9章 健太郎の経歴
さゆりが健太郎さんのことを教えてくださいと言った。
健太郎はぽつり、ぽつりとしゃべりだした。さゆりは黙って、健太郎の横顔を見ていた。
高校を卒業して、学校推薦で入社した会社は説明とは違い3カ月で辞めた。仕事を辞めて実家にも帰るのが嫌だったので、電信柱にアルバイト募集の張り紙を見つけて入ったのがここの建設会社だった。その当時はまだ小さい会社だったので従業員は社長を含めて3人だった。高卒での若者が就職するのも初めてであったので大切にしてくれた。健太郎も機械科卒業で手先が器用で、機械にも強かった。景気の波にも乗り、健太郎が入社してから会社が大きくなった。社長からは招き猫に思われていた。5年もたてば会社の大黒柱になっていた。
社長には娘が二人いた。それで長女と結婚して、婿養子に来てくれないかという話になり、親に相談すると「お前の好きなようにしろ。」と言われた。
健太郎の故郷は前は海、後ろが山であった。その間のわずかの平地に国道が走り、家が建って、国道と海の間に畑があった。昔は人もたくさんいたが、今は年寄りしかいない。
父親はビニールハウスでカスミソウを作っている。バブルの頃は景気が良くカスミソウが東京や大阪の飲み屋で持てはやされたが、今では後の祭りである。寒くなると、刺し網で伊勢エビ漁をする。特に正月前は相場が高くなるので網に絡まった触角を傷つけないように網をはさみで切りまた補修する。触角が折れたり、足がちぎれたりすると商品価値は半値になる。だから網に絡んだイセエビを大漁に網から外した時は父親も母親もご機嫌である。でも最近はイセエビが取れない。理由は解らないけど、温暖化の一言で片付けられる。そんな実家であったので親は健太郎の好きなようすればいいと言ってくれた。ただ年に1度でいいから食事がしたいと言った。親のささやかな願いである。
健太郎は社長の勧めで長女の正子と結婚した。社長は息子が出来たと喜んでくれた。社長からも、これからは「おやじ」と呼んで欲しいと言われた。
社長に夢は娘に婿養子を取って家を安泰にし、義息子に「おやじ」と呼ばれることであった。社長は初孫を見ると亡くなった。社長が変わって会社の業績が落ちたと言われたくなかった健太郎は働いた。夜も昼も働いた。働けば働くほど会社は儲けた。利益が残れば残るほど父が死に、母も死んだ後、嫁の正子は暴君になった。誰も怖くなかった。
始めは左手の薬指にだけつけていた指輪も、知らない間に中指に付け、人差し指に付け、小指にも付けていた。しかも両手に。どつかれたら痛い。昔、悪役レスラーが付けていた、メリケンサックだ。夕食も自分が友達と外食するときは作ってくれていたが、今では旦那よりも夜遊びが激しくなり、ウーバーイーツで頼んでと言われる。
あまりにも我慢が出来なくなって、健太郎が文句を言えば「ここは私の家よ。いつでも出て行ってと言われる。」正子の口座には一生暮らせるぐらいの金は入っている。
服も派手になり、服に大きなロゴが入っている赤のスーツや、青のスーツで提出書類を真っ赤なベンツに乗って役所へ持っていく。会社の中では社長より態度が大きくなり。身体も大きくなった。
健太郎は正子との夫婦生活が嫌になり、ひとり十三駅近くのマンションで住んでいる。一人息子の和也が独り立ちするまではと思っている。自宅は事務所の2階部分であるが、事務所に行っても、自宅には入らない。二人の間には大きな溝が出来ていた。
たたき上げの健太郎とお嬢の正子は難しい取り合わせであった。
ふたりは弁護士を立てて離婚協議中であった。妻の正子は始め難色を示したが、財産の7割を受け取ることで話が付き、離婚届に署名、捺印し、弁護士が持っていた。後は細かい財産分与の目録を作った書類を確認するだけであった。だから健太郎は、
「妻とは離婚している。」とさゆりに言った。




