帰れないべだ!
落ちる直前。
「よし! やったべだ!! さすがあかりべだね!!」
ほうきから、枝豆の興奮した声が響き渡る。
「う、うん……」
「あかり?」
「うぅー、気分悪いー……」
異様なめまいが襲い、同時に強烈な疲労感がのしかかってくる。それとともに、体からどんどん力が抜け始めていくのが分かった。
……これは、ちょっとやばいかも。
うまくバランスが取れず、ほうきが左右にふらふらと揺れる。
「もしかして、エネルギーを使いすぎたべだ!?」
「エネルギー……?」
思考がうまく回せない。その瞬間、私の意思とは無関係に、身にまとっていた衣装のリボン、帽子が順番に消え始めた。
「間違いないべだ。エネルギーの使いすぎなんべだ! 普通、ちょっとは加減するべだよ!!なんで全部出し切るべだー!」
そして最終的に衣装は完全に消え去り、元の私服へと戻ってしまう。
「まずいべだ、このままだと――」
ほうきは魔法少女の姿の時にしか使えない。
「落ちるべだああああ!!」
■■■
そして現在、私と枝豆はそろって正座させられていた。枝豆はぬいぐるみの姿に戻っているため、正座できているかどうかと言われると少し怪しい。
「ふぅ……ほんと、危ないことをしますね。私がいなかったら死んでたかもしれないんですよ?」
「ごめんべだ、由南。まさか一切加減をせずに、全エネルギーを使い切るとは思わなかったべだ……」
枝豆がしおしおと耳を垂らして謝罪する。私はその横で、正座の足を少し崩しながら、調子よく枝豆を指差した。
「そうらぞ! 枝豆!! しっかりしろーー!」
「あなたもですよ。魔法少女の力は、一歩間違えたら死に直結しかねません。気を付けてくださいね」
「はーい!」
反省の色が全く感じられない返事をしたその時、自分の体に奇妙な違和感を覚えた。
「ほえ?」
すると突如、全身が激しく発光し始めたのだ。そしてあっという間に、さっき消えたはずの魔法少女の衣装へと元通りになってしまった。
「うわ! なんか戻った!」
「ど、どういうことべだ!? さっき確認したときは、希望エネルギーが完全に切れてたはずべだなのにっ!」
枝豆は慌てて温度計のようなガジェットを取り出し、私の額にパチンと当てた。
……たしか、エネルギー量を測るやつだっけ。
そして、そのメモリを見るや否や、枝豆が大きく驚いた。
「べべべだあああ!?」
すぐさま枝豆は、由南ちゃんとその相棒のエルノンにもその温度計を見せる。
「ん!?」
「ぺろっ!?」
二人とも枝豆とまったく同じような表情になり、硬直した。
……エルノンの驚き方、何かを舐めてるみたいでちょっとヤだな。
「何をそんなに驚いてるの? 私にも見せてよ!」
「べだ!?」
私は枝豆の手から温度計を強引に強奪した。
「どれどれ?」
しかし、形こそ温度計に似ているものの、仕様が特殊すぎてどう読めばいいのかさっぱり分からない。
「読――め――な――い――」
「さっき完全にゼロになったはずのあかりの希望エネルギーが……もう、MAXまで回復してるべだ……」
呆然とした声で呟く枝豆を見て、私はポンと手を叩いた。
「なるほど!!」
「もしかして、何か心当たりがあるべだ!?」
「んなもんはない!!」
「べだ……」
私たちのコントのようなやり取りを、由南ちゃんが訝しげな表情で見つめていた。
「枝豆ちゃん、その人さっきから様子おかしくありません? なんか言動がふわふわしてるというか……」
「べだ……実はあかり、お酒を飲んで酔っ払ってるときしか変身できないべだ」
「お酒? 酔ってる……? 確かにちょくちょくお酒臭かったけど、そんなまさか」
「どうも、私の名前は田中あかり! 18歳の高校生だよ!」
当然のように虚偽の自己紹介をしながら、すっと右手を差し出して握手を求める。
「高校生?? え、あ、えっと……桜宮由南……です。高2です」
かなり困惑している様子の由南。私は、彼女が恐る恐る差し出してきた手をがっちりと掴み、親愛の情を込めてブンブンと上下に振った。
「由南ちゃんっていうのね! よろしく! 私の命の恩人!!」
「は……はぁ。よ、よろしく……?」
どう会話していいのか分からないのか、終始反応に困った由南ちゃんはぎこちない笑顔を浮かべている。
「あのコミュ強の由南がたじたじしてるペロ!」
「あんな変人と話してて困惑しない相手なんかいないべだよ……」
やれやれ、と枝豆は肩を落とした。
「ふぅ、じゃあ私は一回変身を解きますね」
由南ちゃんの身体が淡く光りだす。光が収まると魔法少女のドレスが消え、上品な私服へと変化した。髪色も、鮮やかな明るい紫から、落ち着いた黒寄りの紫色へと戻っていく。白のワンピースの上にカーディガンを羽織ったその姿は、どこか育ちの良さを醸し出していた。
「あかりさんも変身解除したほうがいいですよ。たしかあかりさんって、変身中は姿が普通の人からも見えちゃうんですよね?」
「えー、私は見られても気にしないんだけどなー」
「由南の言う通りべだよ! 変身を解かないと不審者で通報されるかもしれないべだよ!」
「うー、みんなして……しょうがないな。ん?」
変身を解除しようと思ったタイミングで、妙な違和感に気づく。
「どうかしたべだ? あかり」
「いや……これ、どうやって解除するの?」
「べだ!?」
よく考えると、今まで変身が解けるときは毎回「お酒が抜けて自動的に」戻っていただけで、一度たりとも自分の意識で解除したことがないのだ。
全身の力を抜いてみたり、色々試してはみたものの、一向に変身が解ける気配はない。
「由南ちゃそはどんな感じに解いてるの? なんかコツとかない?」
「コツ……と言われましても、そんなこと今まで考えたこともないですね。最初から自然とできましたし……」
「もしかして……希望エネルギーが溢れ出しすぎて、逆に解除できないんじゃないペロ? そんな前例、聞いたことも見たこともないペロけど」
「たしかにその可能性はあるべだね……前例がないべだけど」
「困りましたね。これじゃあ帰れませんよ」
「別にこのまま帰ってもよくなーい?なんか眠くなってきちゃった。」
ふわーと私は大きくあくびをし、その場で横になった。
「この子、自分の置かれてる状況をまるで理解できてないぺロね…」
「まぁ…今日は1缶しか飲んでないべだからすぐに酔いは覚めると思うべだ。ここにいればまず人には見つかる心配はないべだし少し待とうべだ」
そんなフラグのような発言の直後――。
ガチャン、と扉が開く音が屋上に響いた。
「ふぅー、ごはんごはんー。って、あれ? 誰かいる?」
扉から、この会社のものと思われるスーツを着たサラリーマンたちが3人入ってきた。そして、がっつりと私と由南ちゃんの姿が彼らの目にとまる。
「あっ」
「ふ、不審者だああああーー!!」
当然の反応だった。サラリーマンたちの目には、深夜のオフィスビル屋上に、魔法少女のコスプレをした27歳の女と高校生という意味の分からない組み合わせが映っているのだ。そう叫びたくなるのも無理はない。
「ど、どうしよーべだーーあかり!! このままだと不法侵入で捕まるべだよ!!」
「う、ねみゅい。」
睡魔により頭がうまくまわらない。
「大丈夫ですよ、枝豆ちゃん」
すっと由南ちゃんがサラリーマンたちの前へと歩み出た。一瞬で、凛としたお嬢様の空気をまとう。
「私、桜宮由南と申します」
「え? 桜宮って……もしかして社長のご令嬢!? す、すみません、不審者だなんて失礼なことを言ってしまって……!」
「いえいえ、お気になさらないでください。今日は父から見学の許可をいただいて、こちらにお邪魔しておりましたの」
「あ、そういうわけでしたか! ……えっと、それで、その後ろにいらっしゃる方は……?」
由南ちゃんは満面の笑みのまま、一歩も引かずに言い放った。
「気にしないでください」
「え、でも――」
「気にしないでください(威圧)」
「う……わ、わかりました……!」
「はい、それじゃあ私たちはこれで失礼しますね」
おそらく、サラリーマンたちは何一つ納得していない顔をしていた。けれど、社長令嬢ということもあり言い返すことはなかった。由南は私の手を引きすたすたと早足で屋上を後にした。
「はぁ……なんとか助かったべだね……。まさかこのビルが由南のお父さんの会社だとは思わなかったべだ。」
「ほんと偶然ペロね。まったく、由南に感謝するペロ!」
「とりあえずビルの前にタクシーを呼んで、あかりさんを家まで送りましょう」
ピッピッと、由南ちゃんの手際よい操作でスマホからタクシー会社へと連絡が入った。
■■■
「あかりさん、タクシーが来たみたいですよ。って、あれ? 寝てる?」
「完全に寝ちゃってるべだね……。うぅ、重たいべだ……」
いつの間にか人間の姿に変わった枝豆が、すっかり爆睡しているあかりを背負っていた。はたから見ると、体格の小さな少年が大人を必死におんぶしている格好になっており、かなり奇妙な絵面だ。
……枝豆ちゃん、ちょっとツラそう。
「じゃあ、枝豆ちゃん。あとはよろしくね」
「まっかせるべだ!」
到着したタクシーの運転手さんは、ピンクのフリフリドレスを着て泥酔しているあかりの姿にかなりギョッとしていたが、なんとか乗車を許可してくれた。
遠ざかっていくタクシーを見送りながら、私とエルノンも帰路につく。
「あかりさん、かなり変な人でしたね……」
思い出すと、ついクスッと笑ってしまう。まだ酔っ払ってない素面の時のあかりさんとは話していないので、素の彼女がどんな人なのかはよく分かっていない。
「話は聞いてたペロけど、まさかあれほど強いとは思いもしなかったペロね。色々と規格外すぎるペロ」
しかし、いくら戦闘能力が規格外に強くても、変身中に周りの一般人から姿が見えてしまうというのは、魔法少女としてはかなり致命的だ。
「あかりさん、か……。また会うのが楽しみです」
「そうペロか? 私的には、あまり関わらないほうがいい人種だと思うペロけど……」
エルノンが若干嫌そうな顔をして身震いした。
この市には、私を含めて3人の魔法少女がいる。これから嫌でも、私たちは彼女と関わっていくことになるだろう。
……ふふ、他の子たちが彼女と会ったらどんな反応をするか、ちょっと楽しみかも。
あかりはピンクをモチーフとした魔法少女で由南は紫色でしたね。後は青とか黄色、緑とかになりそうです。




