幕間:第二話「森口家、朝の戦争」
朝。
森口家の台所には、コーヒーの香りが広がっていた。
珍しく洋食だった。
トースト。
ベーコン。
目玉焼き。
サラダ。
そして、コーヒー。
「ブラックだろ」
一樹が当然のように言った。
「は?」
三樹が即座に反応する。
「苦いじゃん」
「コーヒーだからな」
「だから砂糖入れるんだろ」
「それは砂糖飲んでるだけだ」
「違う」
三樹は真顔だった。
「コーヒー味の砂糖」
「もっと違う」
一樹が疲れた声を出す。
その横で。
六樹が静かにカップを置いた。
「今日は浅煎り」
全員が六樹を見る。
「だから、ミルクは合わない」
「始まった」
五樹が言う。
六樹は気にしない。
「香りが飛ぶ」
「朝から面倒くさい」
「事実」
「コーヒーだぞ?」
三樹が言う。
「なんでそんな難しくなるんだよ」
「豆が違う」
「豆は豆だろ」
六樹の眉がぴくりと動いた。
空気が少し冷える。
一樹が即座に割って入った。
「三樹、お前は今日は黙って砂糖入れとけ」
「もう入れた」
見ると、三樹のコーヒーはほぼ茶色ではなかった。
四葉がぽり、とみどり豆を噛む。
「コーヒー牛乳みたい」
「うまいぞ」
「子ども舌」
六樹が即答した。
「なんだと」
「砂糖の量が異常」
「朝は糖分必要」
「それは否定しない」
「じゃあいいだろ」
「限度がある」
二葉が小さく笑った。
「六樹、朝から細かい」
「細かくない」
「今日は何入れるの?」
五樹が自然に二葉へ聞く。
二葉は自分のカップを見る。
「今日はミルクかな」
「じゃあ俺も」
五樹が即答する。
六樹が静かに言った。
「浅煎りにミルクは合わない」
「うるさい」
五樹も即答した。
「二葉がミルクなら今日はミルク」
「理論性がない」
「愛はある」
「気持ち悪い」
四葉がぽつりと言う。
「朝から重い」
「重くない」
五樹は真顔だった。
一樹はコーヒーを飲む。
ブラック。
静か。
落ち着く。
——はずだった。
「一樹」
三樹が言った。
「ソースいる?」
「なんで朝からソースの話になる」
「目玉焼き」
「醤油だろ」
「ソース」
「ケチャップ」
四葉が即答する。
「塩胡椒」
六樹が言う。
「気分」
二葉。
「二葉と一緒」
五樹。
一樹は、静かに天を仰いだ。
「お前ら、なんで毎朝こんなに騒がしいんだ……」
その時。
ピコン。
六樹のスマホが鳴った。
全員が止まる。
六樹が画面を見る。
「Ring」
空気が少し変わる。
「誰」
二葉が聞く。
六樹は静かに言った。
「豆」
沈黙。
三樹が聞く。
「庭?」
「庭」
「なんで通知来るんだよ」
「豆がカメラの前で寝てる」
数秒。
五樹が吹き出した。
四葉も肩を震わせる。
二葉が笑い始める。
三樹が言った。
「豆、自由すぎるだろ」
六樹だけが真顔だった。
「可愛い」
「お前それ言う時だけ分かりやすいよな」
一樹がコーヒーを飲みながら言う。
六樹は静かにスマホ画面を見つめた。
「……菊も来た」
「実況やめろ」
「可愛い」
「知ってる」
朝。
森口家は、今日もうるさい。




