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8章 うれしはずかし初デート

 その3日後、その日は早番だったので午後7時に勤務を終え、急いで着替えて、控室を通る時にセーラー服のラブさんに声を掛けられた。

「彼氏できた?」とするどい質問が飛ぶ。

「違いますよ。短大の友達と新年会です。」と言って逃げた。

 確かに通勤するだけなら、ぼさぼさ頭で、ズボンにジャンパーを着るか、中綿入りのジャージで出勤して、帰りも同じ服で帰る。ただ化粧はばっちり決まっている。夜の蝶である。

 時間があれば店用の化粧を落として、普段着の化粧にやり直すが、そんなめんどくさいことはしない。仕事が終わればすぐにでも帰りたい。だから化粧は店では落とさない。これの方が帰り道に買い物もできるし、友達とも会える。便利である。ただ、100点の店用の化粧に中綿入りのジャージは浮く。化粧に合わせてのTPOが大切である。

 さゆりは黒の長袖のスフレヤーンワンピースを着て、その上にグレーのダウンコートを着ていた。外から見ると薄着に見えるがインナーは極暖であった。まだまだ春は遠い。

 さゆりはこのデートが決まった次の日は遅番の6時入りだったので、タンスの中を探しでも、死んだ旦那とデートした頃のワンピースしかなかった。体系が変わっていなかったのでまた、着えるときが来るかもしれないと思っていた。

 そもそも新しいよそ行きの服を買った記憶もなかった。買ったのは入院用のパジャマと下着であった。

 そんな理由で木曜日の朝10時に梅田のユニクロに走った。60代の女性がどんな服を着ればいいかわからなかった。普段は家にいる服である。家にいる服であれば、ジーパンの膝小僧に穴が開いてようが、ストッキングの指先から小指が出ていても気にならない。

 買い物に行くときは、お出かけ用の穴の開いてないジーパンを履き、指先の穴の開いてないストッキングを上から履く。ごく普通のことである。

 さゆりが探している服は自然な服である。流行の服でもセンスのある服でもない。違和感のない服である。60代のおばちゃんが着て、すれ違う人が二度見するような服は着たくない。人ごみの中でなじんでいる服を探している。ナチュラルウエアである。

 ぜいたく言えば、そのなかでも少しの上品さが見えれば最高にうれしかった。

 それが何か解らなかったので入口の広告のモデルの商品を見た。

 ワンピース、スカート、カーディガン、セーター、ヒートテック、見ているだけで時間が過ぎた。自分の中で「これだ!」と言うものが見つからない。

 下を見て広告ばかり気にして、商品を見比べている、目の前に黒のワンピースにグレーのダウンコートを着ているマネキンをあった。

「あ、これや!」と思った。

 近くにいるスタッフを呼んで、

「このマネキンの着ている服装を60代の私が着てもおかしくないですか?」とさゆりは二十歳すぎの若いスタッフ聞くと、

「大丈夫です。」と言われた。

 安心したさゆりはスタッフに、

「Ⅿのサイズでマネキンと同じ商品をください。」と言った。

 あとワンピースは寒いかもしれないので、ヒートテックの極暖のインナーを買った。

 帰路に付いたさゆりは久しぶりに買い物をした。大満足な買い物だった。年が明ければ、冬物が割引商品になっていた。

 女の人が男の人とデートをするということはいくつになっても、目に見えない苦労があるということを男の人は解ってほしい。

 ガストに行くと健太郎が待っていた。

「遅くなってすいません。」とさゆりが言うと、

「待ってませんよ。」と健太郎が言った時、時計は7時25分であった。

「どうしますか?食事はここでいいですか?それとも別の店に行きますか?」と聞かれた。

 さくらは男性とふたりきりで食事をするのは苦手だった。緊張する。気心が知れていれば、口を開けて食べれるが、口を閉じて上品にたべなくてはいけない。それよりも食べているところをみられるのが嫌だった。食べるところを見られるのは恥ずかしいし、貧乏人の子どもだったので、育ちの悪さがばれるのがいやだった。

 さゆりはガストで食べることを伝えた。

 理由は他の店に行けば、もっと敷居が高くなるからであった。

 高級店に行けばナイフやホークのマナーは解らないし、静かに食べ中ればいけない。男の人とふたりで食事をするだけでも緊張するのに、それにナイフとホークのマナーとか言われると帰りたくなる。

 それだったらいつでも箸で食べることが出来るガストの方が嬉しかった。

 健太郎はウエイトレスにとんかつ定食を頼み、さゆりはミートスパゲティーを頼んだ。

 ふたりは食事をしながら高校時代に流行った、歌謡曲について話した。健太郎は山口百恵のファンだった。赤いシリーズで大好きで、特に赤い疑惑は視聴率30パーセントを超え、見ていかないと次の日の話題には入れなかった。白血病の百恵ちゃんがかわいそうでと健太郎が言っていた。

 その時代の甲斐バンド、チューリップ、さだまさし、ピンクレディーなどなど懐かしい話で、楽しい食事の時間を過ごした。

 さゆりは食事の時間の間をどのように持たせがいいのか?心配していたが、楽しい会話をすることが出来た。健太郎と食事をして、普通に会話しながら、楽しめたことが自分自身驚いていた。

 健太郎はさゆりが食べると「出ようと。」と言った。

 健太郎は会計を済ますと、出口の外にある自動販売機で、暖かいブラックコーヒーを

 2本買って車に乗った。さゆりも後部打席にダウンコート置いて、缶コーヒーを両手で持って、助手席に座った。

 さゆりは感激していた。

「いつかはクラウンだ!」と言った。

「どうかしましたか?」と健太郎が不思議がった。

「いえ。昔なくなった主人と、がんばっていつかはクラウンに乗りたいね。」と言っていた。成功者の証と思っていた。

 助手席のクッションが良く、革張りの応接室の椅子であった。スペースも広く、足を延ばしても前に届かなかった。高速を100キロで走っていたが、フロントガラスが大きく、広がる世界はゆっくり過ぎて言った。さゆりにとってのクラウンはあこがれの世界であった。

「私の主人の仕事は豆腐屋だったの。毎日、毎日、豆腐を作っては箱バンで配達していた。箱バンの助手席はL型なの。クッションも布切れなの。段差のあるところを走ればお尻が浮くよ。痛いよ。車はその一台。乗用車なんて買う余裕ないもん。里帰りもパンダも、狭い、あげのにおいがする、クーラーの効かない箱バンで行ったわよ。少し儲けたかなと思うと、豆腐の機械が故障するし、大豆の値が高くなる。そのたびに値上げできればいいけけれど、10円値上げすれば売れなくなるし、大手の安い豆腐が入ってくるから、うちみたいな小さくてハンドメイドの店はよほどの高値の豆腐屋でないと商売は出来ない。だから健太郎さんの助手席に座る人は幸せだね。」とさゆりが言った。

 健太郎は笑っていた。

「パンダ、俺も子供連れて見に行ったよ。」健太郎が言うと、

「むかしは白浜のパンダを見るのに混んでなかったよ。パンダの前で立ち止まってみていたもん。」とさゆりが言った。

「上野のパンダは見るのに立ち止まったらあかんとかテレビで言っていたけど、東京の子どもは1分ほど見てハイ終わりは殺生やでな。」

「白浜のパンダ泥だらで汚かったけど、それも愛嬌や。」とさゆりは笑いながら言った。

 和歌山人のパンダ愛は熱いものがある。

 帰省のたびに仕事仲間にパンダせんべをを配るが、関東の人間には、「どうして和歌山がパンダなのか問われる。」いつも聞かれるとさゆりが言った。

 だから日本にいちばんパンダが住んでいるのは「和歌山県」だというと「へぇー。」となる。

 今となっては過去の話しであるが、パンダの家と何匹も繁殖させたスタッフがもったいない。

「白浜のパンダ、中国に帰って幸せなんかな?」と健太郎が言った。

「なんで?」とさゆりは健太郎の顔を見ると、

「日本生まれのパンダやで!日本語しか解れへんで!」

「日本では1匹のパンダにチームを組んでパンダを育てる。そのパンダの好きな食べ物を日本中から集める。蝶よ、花よと大事に、大事に育てる。パンダ自身もそれが当たり前に思っている。ええとこの子がいきなり見知らぬ国へ行って、見知らぬ人に、見知らぬ言葉で飼育される。パンダにすればカルチャーショックやで。そこにいじわるなパンダが居ればあとの人生真っ暗や。だから日本で生まれたパンダはふるさとは日本だから日本で暮らせるようにせなあかん。そこに親、兄弟もおるんやもん。わからんかな?パンダの気持ち。」と笑いながら言った。

「健太郎さん、楽しそうですね。」さゆりが言うと、

「さゆりさんが横に座っているから。」と笑いながら言った。

 さゆり取ってその言葉の真意は嘘かホントかわからなかった。

 健太郎が、

「今の時代は助手席に座らないよ。」と言った。

「どうして?」とさゆりが首をかしげて健太郎を見た。

「シートベルトをするのがめんどくさいから後部座席に座る。以前は運転席と助手席に人が乗って出かけた。でも今は運転席と後部座席で別れる。助手席の手の届くところに乗っているからこそドライブやのに、運転席と後部打席はタクシーと一緒やで。単なる運転手やと。運転している身にもなれ。」と健太郎が言った。

 さゆりがこんないい助手席に座らずに後部座席に座る女の気持ちが解らなかった。

 車は阪神高速の環状線を走っていた。100キロ超えずに第1走行車線を走っていればスピード違反で捕まらないと言っていた。健太郎は横にさゆりを乗せて、ビリージョエルを聞きながら夜のドライブを楽しんでいた。

 さゆりも健太郎との初めてのドライブで、「何を話そう。沈黙が怖い。間が持つのか?」心配ばかりであったが、クラウンの助手席で健太郎と自然に会話をしている自分が不思議だった。

 これも知らない男のちんちんを舐めることができるようになったからか?

 さゆりの不安は健太郎には当たらなかった。

 それから時間が合えばドライブを楽しむふたりだった。

 行先は道の駅で朝どれ野菜を買ったり、食べ歩きをしたり。無人販売の形の悪い100円の大根を見て、「私たちといっしょや。」と言ってさゆりが笑ったり、寺社・仏閣を参拝したりしていた。行先は特にこだわらず、ふたりの時間が取れればよかった。

 65才になっても、付き合いたての高校生と変わらなかった。さゆりはクラウンの助手席が好きだった。缶コーヒーを飲みながらフロントガラスから見える知らない町の景色はさゆりの至福の時であった。

 健太郎とさゆりのふたりの時間は人生に彩を与えた。65才の春だった。


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