第二十四話「お見合いは静かに終わらない」
森口家に、妙な緊張が走っていた。
朝から、二葉が台所に立っている。
味噌汁の湯気が上がり、焼き魚の匂いがして、炊きたての白米が釜の中で艶を出している。いつもの朝だ。いつものはずだった。
だが、食卓についた六つ子の空気だけが、明らかにいつもと違っていた。
「……で」
三樹が箸を持ったまま、味噌汁を見た。
「今日、何時からだっけ」
「十一時」
一樹が湯呑みを置きながら答える。
「場所は甲府の料亭。相手方は三家。形式上は顔合わせに近いが、向こうはかなり本気だと思っていい」
「お見合いってさ」
五樹が椅子の背にもたれた。
「六つ子全員まとめてやるものなの?」
「普通はやらない」
六樹が短く言う。
「だよな」
「でも、向こうが“森口家のご子息ご息女にぜひ”って言ってきたんでしょ」
二葉が焼き魚の皿を並べながら言った。
「一樹だけじゃなくて?」
「最初は俺だけだった」
一樹は、少し遠い目をした。
「それが、途中からなぜか“ご兄弟の皆様も”になった」
四葉がみどり豆の袋を開けた。
ぽり。
「罠?」
「お見合いを罠扱いするな」
一樹が言う。
「でも六人全員って、罠じゃない?」
五樹が言った。
「特に二葉がいる場に、俺を呼んだ時点で向こうの情報収集不足だよね」
「五樹」
二葉が振り返る。
「今日はちゃんとして」
「してるよ」
「自分の相手を見るんだよ」
「見るよ。ついでに二葉の相手も見る」
「ついでじゃない」
「俺の優先順位は二葉だから」
一樹が額を押さえた。
「始まる前から回収対象がいる」
三樹がご飯をかきこんだ。
「飯出るんだよな?」
「料亭だから出る」
「肉は?」
「知らん」
「揚げ物は?」
「知らん」
「ソースは?」
六樹が三樹を見た。
「お見合いの確認項目ではない」
「重要だろ」
「重要ではない」
四葉がみどり豆を噛みながら言った。
「三樹の婚活条件、ソース」
「ソースは大事だろ」
「大事じゃないとは言ってない。お見合いではない」
二葉はため息をつきながら、三樹の前に小鉢を置いた。
「三樹、今日は料理を食べに行くんじゃないからね」
「分かってる」
五樹が即座に言った。
「出た。三樹の“分かってる”」
六樹が頷く。
「その場限定理解」
三樹は眉を寄せた。
「今日は忘れねぇよ」
一樹が静かに言った。
「三樹。今日の目的は」
「……見合い」
「その次」
「飯」
「違う」
二葉が頭を抱えた。
「もう不安しかない」
一樹は深く息を吐いた。
「とにかく、今日は全員、外向きの顔で頼む」
四葉がぽり、とみどり豆を噛んだ。
「外向きの顔、持ってきてない」
「持ってこい」
「無理。私は私」
「せめて初対面の人に刀剣乱舞と銀魂の話を長時間しないでくれ」
四葉は少し考えた。
「短時間なら?」
「できればしないでくれ」
「歴史の話なら?」
一樹は一瞬だけ黙った。
「……相手による」
五樹が笑った。
「兄貴、それ許可出してるじゃん」
「出してない。条件付きだ」
「一樹、聞いてるようで流してる時あるからね」
二葉がさらりと言う。
「二葉」
「今日、私フォローしないからね」
「してくれ」
「素直」
五樹が笑う。
一樹は湯呑みを持ち上げ、緑茶を飲んだ。
「俺は今日、全員の回収係になる予感がしている」
「予感じゃない」
六樹が言った。
「確定」
その一言で、食卓は静かになった。
数秒後、三樹だけが唐突に言った。
「料亭って、串カツ出る?」
「出ない」
全員の声が揃った。
料亭は、静かな通りの奥にあった。
黒い門。手入れされた庭。石畳。水音。
大きな暖簾をくぐると、畳の匂いと、出汁の香りがした。
一樹は、到着した瞬間に外向きの顔になった。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
柔らかく、礼儀正しく、落ち着いた声。
その横で二葉も静かに頭を下げる。普段の世話焼きの顔ではなく、凛とした所作の綺麗な女性としてそこにいた。
五樹はその少し後ろで、軽く笑っている。チャラさは残しているが、目だけは周囲をよく見ていた。
三樹は庭の石を見ていた。
「足元、滑るな」
「三樹」
一樹が低く呼ぶ。
「分かってる」
「何を」
「ちゃんとする」
六樹が小さく言った。
「持続しない」
四葉は、案内された廊下の欄間を見上げていた。
「この欄間の彫り、古い」
「四葉」
一樹が呼ぶ。
「まだ話してない」
「予防だ」
部屋に通されると、すでに相手方が揃っていた。
それぞれ、地元の有力な家の子息や令嬢たち。
華やかで、きちんとしていて、いかにも“良い縁談”として整えられた顔ぶれだった。
一樹は座る位置を確認し、自然に全体が見える場所へ腰を下ろした。
二葉はその隣。五樹は、当然のように二葉の隣に座ろうとして、一樹に目で止められた。
五樹は笑顔で自分の席へ向かった。
ただし、視線だけは二葉の相手候補を一度見ていた。
六樹はそれに気づいて、何も言わなかった。
四葉は静かに座った。
三樹は料理の盆が置かれる場所を見ていた。
一樹は心の中で、今日すでに三回目のため息をついた。
「本日は、森口家の皆様にお会いできて光栄です」
相手方の父親らしき男性が言った。
「こちらこそ」
一樹が返す。
「六つ子の皆様がそろうと、壮観ですね。森口家は本当に恵まれていらっしゃる」
「ありがとうございます」
一樹は完璧に微笑んだ。
二葉は静かに座っている。
五樹は笑っている。
三樹は料理を待っている。
四葉は床の間の掛け軸を見ている。
六樹は相手の言葉の選び方を記録しているような目をしている。
始まったばかりなのに、一樹はもう分かった。
今日は、長い。
料理が運ばれてきた。
三樹の目が明らかに輝いた。
「おお」
「三樹」
二葉が小声で言う。
「声」
「出てない」
「出てた」
椀物、刺身、煮物、小鉢。上品な料理が並ぶ。
三樹は箸を持ちながら、一応相手の話を聞いていた。
一応。
「三樹さんは、探偵をされているとか」
向かいの女性が穏やかに尋ねた。
「してる」
「どんなご依頼が多いんですか?」
「人探しとか、変な相談とか」
「変な相談?」
「説明しにくい。でも、困ってる奴はだいたい顔見れば分かる」
女性は少し目を丸くした。
三樹は煮物を食べた。
「うまいな、これ」
「三樹」
一樹が低く呼んだ。
「聞いてる」
「今、料理の感想だった」
「料理もうまいし、話も聞いてる」
六樹が静かに言った。
「保持されているかは別」
三樹は眉を寄せる。
「お前、今日俺に厳しくね?」
「いつも」
その横で、五樹は自分の相手と話しているふりをしながら、二葉の相手候補を見ていた。
相手は、落ち着いた雰囲気の男性だった。
物腰は柔らかい。言葉も丁寧。
だが、五樹は最初の数分で、何かが引っかかった。
「二葉さんは、巫女として森口家を支えていらっしゃるんですね」
「はい」
二葉は静かに答えた。
「素晴らしいですね。やはり女性は、家の内側を整えられる方が一番です」
五樹の目が、笑ったまま細くなった。
一樹はその変化に気づいた。
早い。
「二葉は内側だけじゃないですよ」
五樹が軽い声で入った。
二葉が、ちらりと五樹を見る。
「五樹」
「だって、事実でしょ?」
五樹は笑顔のまま、相手の男性へ視線を戻した。
「二葉は、家の中も外も見てますよ。むしろ、俺たちの方が二葉に整えられてるくらいです」
男性は少し困ったように笑った。
「もちろん、そういう意味で申し上げたわけでは」
「ですよね」
五樹は笑った。
「ならよかったです」
空気が、ほんの少しだけ硬くなる。
一樹はすかさず口を挟んだ。
「二葉は森口家の実務をよく支えてくれています。私も、何度も助けられています」
外向きの言い方で、五樹の刺を包む。
二葉は静かに茶を飲んだ。
まだ静かだ。
だが、一樹は知っている。
二葉の静かは、必ずしも安全ではない。
四葉は、相手の男性から趣味を聞かれていた。
「四葉さんは、休日は何を?」
「聖地巡礼」
相手が一瞬止まる。
「……ご旅行がお好きなんですか?」
「そう。刀剣ゆかりの場所、寺社、博物館、資料館」
「歴史がお好きなんですね」
「歴史も好き。刀剣乱舞も好き」
一樹が遠くで反応した。
まずい。
相手の男性は、人当たりよく笑った。
「ゲームですか?」
「入口はゲーム。でも元ネタは深い」
四葉の目が、少しだけ真剣になる。
「たとえば、刀剣そのものの来歴、所持者の移動、時代背景、戦の変化、家紋、神社仏閣との関係。それを追うと、土地の記憶に当たる」
相手の男性は頷いている。
まだ大丈夫。
「それに銀魂も元ネタが多い」
大丈夫ではなくなった。
「銀魂、ですか」
「はい。江戸時代や明治維新あたり」
「重要な時代ですね」
「特に将軍回は重要。ギャグとして見ても面白いけど、権力構造と庶民感覚のズレを笑いにする装置として完成度が高い」
一樹は、さりげなく茶碗を置いた。
「四葉」
「まだ導入」
「導入で止めろ」
四葉は少し不満そうに黙った。
指先だけが、鞄の中のみどり豆の袋を探しかけて、すぐに止まる。
さすがに今は違う、と分かっている顔だった。
「相手の理解度を確認していただけ」
「確認しなくていい」
相手の男性は困惑しつつも、少し興味を持ったようだった。
「でも、詳しいんですね」
四葉は頷く。
「当然」
一樹は、これはもう諦めるしかないと思った。
六樹は静かだった。
相手の女性が、紅茶が好きだと話を振った時だけ、わずかに反応した。
「紅茶、お好きなんですか?」
「好き」
「私も好きです。よくカフェで飲みます」
「茶葉は」
「え?」
「茶葉の種類」
「あ、ええと……アールグレイとか」
「抽出温度は」
「そこまでは」
五樹が遠くから小さく笑った。
六樹は無表情のまま、茶を飲んだ。
「そう」
会話が終わりかけた。
相手の女性は慌てて続ける。
「でも、香りが良いものが好きです」
六樹は少し考えた。
「香りなら、ダージリンのファーストフラッシュか、キームン」
「詳しいんですね」
「淹れるから」
「ご自分で?」
「温度と時間で変わる」
女性は素直に感心したようだった。
「すごいですね。丁寧なんですね」
六樹は黙った。
褒められているのは分かった。
だが、どう返せばいいかは分からない。
その時、五樹が横から軽く助け舟を出した。
「六樹の紅茶、うまいですよ。こだわりすぎて、たまに儀式みたいだけど」
「儀式ではない」
「はいはい、手順ね」
六樹は五樹を見た。
五樹は笑っていた。
余計なことは言わない。必要な分だけ、場を柔らかくする。
六樹は短く言った。
「手順」
女性は笑った。
「飲んでみたいです」
六樹は少しだけ考えた。
「機会があれば」
五樹は、また小さく笑った。
問題が起きたのは、食事が進んだ頃だった。
二葉の相手候補の男性が、穏やかに言った。
「二葉さんのような方が家にいてくださると、森口家の皆さんも安心でしょうね」
「ええ」
二葉は静かに答える。
「ただ、結婚となると、やはり相手の家を支えることが中心になりますから。森口家での役目は、少しずつご兄弟にお任せしていく形になるのでしょうか」
五樹の箸が止まった。
三樹が顔を上げた。
四葉の視線が、料理から相手の男へ移った。
六樹が目を細めた。
一樹は、相手の言葉を頭の中で素早く分解した。
悪意はない。
だが、浅い。
森口家というものを、何も分かっていない。
二葉は湯呑みを置いた。
音はほとんどしなかった。
「お任せする、ですか」
声は柔らかい。
だが、一樹は背筋に嫌なものを感じた。
総大将が、顔を出しかけている。
「はい。もちろん、森口家のお役目が大切なのは存じています。ただ、女性は嫁いだ先で——」
「女性は」
二葉が微笑んだ。
「嫁いだ先で、何をするべきだと?」
部屋の温度が、一段下がった気がした。
五樹が笑顔を消した。
三樹が椀を置いた。
四葉は無言で二葉を見た。
六樹は短く言った。
「言葉を選んだ方がいい」
相手の男性は、ようやく空気の変化に気づいた。
「いえ、そういう意味ではなく」
「では、どういう意味ですか」
二葉は穏やかに尋ねる。
穏やかなのに、逃げ道がない。
一樹は内心で頭を抱えた。
出た。
ばあちゃんに似た方の二葉だ。
「二葉」
一樹が呼ぶ。
二葉は一樹を見た。
「なに?」
「少し待て」
「待ってるよ」
待っていない。
五樹が小さく笑った。
「二葉、俺が言う?」
「言わなくていい」
「じゃあ俺、黙ってるね」
黙る気配がない。
三樹が相手の男性を見て言った。
「二葉を家の中だけに置いとくのは無理だぞ」
「三樹」
一樹が低く言う。
「いや、だって無理だろ」
「今、そういう話じゃない」
「そういう話だろ」
三樹は真っ直ぐだった。
「二葉は、外にも出る。前にも出る。止めても出る。そういうやつだ」
二葉が少しだけ眉を動かした。
「三樹、それ褒めてる?」
「褒めてる」
「そう」
五樹が続けようとする。
「あと二葉を分かってない人に——」
「五樹」
一樹が止める。
「俺、まだ何も言ってない」
「言う顔だった」
六樹が短く言う。
「言葉にする前に止めた方がいい」
五樹は肩をすくめた。
「はいはい」
四葉が、静かに相手方の席を見渡した。
「この場、もう静かには終わらない」
相手方の空気は、完全に固まっていた。
一樹は、心の中で深く息を吐いた。
始まる前から嫌な予感はしていた。
だが、ここまで早いとは思わなかった。
そこで、二葉が静かに頭を下げた。
「失礼しました。少し、言葉に引っかかっただけです」
相手の男性は慌てて言った。
「こちらこそ、配慮が足りませんでした」
一樹はすかさず入る。
「森口家は少し特殊な家ですので、一般的な家の役割と重ねると、誤解が出やすいのだと思います」
完璧な回収。
外向きの顔。
柔らかい言葉。
その横で二葉が、低く呟いた。
「一般的でも、今の言い方はどうかと思うけど」
一樹は聞こえないふりをした。
五樹が笑った。
六樹が言った。
「聞こえている」
「六樹」
「事実」
一樹は、今日何度目か分からないため息を飲み込んだ。
終盤になる頃には、お見合いの場は完全に森口家のペースになっていた。
三樹は料理人に出汁の話を聞き始め、ついでに「揚げ物はないのか」と尋ねて二葉に止められた。
四葉は相手の一人に、銀魂の将軍回と江戸幕府の権力構造について説明していた。
六樹は、相手の紅茶好きの女性に茶葉の保存方法を簡潔に教えていた。
五樹は自分の相手と会話しながらも、二葉の周囲を常に見ていた。
二葉は一度総大将の顔を見せた後、再び静かに戻っていた。
ただし、相手方はもう誰も二葉を「家の内側の人」とは扱わなかった。
一樹は、全員の会話の流れを拾い、失礼にならないように整え、三樹の発言を回収し、五樹の刺を丸め、四葉の話を切り上げ、六樹の沈黙を補足し、二葉の微笑みを警戒し続けた。
会が終わる頃、一樹は心から緑茶と漬物が恋しくなっていた。
玄関先で、相手方の父親が言った。
「本日は、大変……賑やかで」
言葉を探している。
一樹は微笑んだ。
「失礼がありましたら申し訳ありません」
「いえ。皆様、とても個性的でいらっしゃる」
五樹が小さく言った。
「便利な言葉だね」
六樹が返す。
「否定はされていない」
四葉は、相手方の表情を見たまま、淡々と言った。
「肯定とも限らない」
三樹が言った。
「料理うまかったな」
二葉がすかさず言う。
「三樹、そこじゃない」
一樹は深く頭を下げた。
「本日はありがとうございました」
どうにか終わった。
少なくとも、表面上は。
帰りの車内。
運転席の一樹は、無言だった。
助手席には二葉。
後部座席には三樹、四葉、五樹、六樹が並んでいる。
しばらく誰も話さなかった。
四葉は、料亭を出て車に乗り込んでから、ようやく鞄からみどり豆を取り出した。
ぽり、と小さな音がする。
「我慢してたんだ」
五樹が言う。
「料亭で出すものじゃない」
「そこは分かってるんだ」
「失礼」
そのやり取りで、車内の空気が少しだけ緩んだ。
最初に口を開いたのは三樹だった。
「で、今日の見合い、どうだったんだ?」
五樹が笑った。
「三樹、料理以外の記憶ある?」
「ある。二葉の相手、なんか浅かった」
二葉が少し驚いたように振り返る。
三樹は窓の外を見たまま言った。
「悪いやつじゃなさそうだけど、二葉のこと見てなかった。役割しか見てねぇ感じ」
車内が少し静かになる。
六樹が短く言った。
「同意」
四葉も頷く。
「二葉本人じゃなくて、“役目”見てた」
五樹が、いつもの軽さを少しだけ落とした声で言った。
「だから俺、最初から引っかかってたんだよね」
二葉は何も言わなかった。
一樹が前を見たまま言った。
「二葉」
「なに?」
「腹を括るのが早すぎる」
二葉は少し笑った。
「今日は括ってないよ」
「括りかけてた」
六樹が言う。
「ほぼ括ってた」
三樹が言う。
「俺は好きだけどな。二葉がああなるの」
五樹が即座に言った。
「俺は寿命縮むからやめてほしい」
四葉がみどり豆を噛んだ。
「二葉、総大将出てた」
二葉は困ったように笑う。
「そんなに?」
全員が黙った。
二葉は前を向いた。
「……そんなにか」
一樹はようやく、少しだけ笑った。
「まあ、相手方には伝わっただろう」
「何が」
「森口家の二葉は、家の中に収まる人間ではないってことが」
五樹が笑った。
「それ、最初から俺が言ったのに」
「お前が言うと角が立つ」
「兄貴が言っても立ってたよ」
「俺は丸めた」
六樹が短く言う。
「丸めきれてない」
四葉が続ける。
「でも、回収はした」
三樹が頷く。
「一樹、今日はよく回収したな」
一樹はハンドルを握ったまま言った。
「お前たちが散らかしたんだよ」
車内に、少し笑いが起きた。
二葉も笑った。
五樹がそれを見て、ほっとした顔をする。
六樹は何も言わず、スマホに何かを記録していた。
四葉が覗き込む。
「何書いてるの」
「今日の反省点」
五樹が笑う。
「六樹、見合いログ取ってんの?」
「必要」
三樹が身を乗り出した。
「料理の評価も入れとけよ」
「入れない」
「なんで」
「目的が違う」
一樹がぼそっと言った。
「次があるなら、俺は一人で行く」
五樹が即答した。
「二葉が行くなら俺も行く」
四葉が言う。
「二葉が行くなら、私も行く」
六樹が短く続ける。
「監視が必要」
三樹が言った。
「飯が出るなら行く」
二葉がため息をつく。
「もうお見合いじゃないじゃん」
一樹は空を見上げるように、少しだけ目を細めた。
「……俺、次期神主じゃなくて、回収係じゃないか?」
車内の誰も否定しなかった。
その沈黙が、何よりの答えだった。
一樹は深く息を吐いた。
二葉が、流れる雲を目で追いながら呟く。
「私って、家の役割として見られてるのかなぁ……」
車内が少し静かになる。
四葉が、ぽり、とみどり豆を噛んだ。
「たまたま、そういう人だっただけ」
六樹が短く言う。
「外は外。家は家。二葉は二葉」
五樹が、窓の外を見たまま笑った。
「そのままが一番」
「帰ったら、緑茶と漬物だな」
三樹がすかさず言った。
「俺、腹減った」
五樹が笑う。
「三樹、さっき食べてたよね?」
「見合いは腹にたまらん」
四葉がぽり、とみどり豆を噛んだ。
「精神的消費」
六樹が言った。
「三樹の場合、常時消費」
二葉が笑って、窓の外を見た。
夕方の空が、淡く傾いている。
お見合いは、静かに終わらなかった。
けれど、森口家らしくは終わった。
それだけは、たぶん間違いなかった。




