表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森口家の六つ子は、神様の後始末係です —龍神さまからのご指名—  作者: 織村蜜柑


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
86/88

第八十話「水を押し返す土」

〖前書き〗


前回まで:

滝坂から甲斐盆地へ下りた一行は、豊富な水と、乾いた畑が同時に存在する土地を目にした。

普段は砂礫の下へ染み込みながら、雨が続けば土砂とともに押し寄せ、畑や道を選ばず流路を変える水。

龍地で学んだ小さな水の理は、甲斐の大きな流れを前に、問い直されようとしていた。

老人は畑の端へ積まれた石を、もう一度蹴った。

「今年は、まだましだった」

三那兜が顔を上げる。

「これで?」

「ああ。向こうの土手が、水を押し返したからな」


老人が指した先には、低い土の盛り上がりがあった。

畑と川筋の間を横切るように、土と石が長く積まれている。


一鶴たちは、老人とともに土手へ向かった。


近づくと、それは龍地で作った小さな堰とは比べものにならないほど長かった。

人の背丈よりは低い。

だが、幾人もの手で土を運び、石を置いた跡がある。


六嗣が土手の表面へ触れた。


「村の人たちが作ったんですか」

「あの川が畑へ向かうたび、少しずつ高くした」


老人は土手の向こうを見る。


「去年は、これで止まった」


三那兜は土手へ上がり、両側の地面を見比べた。

川側には、流木と石が帯のように残っている。

畑側の土は、そこまで荒れていない。


「守れたんだな」

「ああ。ここはな」

老人の声が沈んだ。


五風が視線を遠くへ移す。

土手は途中で切れていた。

その先には、少し低い土地が広がっている。


畑。

数軒の家。

そして、土砂に埋もれた細い道。


「水は、どこへ行った」

五風の問いに、老人は答えなかった。

代わりに、土手の切れた先を見つめる。

四糸乃が土手の上を歩き、石の向きを確かめた。

「ここで流れを押し返したため、水は横へ向かったのですね」

「横へ?」

六嗣が見上げる。


四糸乃は、土手の端から低地へ視線を動かした。

「この畑には入らなかった。けれど、消えたわけではありません」


一つの場所から押し返された水は、別の低い場所へ向かう。

そこに畑があるか。

家があるか。

人がいるか。

流れには関係がない。


二羽花が土手の先へ歩きかけた。

五風が隣へ並ぶ。

二人が低地へ下りると、土砂の中から壊れた木片が見つかった。


家の柱だったものかもしれない。


二羽花は触れなかった。

ただ、その前へしゃがみ込む。

「ここにも、声がある」

「拾えるか」

「拾わない」


二羽花は首を横へ振った。

「今は、見るだけにする」

五風が小さく頷いた。


土手の上では、信玄が流れの跡を追っていた。


守られた畑。

押し返された水。

流された低地。


「守ったことが、間違いだったのか」


老人が低く問う。


誰もすぐには答えなかった。


土手を作らなければ、この畑は失われていた。

だが、土手を作ったことで、別の土地へ水が向かった。


どちらも事実だった。


樹玄は土手の石を一つ撫でた。

「守ろうとしたことは、間違いではありません」

老人が顔を上げる。

「ですが、一つの場所だけを見て守れば、その先で何が起きるかを見落とします」


一鶴は土手の端へ立った。

「押し返すだけじゃ駄目なのか」


勘助が地面の傾きを見ながら答える。

「水は、なくなりませぬからな」


押し返せば、別の場所へ行く。

塞げば、さらに高くなる。

止め続ければ、いつか土を越える。


信玄は、土手の先にある低地を見つめた。

「ならば、押し返した水の行く先まで見ねばならぬ」

「先だけでは足りません」

四糸乃が言った。


土手の始まり。

終わり。

その先の低地。

遠くに見える別の川筋。

すべてを順に見比べる。


「どこで受けて、どこへ分け、どこへ逃がすのか。つながりとして見なければ」


龍地で見つけた言葉が、甲斐の広い土地へ置き直されていく。


受ける。

分ける。

逃がす。


だが、流れが大きくなれば、一つの場所だけでは決められない。


信玄は土手を降りた。

足元の土を掬い、指の間から落とす。

「土で水を押し返すことはできる」


風に乗った細かな粒が、低地の方へ流れていった。

「だが、押し返した水をどこへ渡すかまで考えなければ、守ったとは言えぬ」

勘助が静かに頷く。


土手は、一つの土地を守った。

同時に、別の土地へ水を渡した。


人が引いた一本の線は、

水の道を変える。


だからこそ。


線を引く者は、

その先にある土地まで見なければならなかった。


挿絵(By みてみん)

〖後書き〗


今回のまとめ:

・老人の畑は、村人が築いた低い土手によって氾濫から守られていた

・しかし、押し返された水は土手の切れた先にある低地へ向かい、別の畑や家を襲っていた

・一つの場所を守るための土手が、別の場所へ水を渡すことを信玄たちは知る

・水を押し返すだけでなく、その水をどこで受け、どこへ分け、どこから逃がすかまで考える必要が生まれる


作者ノート:

水を防ぐための土手は、人々の暮らしを守る大切な手段です。

しかし、流れを遮れば、水そのものが消えるわけではありません。

今回は、一つの土地を守る線が、別の土地へ影響を与えることに信玄たちが気づく回です。


キーワード:

甲斐盆地/武田信玄/山本勘助/森口樹玄/六人/土手/氾濫/流路/水を押し返す/水の行き先/治水の理

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ