた。
席までやって来ると、エルはまずパウロへ恭しく一礼した。
「パウロ君。本日はお招きにあずかり、ありがとうございます」
「相変わらずお美しい。それに、お元気そうで何よりです」
「おい」
アムルの眉が動いた。
「騎士様のくせに『お美しい』とは、ずいぶん軽薄だな」
「…………」
「エルが綺麗なのは当たり前だろう」
パウロとエルはアムルを無視した。
「ありがとう。でもパウロ君、先日婚約されたって聞きました」
「ええ。私も今年で二十四になります。いい年ですから、そろそろと思いましてね」
パウロは少し苦笑した。
「まあ、いろいろとありましたが……心優しい、良い方と出会えたと思っています」
「それはおめでとうございます」
「こんな奴と結婚するなんて悲惨だ」
「アムルは黙ってなさい」
「なんで!?」
「ぜひ、結婚式にはパドゥーラの皆様とお越しください。歓迎しますよ」
パウロは苦笑するしかなかった。
相変わらずの二人である。
エルとティーエも席についた。
「しかし」
パウロの表情が少し真面目なものへ変わった。
「モンド様の容態が心配でした。今日は元老会議にも出席されていませんでしたから。しばらくは養生ということですが、命に別状はないと聞いて安心しました」
「あれは働かせすぎなんだよ」
アムルが答えた。
「南北戦争が終わって三年。毎日毎日あれだけこき使われれば、そりゃ倒れもする」
「本当に、根を詰めすぎなんですよね」
エルも困ったように言った。
父のモンド=ドゥットゥカースは、南北戦争後に軍務尚書となり、軍の再編を急いでいた。
その結果、過労で倒れてしまったのである。
命に別状がなかったのは、不幸中の幸いとしか言えなかった。
「父さん、休んでって言っても全然聞いてくれないんですよね」
「モンド様らしいと言えば、らしいけどね」
ティーエが小さく付け加えた。
やがて料理の前に食前酒が運ばれてきた。
「まずはこちらを」
パウロが勧める。
「サウスウィンド産です。少々古いものですが、なかなか良いヴィンテージでしてね」
給仕が四人のグラスへ注いでいく。
パウロはグラスを軽く傾け、香りを確かめた。
「このワインは重厚なボディの中にも果実の――」
アムルが一口飲んだ。
「まずっ……」
「アムル!」
エルが睨む。
その横では、
「こほっ、こほっ……」
ティーエが口元を押さえていた。
「ティーエ、大丈夫?」
「だ、大丈夫……ちょっと強い……」
パウロが何とも言えない表情で二人を見る。
せっかく説明していたのだが。
そんな中、エルだけがもう一口飲んだ。
「これ、甘くておいしい」
「甘い??」
アムルがエルを見る。
ティーエも見る。
パウロまで見る。
「何?」
「いや……」
パウロはわずかに言葉に詰まった。
「お、お口に合ったようなら何よりです……」
料理が運ばれ、しばらく他愛のない話が続いた。
だが、四人とも今日ここへ集まった理由を忘れていたわけではない。
給仕が料理を置いて席を離れたのを確認してから、パウロが声を落とした。
「アムル」
「ん?」
「勝てると思うか?」
アムルの手が止まった。
少し考える。
「勝てない」
答えは短かった。
「そこまで断言するのか?」
「ライプニッツまでなら、まだ勝機はある」
アムルは卓上へ指を置いた。
「短期間で落として、そこで止まる。それなら作戦として成立する可能性はある。でも、あいつらはそこで止まるつもりじゃないだろ?」
「……コスタまで進むだろうな」
「だったら駄目だ」
アムルは即答した。
「レミーラ軍が減っている理由も分からない。敵将ルートビッヒが何を考えているのかも分からない。その状態で敵地の奥まで進むなんて、俺なら絶対にやらない」
パウロは黙って頷き、今度はティーエを見た。
「ティーエ君はどう見る? 兵站の専門家として君の意見を聞きたい」
「その前に一つよろしいでしょうか」
「ああ」
「動員数はどの程度になりそうです?」
「まだ正式には決まっていない。ただ、四個から五個師団は動員することになるだろう」
ティーエの顔が固まった。
「……それ、本気ですか?」
「おそらく」
「無理です」
今度はティーエが即答した。
「兵站が持ちません」
パウロが眉を寄せる。
「そこまでか?」
「そこまでです。南北戦争から三年しか経っていないんですよ。二個師団でも長期戦になれば厳しい。それなのに倍以上の五個師団をまともに動かし続けるとなれば、兵站以前に国の経済が破綻します」
「やっぱりそうなるよな」
アムルが呟いた。
「それだけじゃないと思う」
今度はエルだった。
「そこまで兵を出したら、国内の防衛にも不安を残すよ。都市同盟への備えにも影響する」
「守備か」
「うん。ライプニッツやコスタばかり見ているけど、都市同盟から攻められたらどうするの? それに何か問題が起きても、対応する兵が残らないでしょう?」
パウロは腕を組んだ。
軍事。
兵站。
国内防衛。
三つの方向から考えて、誰一人として良い答えを出さない。
「……やはり駄目か」
パウロは深く息を吐いた。
「いや。駄目だろうとは思っていたんだが」
「だったらもっと強く反対しろよ」
「したところで、今日の結果が変わったと思うか?」
「……思わない」
アムルは肩を落とした。
エルが少し考えてから口を開いた。
「パウロ君。カレリア様から、お口添えしていただくことはできない?」
カレリア=リービッヒ。
国王ルーテイトの同母姉にあたる。今年二十歳になるリービッヒの王女。
美しいだけでなく、良識のある人物として知られている。
「厳しいでしょうね」
パウロは首を横に振った。
「私はカレリア様の叔父とはいえ、フランツベルク家では末端の人間です。カレリア様自身は私の言葉に耳を傾けてくださるでしょうが、こと軍事のこととなると……」
パウロもまた、その出自が複雑である。
「そもそも、こうしてアムルと会っていることがオーウェン様に知られれば、お叱りを受ける可能性もあるのです」
「そのわりには、よく誘ったな」
「まあ、エル様が同席してくれれば、その問題はずいぶん解決するからな。もちろん意見を聞きたかったのもあるが」
「なるほどね。ラレドの貴公子様とドゥットゥカースの令嬢様の逢引きということにすればいい。アムルはどうせ市井の人に紛れ込めるから目立たない」
ティーエが口を挟んだ。
「逢引きとはいかんまでも、色々と言い訳は立つ。それにアムルは、エル様にしつこくついてきたとでも言えばオーウェン様も納得する」
「パウロ様はよく分かっているなあ」
ティーエが感心した。
「なんか俺、めちゃくちゃ言われていないか?」
「アムの日頃の行いじゃない?」
エルは冷たく言い放った。
「……でも、まいったなあ……」
アムルは椅子の背にもたれかかりながら頭をかいた。
敵の動きは怪しい。
兵站は持たないどころか、国の経済すら危うい。
国内の防衛すらおぼつかない。
それでも戦争は決まってしまった。
国王ルーテイトの最終決裁など、もはや形式以外の何ものでもない。
その時だった。
「パウロ様」
一人の男が足早に近づいてきた。
パウロの従者だった。
「どうした?」
「軍司令部より、至急お伝えするようにと」
男は一度アムルたちを見た。
パウロが頷く。
「構わない。ここで話せ」
「はっ」
従者は姿勢を正した。
「先ほど、出征する各師団の指揮官について決定が下されました」
パウロの表情が変わった。
「……それで?」
「パウロ様にも出征命令が下されました」
「やはりか」
「はい」
従者は答えた。
「第五師団長として、ライプニッツ攻略軍への参加を命ずるとのことです」
沈黙が落ちた。
パウロはしばらく何も言わなかった。
やがて小さく息を吐く。
「命令が下れば、行くしかないな」
先ほどまで料理の香りに満ちていた食卓から、すっかり和やかな空気は消えていた。
戦争はもう、議場の上だけの話ではなかった。




