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16章 函館の夜

 健太郎は梅田の雪辱戦を狙っていた。

 フェリーで行く小倉弾丸ツアーを計画して、スイートルームで濃厚な時間を過ごそうとしたが、静かな瀬戸内海でさゆりが船酔いしてしまい、健太郎は看病していた。

 南紀勝浦に温泉旅行に行ったが、長湯で健太郎が湯あたりしてしまい、さゆりが看病していた。

 次は「さくらを見に行こう。」と健太郎が言い出したが日程が合わなかった。

 3月は年度末で工事の工期が迫っていた。そんな時に社長が2日も、3日も「彼女とさくらを見に行くので休みます。」と社長が言えるはずがない。

 取り合えず、この工事が終わるまで桜を見るのは中止になる。

 4月の頭なら長野で、中なら弘前、末になると函館の五稜郭にさくら前線が北上していく。

 健太郎は北上する桜をさゆりに見せたかった。今年の年度末を終わりたかった。

 ゴールデンウィークに入るとホテルも予約しにくいが、ゴールデンウィーク前の平日ならはっきり日時が決まってからでも予約が出来る。さくら前線と相談しようと考えていた。

 3月末の土曜日の夕方、健太郎からラインが入っていた。

「明日は雨。仕事は休み。本町の問屋に礼服を買いに行くのでついて来て。」とラインが入っていた。さゆりは「はい。」と返信する。

 年度末で忙しく、日曜日も仕事の予定であったが、お天道様には勝てない。濡れて風邪でも引けば何をしてるか解らない。なるようにしかならない。

 日曜日の朝、近くの交差点の角まで健太郎は迎えに来てくれた。

 さゆりは黒の膝下のタイトスカートにベージュのニットのアンサンブルを着ていた。スーパーへ行くおばちゃんのかっこうではなく、女性の服装であった。

 健太郎の話によるとその問屋さんは今月末まで決算セールをやっていて、礼服が卸値の2割引だという。その他の商品も安いから見る価値がある。だから私を誘ったらしい。

 さゆりは健太郎に2万円の礼服と5万円の礼服違いを聞いた。

 答えは黒の色であった。高い礼服の黒色は綺麗であり、鮮やかであり、品がある。もちろんデザインもある。安物は黒色が悪いから安っぽいと言った。

 だから葬儀の時に安っぽく見られたくないから綺麗な黒色のシングルを買いに来たと言った。

 さゆりは思った。健太郎さんは黒の色で礼服を選ぶが、主婦は値段で礼服を買う。他人さんは誰もあなたの礼服など気にしないよ。早く帰ることしか、考えてないよ。

 駐車場につくと健太郎から入店カードを渡され、エレベーターに乗って、上から降りて来れば買いもがしやすいよと言って、別館に礼服を買いに行った。

 さゆりは言われた通り、入口で入店カードを通して、エレベーターで最上階の8階まで行った。それからエスカレーターで一つ降りたところが女性下着売場であった。

 さゆりはWのメーカー下着を手にしていた。6000円もするブラジャーなんて手が届かなかったが、今日は決算セールで半額の日である。手に持っている濃紺ブラとパンツのセットで3000円である。買いだ。もう一組、健太郎のために買いたかった。エンジで胸が盛れるブラジャーとパンツのセット3000円。初めて買うWのメーカーの大人買いであった。

 ちょうどそこへ健太郎がやって来て、

「買ったの?」

「これを買う。」と言って買物袋の中を広げて見せた。

「フーン」と言って不満そうであった。

「健太郎さんの好きな下着はどれと?」さゆりが聞くと、

 健太郎は近くにあった、白いレースのひもパンのセットを指さした。

「さゆりは却下。」と言って、レジの方へ歩こうとすると、

「これで。」と言って、ゴールドカードを渡された。

「わるいわよ。」とさゆりが言うと、

「誘ったの俺だから。」と健太郎が言うので、さゆりは健太郎のカードで精算した。

 前の人の精算を待っている間にもう1セット、買物袋に入れた。

 その後健太郎は下着や靴下を買った。

 さゆりはキャリーバッグ、ワンピース、スカート、春物のコート、セーター、靴を健太郎のカードで精算した。

 荷物は車に乗せ、それから心斎橋を南下して道頓堀に向った。道頓堀には美味しいお好み焼きとたこやきが待っていた。

 梅田のホテルへ泊まるまでさゆりの手も触らなかったのに、今はひと目をはばからずさゆりの手をつなぐ。

 健太郎の年度末も無事に終え、やっと桜前線を函館で捕まえる。

 ブラウンのニットワンピースを着て、首元がⅤ字ですっきりしていた。首元には飾り物はない。その上にカーキ色のスプリングコートを着ていた。靴の色はシルバー。

 さゆりは快晴の下、健太郎に買ってもらったおニューの服を身に着けて、念願の桜をふたりで見ることが出来て気分は最高であった。

 健太郎はグレーのスラックスにアイボリーのダンガリーシャツ。首元には30グラムの24金の喜平のネックレスをしていた。

 どこから見ても土建屋のおやじである。さゆりからは常々、今の物騒なご時世、いつ、どこで、何があるか解らないから、隠すようにしなよと言われていたが、一般の人の考えは目立たないようにするが、土建屋のおやじは目立つようにするのである。それがかっこいいと思っている。頭の中はまだ昭和である。健太郎も金のネックレスを輝かせながら歩く。二人はごく普通のフルムーンの老夫婦にしか見えなかった。でも本人たちは若いカップルが初めてお泊りで行く旅行の気分であった。

 それもこれも店を作ってくれたオーナーとマネージャーに北海道の大地から感謝している。

 さくら通りを抜けてバーガーを食べ、五稜郭のタワーに上ると1500本の桜が星形に咲いている。さゆりはうっとりであった。今年の桜を見た。ここを見逃せば桜前線はオホーツクに抜けて行き、来年まで待たなくてはいけない。今年見えて良かった。彼らにとって今の1年1年が勝負である。「今を生きる。」年金を貰うとはそういうことであった。

 桜の花を見上げながらふたりは五稜郭で誠の愛を確認していた。

 さゆりは健太郎の腕を組み、ひらひらと落ちる花びらを見ていると満開のさくらの春の木漏れ陽は心地よかった。大阪では感じられない大地の風を感じながらさゆりは健太郎の腕を深く組んだ。さゆりも幸せいっぱいであった。

 五稜郭ではたくさんの人がさくらを見ながらバーベキューをしている。

 美味しいにおいが花びらといっしょに舞っている。

「バーベキューいいですね。五稜郭だから出来るんでしょうね。大阪でもできればいいのにね。」とさゆりは言うと、

「大阪の公園でバーベキューの許可だせばえらいことになるよ。」と健太郎が言った。

「やっぱり。」と健太郎の顔を見ると、

「あかんやろ。」と健太郎もさゆりの顔を見た。

 ふたりは西の空に太陽が沈む前に函館山に上った。

 夕景から夜景になる函館の夜景を見たかった。

 ひとつ、ひとつの電気が付ついていく。

 それは、

「今日も1日終わりましたのサイン。人が生きている証拠。」

 函館の夜景は圧巻であった。

 ふたりは函館の夜景を満喫し、回転ずしを食べてホテルに帰ろうとすると、

 健太郎が、

「さゆりさん、お願い、セーラー服を来てほしい。頼む。」と手を合わせて健太郎が言った。

「いいけど、セーラー服は持ってないよ。」とさゆりが言うと、

「ドンキホーテに買いに行こう。」と健太郎は喜びながら言った。

 ドンキホーテまでは距離にして2キロある。

 さゆりが、

「タクシーで行く?歩いていく?」聞くと、

「せっかく函館まで来たから、歩いていこう。」と言った。

 いつもならすぐに車に乗りたがるのにと思っていた。確かに函館の夜を潮風に身を任せて、健太郎と歩くことは思い出に残る。遠くからは五稜郭の夜桜花見客の笑い声が風に乗って聞こえてくる。空の月はふたりを照らしていた。回転寿司で飲んだビールのせいで、健太郎とつなぐ手を時折、強く握り返して健太郎を見れば、彼もこちらを見ていた。さゆりは楽しく、ほろ酔いであった。

 さゆりは少し気になっていた。

 回転ずしで健太郎が自分より皿の枚数が少なかった。定食屋さんに食べに行ってもいつも大盛りを食べる人が。それに私にはビールを進めるのに、自分は飲まなかった。

 さゆりはまた、少し手を強く握るとこちらを見る健太郎を見てほほ笑んだ。

 微笑み返す健太郎を見て、そんなことはどうでも良くなった。

 ドンキホーテのコスプレの売り場に来ると、若い3組のカップルがコスプレ衣装を見ていた。さゆりは健太郎に

「あの若いカップルはコスプレ衣装を熱心に見ているけどどうする?」と健太郎に聞いた。

「これからあの服を着て激しく燃えるんだよ。」と健太郎が笑いながら言うと、

「エッ。」とさゆりは声を出した。

 健太郎は「シー。」と言った。

 いちばん遠くの青いセーター男性は彼女と青のスケスケのネグリジェと白いスケスケのネグリジェを見比べていた。さゆりは思わずあいさんの好きな服やと思った。

 真ん中の黒のジャンパーの男性は黒いメイド服を見ていた。手には2つのメイド服があり、彼女とスカートの長さで話し合っているみたい。

 手前のメガネのお姉さんのカップルは、店でよく見るミニの白衣をレジに持って行った。

 さゆりはコスプレはもう少し暗い陰湿なイメージがあったが楽しそうに衣装を選ぶカップルを見て、コスプレも二人をつなぐ新しい愛情表現なんだと思った。奥が深い。

「健太郎さん、どれがいい?」とさゆりが言った。

「名前はあかんで。」と健太郎が言った。

 この店で若いカップルなら許せるが、年を取っているカップルがセーラー服を選んでる姿は異常である。さすがに健太郎も恥ずかしいみたいである。

 店でミニのセーラー服もミニの白衣もメイド服も着て、ほろ酔いのさゆりは恥ずかしくなかった。

「色は紺がいい?上が白でスカートが紺?どちらがいい。」さゆりが聞くと、

「紺がいい。」と答えた。

「次はスカートの長さが、膝のか?ミニなのか?」とさゆりが聞くと、

「膝。」と答えた。さゆりは真面目と思った。

「それだったら、これだね。」と言って、店を後にした。

 健太郎は嬉しそうに左手でさゆりの右手をつなぎ、右手でセーラー服を大事に持っていた。

 満月がふたりを照らす。健太郎の足取りは軽かった。

「夜中、お腹がすくかもね。」さゆりがぽつりと言った。

「その時はコンビニに走るよ。」と言った。

 部屋に戻ると午後10時であった。

「俺、お風呂に入るわ。」と健太郎が言うと、

「それじゃあ、お水入れるね。」とさゆりが言う。

 そういう心使いが健太郎は嬉しかった。当たり前言えば当たり前やけど、今の時代、当たり前でない。

 ここのホテルはトイレと風呂が分かれている。トイレがゆっくりできるから安心できる。風呂も水が貯めることが出来、浴槽の外で洗うことが出来るのでゆっくり風呂に入れる。

 このホテルを選んだ理由の一つでもある。

 健太郎のお風呂は早い。10分で出てきた。さゆりに「ゆっくりお風呂に入った。」と聞かれて、「入った。」と答えた。

 10分で髪の毛も、身体も洗い、湯船につかるのは至難の業である。なにを急いでるのか?

 健太郎は風呂から出ると浴衣を来て、ベットでニュースを見ていた。

 窓ガラスにはキャリーバックから着替えを出すさゆりが映っていた。

 健太郎はニュース番組を見ていたが寝落ちしたらしい。ニュース番組は終わりを迎えようとしていた。

 風呂場の方でドライヤーの音が聞こえる。健太郎はドライヤーの音が鳴りやむのを待っていた。ドライヤーの音が消え、しばらくしてから、

「健太郎さん。」とさゆりの声がした。

 声の方を向くと、さゆりはセーラー服を着てこちらに歩いてきた。

「わたしきれい。」とスカートを両手で広げて、おどけて見せた。

 いつものセーラー服はミニであったが、今日は膝まであるので新鮮でかわいく見えた。

 健太郎はさゆりの前に立ち、抱き寄せて,


「ありがとう。」と言った。

 健太郎はさゆりを窓ガラス向けに立たせ、背後に立つといきなりセーラー服の上着を後ろから引っ張った。さゆりのセーラー服の上着のホックが外れ、白いブラジャー姿のあらわなさゆりが窓ガラスに浮かぶ。

「何するの!」と声を出しながら両手で胸を隠すさゆり。間髪入れずに健太郎はスカートをめくった。両手で胸を隠すさゆりはなすすべもなく、スカートが舞い上がった。窓ガラスには白いレースのひもパンが写っていた。

「やったー!」健太郎は右手を上げ、大喜びであった。

 健太郎はさゆりを後ろから抱いてベットに倒れこみ耳元で、

「ごめん。スカートめくりがやりたかった。夢だった。」と言った。

「小学校の頃、悪ガキたちが女の子のスカートめくって喜んでいたが、自分は出来なかった。後で先生に怒られて笑っている悪ガキになれなかった。そんな悪がきを健太郎はうらやましく思っていた。

 自分はどうしてあの時に悪ガキの仲間に入らなかったのか、悔いて、悔いて残念で仕方がなかった。あの時なら先生に叱られて終わるが、今なら犯罪だ。社会的制裁を受けなくてはいけない。社長の自分が社会的制裁なんてうければ会社がつぶれる。社員の家族全員が路頭に迷う。だからさゆりさんだったら笑って許してくれると思った。ごめん。ごめん。」と言った。

 さゆりはワンテンポ置いて、

「藤原健太郎はさゆりを大切にすることを誓うか?」とさゆりが言った。

 健太郎は、

「はい誓います。」と言ってさゆりの唇にキスをした。

 さゆりは微笑みながら、

「許す。」と言って今度はさゆりが健太郎にキスをした。

 それから健太郎は禁断の白いレースのひもパンのひもを引いたのはふたりの秘密である。

 次の朝、洗面所のゴミ箱にはバイアグラの空箱が落ちていた。

 健太洋は朝食に朝市の大盛りの海鮮丼を食べた。

 さゆりは帰えれば、「スカートめくり。」が男の人の願望だとマネージャーに伝えようと思った。




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