表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森口家の六つ子は、神様の後始末係です —龍神さまからのご指名—  作者: 織村蜜柑


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
85/88

第七十九話「水の通った跡」

〖前書き〗


前回まで:

龍地を離れた六人は、それぞれ違う帰る場所を持ちながら、自分たちの意思で同じ道を選んだ。

答えではなく、見る目と考えるための理を携え、樹玄、信玄、勘助とともに滝坂を経て甲斐の盆地へ下りていく。

龍地で生まれた小さな流れの理は、これから、さらに大きな土地と水へ向き合うことになる。


滝坂へ続く道を下るにつれ、木々の間から甲斐の盆地が大きく開けていった。

遠くには、朝日を返すいくつもの川筋が見える。

水の流れる筋の隣には、白い石に覆われた広い河原も伸びている。


山から下る水。

盆地を横切る水。

その流れに沿うように、畑と集落が広がっていた。


「水が多いな」

六嗣が目を細める。


龍地で見てきた細い水路とは違う。

遠くからでも分かるほど、幾筋もの水が盆地へ集まっている。

だが、道の脇にある畑へ近づくと、三那兜が足を止めた。


「乾いてる」

畑の土は白く乾き、細い水路にも水はなかった。


五風が盆地の方角を振り返る。

「あれだけ流れてるのに、ここには来てない」


四糸乃は水路の底へしゃがみ込んだ。

砂。

小石。

その間に、さらに細かな砂礫が詰まっている。


「水が流れた跡はあります」

「なら、どこへ消えた」

一鶴の問いに、樹玄は足元を示した。

「この土地は、水を地の下へ通します」

三那兜が地面へ手を触れる。

「土の中へ入るのか」

「はい。山から運ばれた砂や石が重なり、水を抱え込みます」


信玄は乾いた水路を見た。

遠くには多くの川がある。

けれど、地表の水は人の望む場所へ留まらない。


「水がない土地ではない」


勘助が呟く。

「見えぬところに、水がある土地ですな」


その時、二羽花が道の先へ目を向けた。

「ここに、怖がってる声が残ってる」


声の先には、畑を片づける老人がいた。


畑の端には、丸い石と枯れ枝が不自然に積み重なっている。


五風が老人へ近づいた。

「この石、畑にあったのか」


老人は手を止める。

「あったんじゃない。流れてきた」

「どこから?」

「川だ」


老人は盆地の方角を指した。

だが、その先に今見えている川は、畑からかなり離れている。


六嗣が首を傾げる。

「川は、あそこですよね」

「今はな」

老人は乾いた地面へ目を落とした。

「雨が続けば、川は場所を変える」


誰も言葉を返さなかった。


老人は畑の端に残る石を蹴った。


「去年は向こうを流れていた。今年はこっちへ来た」


丸い石。

折れた枝。

土砂に埋もれた畑の境。

今は水のない場所を、大量の水が通った跡だった。


三那兜は道の先まで歩き、地面の傾きを確かめる。

「こっちが低い」


四糸乃は畑と集落の位置を見比べた。

「水は、川筋だけを流れたのではありません」


五風も周囲を見渡す。

「人が道だと思ってる場所も、畑だと思ってる場所も、水には関係ないんだな」


「雨が降れば、一気に来る」

老人の声が低くなる。

「普段は乾いているくせに、来る時は畑も家も選ばない」


二羽花は畑の土へ触れた。

かすかな恐れ。

水音。

流される木。

暗い中で叫ぶ人の声。


すぐに五風が隣へ立つ。

二羽花は一度だけ彼を見てから、ゆっくり手を離した。

「ここには、水がなかったんじゃない」

彼女は小さく息を吐く。

「多すぎたんだ」


信玄は乾いた畑から、遠くの川へ目を向けた。


普段は地の下へ消える。

だが、雨が降れば、山から土砂とともに押し寄せる。

一つの筋へ押し込めようとしても、力が強ければ別の低い場所へ流れ出す。


「水が留まらぬのか」


樹玄は首を横へ振った。

「留まらぬだけではありません」


足元の石を拾い上げる。

「道を変えるのです」


信玄の目が細くなる。


龍地では、小さな水へ道を与えた。

受けて。

分けて。

逃がした。

だが、目の前にあるのは、人の手だけでは抱えきれないほど大きな流れだった。


「この水を、止めることはできるか」

信玄の問いに、樹玄はすぐには答えなかった。

代わりに、乾いた畑に残された石を見つめる。

「止めるだけでは、別の場所へ向かうでしょう」


勘助が静かに息を吐く。

「ならば、流れそのものを見なければならぬ」


一つの川ではない。

山。

斜面。

乾いた河原。

畑。

集落。

すべてをつなぐ、大きな流れ。


甲斐の盆地に、水はあった。

あまりにも多く。

あまりにも速く。

そして、人の望む場所には留まらずに。


龍地で学んだ小さな水の理は、

ここから、大きな水へ問い直されることになる。


挿絵(By みてみん)

〖後書き〗


今回のまとめ:

・滝坂から甲斐盆地へ下る途中、六人は多くの川がある一方で、乾いた畑と水路を見つける

・甲斐盆地では、水が砂礫へ染み込みやすく、普段は地表が乾く場所もある

・大雨になると川が流路を変え、土砂とともに畑や集落へ押し寄せる

・信玄たちは、水が不足しているのではなく、豊富な水が人の望む場所へ留まらないことを知る


作者ノート:

甲斐盆地は水の少ない土地ではありません。

山々から多くの河川が流れ込み、地下水も豊かな一方で、戦国時代には河川の氾濫や流路の変化が人々の暮らしを脅かしていました。

今回は、龍地で学んだ小さな水の理が、甲斐盆地の大きく不安定な流れへ向き合い始める回です。


キーワード:

滝坂/甲斐盆地/武田信玄/山本勘助/森口樹玄/六人/砂礫/伏流水/氾濫/流路の変化/治水

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ