第七十八話「六つの道の先」
〖前書き〗
前回まで:
龍地の宿の男と少年は、教わった理を自ら使い、道を守り始めた。
手を離すことは、見捨てることではない。
残る者を信じ、託した理が土地の中で歩き始めたと認めること。
樹玄と六人は、信玄、勘助とともに龍地を発った。
龍地の宿が見えなくなるまで、六嗣は何度も振り返った。
朝日に照らされた屋根。
道へ張られた縄。
板の前に立つ男と、その足元を確かめる少年。
坂を一つ下ると、木々の向こうへすべてが隠れた。
六嗣はようやく前へ向き直る。
「もう見えない」
「見えなくなっても、なくなるわけじゃない」
四糸乃が答えた。
六嗣の腕には、龍地で記した紙が大切に抱えられている。
その隣で、三那兜が大きく伸びをした。
「残る奴らに任せたんだ。何度も振り返ってたら、信用してないみたいだろ」
「三那兜は、寂しくないの?」
五風が尋ねる。
「寂しいに決まってる」
三那兜はあっさりと言った。
「でも、寂しいのと進むのは別だ」
一鶴が足を止めた。
道の先は、二手に分かれていた。
一方は、下今井へ続く道。
もう一方は、滝坂を経て、甲斐の盆地へ下りていく道。
四糸乃は下今井から来た。
二羽花は滝坂から来た。
そして、一鶴、三那兜、五風、六嗣は龍地で集められた。
六人が同じ場所から来たわけではない。
帰る場所も。
歩いてきた道も。
背負っているものも違う。
一鶴は振り返った。
「今なら、まだ戻れる」
三那兜が眉を上げる。
「誰に言ってる?」
「全員にだ」
一鶴は仲間たちを見渡した。
「龍地に残ることもできる。下今井へ戻ることも、滝坂へ帰ることもできる」
四糸乃は分かれ道へ目を向けた。
下今井へ続く道は、見慣れた土地へ戻る道だった。
二羽花も、滝坂の方角を静かに見つめている。
誰も、すぐには答えなかった。
樹玄も急かさない。
信玄と勘助も、少し先で足を止めていた。
最初に動いたのは五風だった。
二羽花の半歩前へ立つ。
だが、彼女の進む方角を決めることはしない。
ただ、待っている。
二羽花はその背を見て、小さく笑った。
「滝坂へ帰るのか」
一鶴が尋ねる。
「通るよ。でも、帰るためじゃない」
二羽花は、盆地へ続く道を見た。
「今は、他にも拾わなきゃいけない声がある気がする」
五風が頷く。
「なら、俺も行く」
「私が行くから?」
「それもある」
即答され、二羽花が目を瞬く。
五風は道の先を見た。
「俺にも、まだ見えてない流れがある」
四糸乃は抱えていた紙へ視線を落とす。
龍地で残した記録。
けれど、まだ一枚では足りない。
「下今井で見たものも、龍地で学んだことも、ここだけで終わらせるつもりはありません」
六嗣が巻いた紙を抱え直した。
「僕も、もっと記したい」
三那兜が笑う。
「俺は、次の土地がどんな地面か見てみたい」
最後に、一鶴が坂の下へ目を向けた。
誰も同じ理由ではない。
それでも、選んだ道は同じだった。
「分かった」
一鶴は先へ進む。
「なら行こう」
「どこへ?」
六嗣の問いに、信玄が振り返った。
「甲斐を見に行く」
朝日に照らされた盆地が、木々の切れ間から広がっていた。
集落。
畑。
細い水路。
その向こうに、光を返すいくつもの流れ。
龍地で見つけた理が、どこでも同じ形で使えるわけではない。
土地が変われば、水も変わる。
人も。
暮らしも。
守り方も変わる。
「同じ答えを持っていくのではないのですね」
四糸乃の言葉に、樹玄が頷く。
「答えは、その土地で見つけるものです」
「では、私たちが持っていくのは?」
六嗣が尋ねた。
樹玄は、六人を見た。
「見る目と、考えるための理です」
それぞれに違う道を歩いてきた六人は、
再び同じ道を歩き始める。
生まれた場所も。
帰る場所も。
見えるものも違う。
けれど、違うからこそ。
一つの土地を、六つの異なる視点から見ることができる。
龍地で一つになった流れは、
さらに大きな土地へ向かって、
静かに動き始めていた。
〖後書き〗
今回のまとめ:
・龍地を離れた六人は、下今井と滝坂へ続く分かれ道へ到着する
・一鶴は、それぞれが元の場所へ戻る選択もできると伝える
・六人は異なる理由を持ちながら、自ら樹玄と進む道を選ぶ
・樹玄は、答えではなく「見る目と考えるための理」を次の土地へ持っていくと語る
作者ノート:
四糸乃は下今井から。
二羽花は滝坂から。
一鶴、三那兜、五風、六嗣は龍地で集められました。
六人は同じ土地で生まれた家族ではありません。
今回は、異なる場所から来た六人が、それぞれの意思で同じ道を選ぶ場面を描いています。
キーワード:
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