第十四話「六つ子のタコパ」
深緑のラングラーは、山道を下りきったあと、なぜかスーパーの駐車場に入った。
助手席の二葉が、少しだけ眉を寄せる。
「五樹」
「はい」
「家、こっちじゃないよね」
「うん」
「なんでスーパー?」
五樹は、いつもの軽い笑顔でハンドルを切った。
「二葉、今日ちゃんと食べてないでしょ」
「食べた」
「朝のおにぎりと、途中の飲み物だけ」
「十分じゃない?」
「不十分」
二葉はため息をついた。
「五樹、お腹空いただけでしょ」
「それもある」
「正直」
「あと、帰ったら絶対みんな待ってる」
「……それはそう」
「で、三樹が『腹減った』って言う」
「言うね」
「一樹がため息つく」
「つくね」
「六樹は豆と菊の確認をしながら紅茶を淹れる」
「たぶん」
「四葉はみどり豆食べながら、今日の黒い糸の話を始める」
「ありえる」
「だから、食材買って帰ろう」
二葉は、数秒黙った。
「確かに、買っていた方がいいかも」
「今日、何食べたい?」
スーパーの入口で、五樹が言った。
二葉は買い物かごを取ろうとして、先に五樹がカートを引き出すのを見た。
「それ、私が押すつもりだったんだけど」
「俺が押す」
「なんで」
「二葉が商品見るでしょ」
「見るけど」
「じゃあ、俺が押す」
あまりに自然に言われて、二葉は少しだけ目を細めた。
「……まあ、いいけど」
五樹は笑った。
「で、今日何食べたい?」
「それ、私が聞く側じゃない?」
「二葉のご飯食べたい側だから、俺が希望を出す」
「言い方」
二葉は野菜売り場の方へ歩き出す。
五樹はその半歩後ろでカートを押した。近すぎず、離れすぎず。二葉が足を止めれば止まり、横にずれれば自然に通路を空ける。
本人たちにとっては、いつもの距離だった。
「で?」
二葉が言う。
「何食べたいの」
「タコス」
「タコス?」
「うん」
二葉は足を止めた。
トマトの前だった。
「トルティーヤから作らないとならないんだけど」
「俺、手伝うから。ね」
五樹は、そう言って少しだけ顔を傾けた。
軽い。
いつもの軽さ。
けれど、二葉は知っている。
この男は、こういう時だけは本当に手伝う。
荷物も持つ。野菜も洗う。玉ねぎも切る。肉も炒める。片付けもする。邪魔そうに見えて、必要なところには必ず手が伸びる。
二葉は小さく息を吐いた。
「しょうがないなぁ」
「やった」
「その代わり、ちゃんと手伝ってよ」
「もちろん」
「玉ねぎで泣いても知らないから」
「二葉が慰めてくれるなら泣く」
「泣くな」
五樹は笑いながら、トマトを手に取った。
「これ?」
「違う。こっち。皮が張ってるやつ」
「はいはい」
「アボカドもいる」
「熟れてるやつ?」
「今日使うからね」
五樹はアボカドを手に取り、軽く感触を確かめた。
「これは?」
「いい」
「こっちは?」
「ちょっと硬い」
「じゃあ、こっち」
二葉が言う前に、五樹は選んだものをカートに入れる。
二葉は何も言わなかった。
それが普通だった。
「肉は?」
「ステーキ肉、鶏むね肉も」
「三樹がいるから?」
「いるから」
「三樹、タコスって言ったら肉だけ詰めそう」
「やるね」
「やるよね」
二人は同時にため息をついた。
通路の向こうで、小さな子ども連れの女性がこちらを見ていた。二葉と五樹を見て、少し目を丸くしている。
五樹は気づいているのかいないのか、カートを押したまま二葉の横に並んだ。
「二葉、チーズいる?」
「いる。あとレタス、パクチー、サワークリーム」
「辛いソースは?」
「一樹と三樹用。六樹は分類し始めるから、辛さ違いで何種類か買っとく」
「六樹、絶対レベル分けする」
「するね」
「四葉は?」
「食べやすければ食べる。こぼしたら怒る」
「怒るんだ」
「自分に」
「四葉らしい」
会計が終わると、五樹は袋を二つとも持った。
二葉が手を伸ばす。
「一つ持つ」
「いい」
「重いでしょ」
「二葉はトルティーヤの配合考えてて」
「もう考えてる」
「じゃあ、帰ったらすぐ作れる」
二葉は五樹を見た。
五樹は、何も特別なことをしている顔をしていなかった。
本当に、ただの買い物帰り。
それが少しおかしくて、二葉は小さく笑った。
「何」
「別に」
「二葉、今笑った」
「笑ってない」
「笑った」
「しつこい」
五樹は楽しそうに笑った。
「はいはい」
森口家に戻ると、三樹が玄関まで来ていた。
「肉の匂いがする」
「まだ袋の中なんだけど」
二葉が言う。
三樹は真剣な顔で、五樹の持つ袋を見た。
「肉は分かる」
「犬か」
五樹が言う。
「犬じゃねえ」
「豆と菊に謝って」
「なんでだよ」
奥から六樹の声がした。
「豆と菊の嗅覚と三樹を同列にしないで」
「六樹、お前どっちの味方だ」
「豆と菊」
「即答すんな」
二葉は靴を脱ぎながら言った。
「三樹、まだ食べられないからね」
「味見」
「まだ」
「肉だろ」
「肉だけど、まだ」
「焼けば食える」
「タコスにするの」
三樹は少し考えた。
「じゃあ、肉多めで」
「最初からそのつもり」
「さすが二葉」
「褒めても味見はまだ」
三樹は分かりやすく肩を落とした。
台所に立つと、五樹は何も言われる前に手を洗い、買ってきたものを出し始めた。
二葉はボウルを取り出す。
「五樹」
「はい」
五樹が棚から小麦粉を取って渡す。
二葉は受け取りながら、目だけで五樹を見た。
「まだ言ってない」
「顔に書いてあった」
「書いてない」
「二葉は、今、小麦粉って顔してた」
「どんな顔」
「トルティーヤ作る顔」
「意味分かんない」
それでも、二葉は小麦粉を量り始める。
五樹は横でまな板を出し、野菜を洗う。
レタス。トマト。玉ねぎ。アボカド。
二葉が生地をまとめる横で、五樹は包丁を握った。
「玉ねぎ、細かめ?」
「細かめ」
「トマトは?」
「水気出すぎないように」
「了解」
会話は短い。
けれど、滞らない。
二葉が手を伸ばす前に、五樹が布巾を置く。
五樹がフライパンを出す前に、二葉がコンロを空ける。
二葉がボウルを横にずらすと、五樹がそこに皿を置く。
「お前ら、距離感おかしくね?」
三樹が台所の入口で言った。
二葉と五樹は同時に振り返った。
「何が?」
「何が?」
声が重なった。
三樹は顔をしかめた。
「それだよ」
「どれ」
二葉が首を傾げる。
五樹は玉ねぎを切りながら言った。
「三樹、邪魔するなら肉減らすよ」
「それは困る」
「じゃあ黙って座ってて」
「俺、手伝う」
「つまみ食いするからだめ」
「信用がない」
「実績がある」
三樹は何も言えなくなった。
そこへ四葉が入ってきた。
片手に、みどり豆。
「タコス?」
「うん」
二葉が答える。
「片手で食べられる。合理的」
「こぼすでしょ」
「こぼさない技術が必要」
「食事に技術求めないで」
四葉はぽり、とみどり豆を噛もうとして、二葉に見られた。
「四葉」
「今は台所」
「そう」
四葉は静かに袋を閉じた。
「あとで食べる」
「偉い」
「私、二葉好き」
「はいはい」
五樹が横から言った。
「四葉、二葉への好きアピールは料理終わってからで」
「五樹に言われたくない」
「俺はアピールじゃなくて通常運転」
「それが問題」
「何が?」
「自覚なし」
五樹は笑った。
「自覚って何の?」
四葉は二葉を見た。
二葉も不思議そうな顔をしている。
四葉は少しだけ目を細めた。
「……この二人、だめだ」
「四葉?」
「何でもない」
六樹が台所に入ってきたのは、肉を炒め始めた頃だった。
「辛味は?」
「買ってある」
二葉が言う。
「種類は?」
「三種類」
「足りない」
「タコスで何段階作る気?」
六樹はソースの瓶を見た。
「辛くない、少し辛い、辛い。三段階だと、三樹が辛いを雑に使う」
「俺、辛いのいける」
三樹が言う。
六樹は振り向かない。
「信頼性が低い」
「なんでだよ」
「前に辛いと言いながら水を一リットル飲んだ」
「あれは辛かった」
「だから信頼性が低い」
一樹が遅れて顔を出した。
「何してる」
「タコパ」
五樹が言う。
「タコパ?」
「タコスパーティー」
「たこ焼きじゃなくて?」
「タコス」
一樹は台所を見回した。
二葉が生地を分け、五樹が具材を整え、三樹が肉を狙い、四葉がみどり豆を我慢し、六樹がソースを分類している。
一樹は少し黙った。
「俺、何すればいい?」
二葉は即答した。
「皿出して」
「俺、皿係?」
「大事」
「雑に重要扱いするな」
五樹が笑う。
「一樹、森口家公式お父さんなんだから、皿くらい出してよ」
「公式お父さんって何だ」
「自称?」
「自称してない」
「じゃあ、非公式?」
「もっと嫌だ」
二葉は生地を伸ばしながら言った。
「一樹、そんなこと気にしてたの?」
「そんなことって言うな」
「必要な人が必要なことすればいいじゃん」
「それはそうだけどな」
「じゃあ、皿」
「……分かったよ」
一樹は棚から皿を出した。
三樹がぼそっと言う。
「一樹、皿似合うな」
「どういう意味だ」
「安定感」
「皿で安定感出したくない」
四葉がうなずいた。
「でも一樹が皿を出すと、ちゃんと始まる感じがする」
一樹は少しだけ止まった。
「……それは褒めてるのか?」
「褒めてる」
二葉が言った。
「一樹がいないと、こういうの始まらないし」
一樹は二葉を見た。
二葉は、特に何でもないように生地を焼いている。
五樹が横で、焼けたトルティーヤを皿に重ねていく。
「ほら、一樹。よかったじゃん」
「お前に言われると腹立つ」
「なんで」
「なんとなく」
「理不尽」
「お前が言うな」
トルティーヤが焼ける匂いがした。
肉の香ばしい匂い。
刻んだトマトの水気。
アボカドの柔らかい緑。
レタスの音。
六樹は小皿にソースを分け、付箋まで貼り始めた。
「辛味レベル一、二、三」
「研究発表?」
五樹が言う。
「安全管理」
「タコスの?」
「三樹がいる」
「納得」
「納得すんな」
三樹は肉の皿を見つめたまま言った。
「もういい?」
「まだ」
二葉が言う。
「あと少し」
「あと少しが長い」
「三樹」
一樹の声が低くなる。
「待て」
「犬じゃねえ」
「豆と菊の方が待てる」
六樹が言う。
「それはちょっと傷つく」
「事実」
「六樹、今日厳しくね?」
「肉が絡む三樹には厳しくする」
「なんでだよ」
「必要だから」
五樹は笑いながら、二葉に焼けたトルティーヤを渡した。
「二葉、これいい感じ」
「うん。上手い」
「褒められた」
「トルティーヤがね」
「俺も含めて」
「はいはい」
そのやり取りを見て、一樹が少し眉を寄せる。
「やっぱりお前ら、距離感おかしいぞ」
二葉は顔を上げた。
「一樹まで何?」
「いや、今のはおかしいだろ」
「普通でしょ」
五樹も平然としている。
「普通だよね」
「普通」
二葉がうなずく。
一樹は額を押さえた。
「……俺の白髪、増える気がする」
「家系で禿げてないから大丈夫」
二葉が言う。
「白髪の話だ」
「染めれば?」
「そういうことじゃない」
四葉がぽつりと言った。
「一樹、威厳より髪を気にしてる」
「四葉」
「事実」
六樹が続ける。
「記録上、最近よく言ってる」
「記録するな」
ようやく食卓に皿が並んだ。
焼きたてのトルティーヤ。
炒めたステーキ肉、鶏むね肉。
千切りレタス。
ピコ・デ・ガヨ。
ワカモレ。
チーズ。
サワークリーム。
辛味レベル一から三。
六樹がさらに小さな紙に説明を書いている。
三樹はもう待てない顔をしていた。
「食っていい?」
二葉が座る。
「いいよ」
その一言で、三樹が肉を取った。
「三樹、入れすぎ」
二葉が言う。
「大丈夫」
「巻けないでしょ」
「押せばいける」
「いけない」
五樹が横からトルティーヤを一枚取った。
「三樹、それ破れる」
「破れない」
次の瞬間、破れた。
肉が皿に落ちる。
沈黙。
四葉が静かに言う。
「予測通り」
六樹もうなずく。
「構造的限界」
三樹は落ちた肉を見た。
「……皿の上だからセーフ」
「そういう問題じゃない」
一樹がため息をつく。
二葉は手を伸ばし、三樹の皿に新しいトルティーヤを置いた。
「肉、少し減らして。レタスを先に敷く」
「なんで」
「水分を受けるから」
「なるほど」
「分かった?」
「分かった」
一樹がすぐに言う。
「三樹の分かったは持続しないぞ」
「ひどい」
「事実」
六樹が言う。
「お前ら今日、事実で殴りすぎだろ」
五樹は二葉の分のタコスを作っていた。
辛くないソース。
レタス、ピコ・デ・ガヨ多め。
ワカモレ少し多め。
チーズは控えめ。
二葉がそれに気づく。
「五樹」
「ん?」
「自分の作りなよ」
「作ってる」
「それ、私のでしょ」
「うん」
「自分のは?」
「あと」
「先に食べればいいのに」
「二葉、今手が空いてないじゃん」
「空いてる」
「空いてない顔してる」
「また顔?」
「うん」
二葉は少しだけ呆れた顔をした。
でも、受け取った。
「ありがと」
「どういたしまして」
三樹がそれを見て言った。
「だから距離感」
五樹がにこっと笑う。
「三樹も作ってほしい?」
「いや、俺は自分でできる」
「破ったのに?」
「次はいける」
「じゃあ頑張って」
三樹は悔しそうに肉を減らした。
四葉は自分のタコスを慎重に作っている。
「こぼさない技術」
「まだ言ってる」
二葉が笑う。
「重要」
四葉は真剣だった。
六樹は辛味レベル二を少しだけ試し、無言で水を飲んだ。
五樹が見逃さない。
「六樹、辛かった?」
「確認」
「辛かったんだ」
「確認」
「はいはい」
一樹はレベル一を使っていた。
三樹がそれを見て言う。
「一樹、辛いのいかないのか」
「明日、じいちゃんと朝から用がある」
「関係ある?」
「腹を壊したくない」
「現実的」
「長男だからな」
五樹が小さく笑った。
「出た、長男」
「何だ」
「いや、皿係の長男」
「お前、あとで覚えてろ」
二葉はタコスを一口食べた。
少しだけ目を細める。
「うん。おいしい」
その一言で、五樹が分かりやすく嬉しそうな顔をした。
「でしょ」
「五樹、野菜の切り方よかった」
「褒められた」
「そこだけね」
「十分」
三樹が口いっぱいに頬張りながら言った。
「肉うまい」
「口の中に入れたまま喋らない」
二葉が即座に言う。
三樹は黙ってうなずいた。
一樹が苦笑する。
「二葉がいると、食卓が締まるな」
「締めてるつもりないけど」
「それが問題なんだよ」
「また立場?」
「いや、もういい」
五樹が横から言う。
「一樹、あきらめた?」
「あきらめたわけじゃない」
「じゃあ受け入れた?」
「それも違う」
四葉がタコスをこぼさず食べきり、静かに言った。
「森口家は、二葉が回して、五樹が補佐して、一樹が現実に戻す」
一樹は黙った。
二葉も少しだけ止まった。
五樹は笑っている。
六樹が淡々と補足した。
「三樹が本能で動いて、四葉が観察して、僕が記録する」
三樹がうなずく。
「俺、動く係」
「食べる係でもある」
二葉が言う。
「それも大事」
「大事か?」
「三樹が食べてると、家って感じする」
三樹は一瞬、きょとんとした。
それから笑った。
「じゃあ、もっと食う」
「ほどほどに」
「そこは止めるのかよ」
一樹は食卓を見回した。
二葉がいて、五樹がその横にいる。
三樹が肉を足し、四葉がこぼさない角度を研究し、六樹が辛味レベルの記録を直している。
騒がしい。
まとまっているとは言いにくい。
けれど、不思議と回っている。
一樹は、小さく息を吐いた。
「……まあ、いいか」
五樹がすぐに拾う。
「一樹、悟った?」
「うるさい」
「悟りの皿係」
「その呼び方やめろ」
二葉が笑った。
その笑いにつられて、食卓の空気が少し緩む。
こういう時間は、長くは続かない。
森口家にとって、何も起きない夜は貴重だった。
だからこそ、誰も急がなかった。
食べて、笑って、突っ込んで、また食べる。
それだけの時間。
けれど、その途中で、六樹がふと箸を置いた。
六樹は、具材が落ちないように箸で中身の位置を微調整していた。
タコスなのに箸を使っていることには、誰も突っ込まなかった。
六樹はスマホの画面を見ていた。
表情が、少しだけ変わっている。
一樹が先に気づいた。
「六樹?」
六樹は画面から目を離さない。
「身曾岐神社について、公開資料を見てた」
食卓の音が、少しだけ止まった。
三樹だけが肉を追加しようとして、二葉に手首を押さえられる。
「今は待って」
「……はい」
六樹は続けた。
「能舞台に関する記述の中に、気になるものがある」
四葉の目が動く。
「古い?」
「古い」
一樹の顔が、外向きのものに変わっていく。
次期神主の顔。
けれど二葉は、その前に六樹を見た。
「今、話す?」
六樹は一度だけ瞬きをした。
それから、食卓を見た。
タコス。
皿。
辛味レベルの小皿。
三樹の破れたトルティーヤ。
四葉のきれいに畳まれた包み。
五樹が二葉の横に置いた、水の入ったグラス。
六樹は少しだけ息を吐いた。
「食べてからでいい」
三樹がぱっと顔を上げた。
「いいのか?」
「三樹は、あと一個だけ」
「なんで俺だけ制限」
「肉の残量」
「現実的すぎる」
五樹が笑った。
「じゃあ、食べようよ。話はそのあと」
二葉もうなずく。
「そうだね」
一樹は六樹を見た。
「大丈夫か」
六樹は短く答える。
「大丈夫」
二葉は、その言い方を聞いて、少しだけ目を細めた。
でも、今は何も言わない。
代わりに、六樹の皿に辛くないソースのタコスを一つ置いた。
「これ、六樹用」
六樹は一瞬だけ止まった。
「……ありがとう」
「うん」
五樹が横でにやっと笑う。
「二葉、六樹にも甘い」
「五樹、うるさい」
「はいはい」
食卓に、また音が戻る。
笑い声。
皿の音。
三樹の「肉もう少し」。
一樹のため息。
四葉の「こぼさない技術、向上した」。
六樹の静かな記録。
そして、二葉の横には、当たり前のように五樹がいた。
誰かが見れば、距離が近いと言ったかもしれない。
けれど、二人にとっては違う。
近いのではない。
そこが、いつもの位置だった。




