第一話「ご指名入りました」
森口家の六つ子は、ちょっと変わっている。
——神様に、呼ばれる。
全員、社会人だ。
長男の一樹は、神社の跡取り。
長女の二葉は、巫女。
次男の三樹は、個人探偵。
次女の四葉は、研究員。
三男の五樹と末っ子の六樹は、二人でITコンサル会社をやっている。
ここまでは、まあ普通。
——問題は、そのあとだ。
全員、“呼ばれる”。
理由は単純。
神様の後始末係だから。
午後四時を少し過ぎた滝坂は、まだ明るい。
それなのに、森口神社の境内だけは、夕暮れより先に沈んでいた。
境内は、静まり返っていた。
風がない。
音もない。
ただ、空気だけが重い。
拝殿の横。
御神木が立っている。
その枝に、小さな鈴が結ばれていた。
古い。
風が吹いても、鳴らない鈴。
そのはずなのに——
ちりん。
一度。
二葉が顔を上げる。
ちりん。
二度目。
一樹が、スマホを取り出す。
そして——
ちりん。
三度目。
「三度鳴った」
——全員呼び出しの合図だ。
一樹は迷わず発信した。
「——森口探偵事務所」
小さなプレートが、ドアの横に掛かっている。
自分でつけたやつだ。
三樹はそれを横目に、スマホを耳に当てた。
「はい、森口です」
午後の空気は、少しだけ湿っている。
遠くで車の音が流れていく。
『あの……人を探してほしくて』
少し震えた声。
「いいですよ。詳細、聞かせてください」
いつもの調子で、ペンを取る。
名前。
年齢。
特徴。
淡々と書きながら——
途中で、手が止まった。
「……最後に見た場所、どこです?」
『えっと……龍地の、滝坂のあたりで——』
ぴたり、と。
空気が、止まる。
「……滝坂?」
『はい。あの、神社がある——』
それで、十分だった。
三樹は、それ以上聞かなかった。
「分かりました。こっちで当たります」
通話を切る。
しばらく、何も言わない。
遠くで、また車の音。
「……来たか」
小さく呟く。
依頼は“人探し”。
でも、これは違う。
——“あっちの案件”だ。
その瞬間。
スマホが震えた。
画面を見る。
表示は——
「一樹」
「はいはい」
苦笑して、出る。
「兄貴」
『三樹』
短い声。
一切の無駄がない。
『帰ってこい』
『もう来てる』
それだけ。
でも、十分だった。
「だと思った」
三樹は立ち上がる。
「今から行く」
通話を切る。
鍵を掴む。
そのまま、走り出す。
——“ご指名”だ。
同じ頃。
研究所。
「……あれ」
四葉が、モニターを見つめていた。
モニターに、水流のグラフが並んでいる。
数値が、わずかにズレていた。
止まっているわけじゃない。
でも——
「これ、止まってるんじゃない」
小さく呟く。
「——詰まってる」
その瞬間。
スマホが震えた。
画面。
「一樹」
少しだけ、考える。
——すぐに立ち上がる。
「ごめん、ちょっと外出るね」
誰にともなく言って、白衣を脱ぐ。
理由は説明しない。
できないから。
オフィス。
モニターには、コードが流れたままになっている。
「五樹、この資料——」
「あとで」
即答。
横を見る。
「六樹」
「うん」
すでに立ち上がっている。
「来た?」
「来た」
二人同時に言う。
一拍。
「帰るか」
「帰ろう」
それだけ。
一樹は、拝殿の前に立っている。
動かない。
待っている。
「……早いね」
二葉が、隣に立つ。
「来てるよ」
視線は、拝殿。
そのとき。
——ちりん。
さっきとは違う音が、拝殿の中から鳴った。
誰も触れていないのに。
「今回、早いね」
「関係ない」
一樹は短く言う。
そのとき。
足音。
砂利を踏む音が、連続する。
「悪い、先来た」
三樹。
「ギリセーフ?」
五樹。
「全員揃ったね」
四葉。
「……これ、前と同じだ」
六樹。
一瞬、空気が張る。
六人、揃う。
その瞬間——
空気が、重く沈む。
一樹が前に出る。
「行くぞ」
短く言う。
「ご指名だ」
拝殿の扉が、ゆっくりと開く。
中は暗い。
——違う。
暗いんじゃない。
奥がない。
空間が削れている。
二葉が、ふっと息を吐く。
袖を整える。
「じゃあ——」
少しだけ、笑って。
「後始末、始めよっか」
——終わってないやつ、だよね。




