17章 天国と地獄
函館みやげのバターサンドを持って控室に行くとミニの赤いカクテルドレスのラブさんと白のバドガールのさくらさんと青いミニのチャイナ服を着たあいさんと紺のセーラー服を着たあゆみさんが楽しそうにペチャクチャしゃべっていた。
綺麗な衣装を身にまとい会話をしている姿はずっと見てられる。華やかである。
これが出勤したときの服で同じように会話してたなら、単なるおばちゃんの井戸端会議である。
「さゆりさんありがとう。そのバターサンド、私の好きなやつや。」とあいがいった。
「函館、どこへ行ったん?」とあゆみさんが聞くので、
「五稜郭の桜見て、函館の夜景見て、美味しい北海道の海鮮丼食べて来た。」言うと、
「セーラー服を身って行った?」とラブが言うと、
さゆりは、「持って行ってません。」と否定した。
「さゆりさんの彼氏指名する時。いつもセーラー服をやん。アナウンスで彼氏が来たと解る。」と観察力鋭いラブが言うと、
「さゆりさん、彼氏に食べられたん?」と好奇心旺盛なあいが言った。
「・・・」さゆりは言葉に詰まった。
彼女達は笑っていた。おばちゃんはこういう話が大好きである。
その日の午後5時過ぎ、仕事帰りの人がぽつぽつと増えてくる頃、受付で大きな声がした。
「泥棒猫のさゆりを出せ!」と真っ赤なスーツを来て、左右の指に3つも4つも指輪を付けている鼻の穴が開いた、ごっついおばちゃんが怒鳴り込んできた。
「この店にゆかりがおるやろ!。」
「どいつがゆかりや!。」
「ひとの旦那をたぶらかすばいたは!」
「ここへ出てこい!」と大きな声でわめきたおす。
「どちら様ですか?」と明が聞くと、
「藤原の妻です。うちの旦那をそそのかしたさゆりに話を付けに来た。一発どつかないとと私の気が済まない。」と言った。
「奥様、騒ぐのは止めてください。他のお客様もいますので。」と言ってなだめたが、鼻の穴は開いたままだった。
声が大きかったので、驚いて控室から待機の白衣のあいが、控室から受付に繫がる連絡のドアを少し開けて覗いていた。
「今日はさゆりさんは休みです。お引き取り下さい。」と明が言った。
藤原の妻は営業中の個室の方へ行こうとするので、
「いいかげんにしないと営業妨害で、警察呼びますよ。」と明が言った。
「あなた私の気持ち解らないでしょう!」と明に文句を言うと、
「それはあなたとご主人の問題でしょう。この店は関係ないでしょう。これ以上騒ぎ立てるなら本当に警察呼びますよ。店の信用問題になりますし、お客様が不快な思いをして、変なうわさが立てば、損害賠償ものですよ。従業員一同の給料を面倒見てくださいよ。。」と明が真顔で言うと、
「解ったわよ。」と言って、ドアをけって出て言った。
明が待機中の黄色のチアガールのさゆりの前に立って、
「さゆりさん事実だけを報告します。藤原さんの奥さんがさゆりさんを出せと言って受付で暴れました。店の方は何も心配することはありませんが、さゆりの方が責任を感じて、「店を辞める。」とか言い出すのが、一番悪い結末です。あなたの人生を1番に考えてください。さゆりさんもあと何回も恋愛のチャンスはないと思います。店のことは気にせず考えてください。」と明が言った。
「有難うございます。」とさゆりが言って、カバンから携帯を取り出して電話を掛けた。
「もしもし健太郎さん、さゆりです。今、奥様が店にやって来て、ばいたのさゆりを出せと暴れて帰って行きました。」
「え、」
「健太郎さんは、私には別れていると言ったやん?嘘だったん!。最低。」とさゆり
が健太郎を責めた。
「健太郎さん、もう電話は掛けてこないでください。店にも来ないでください。さようなら。」と言って、電話を切った。目からは涙が流れていた。
健太郎の電話は着信拒否に、マネージャーには接客拒否を告げた。
「さゆりさん、今日は飲みに行く?」付き合うわよと、赤いバドガールのラブが言った。
「私も行くよ。」と肩を出した黒のニットミニのさくら。
「もちろん私もよ。」と白衣のあいが言った。
「みなさんありがとうございます。でも今日は、家に帰ります。そんな気分になれない。」とうつむいて言った。
「始めからどうも私は好きになれないタイプよ。ちょっと男前の人って、信用できないもん。女たらしよ。」とあいが言った。
「結婚しているのに、独身だとどうどうとうそをつくなんて最低ね。」さくらが言った。
「始めからさ、さくらさんだったら、おとなしそうだったから強引に引っ張って行けば、言うことを聞くと思ったんとちがうかな?」とラブが言った。
「現に、北海道も九州も和歌山の温泉旅行もあの男の都合でで行っている。さゆりさんが合わしているのをいいことに自分の都合で動いている、遊び人よ。あんな男なんて、早く忘れてしまいなよ。さゆりさんなら次のチャンスがすぐに来るよ。」とあいが慰めてくれた。
この年になって恋のチャンスなど婚活パーティーでも行かない限り、すぐに来ないことは誰もが知っていた。
さゆりは今すぐにでも帰りたかったが、帰れが余計に心配してくれた人に迷惑を掛けると思い、背いっぱいの笑顔で平生を保った。
さゆりはショックだった。
さゆりは店を終え家路に付くと、午後10時を回っていた。今日は疲れた。
営業中はお客様に奉仕した。泣きそうな目でお客様を見つめ、両手を胸に触らし、「ああーん。」とアダルトビデオの女優のようにちんちんをそそり立つ声を出した。今日のさゆりはいつもと違う。お客様を見つめる目を一つ取ってもお客様は感じた。先から白いものが出た。両手で胸をもませてもらったお客様は胸を離さなかったし、さゆりは悶え続けた。目をつむって口に含んだちんちんを丁寧に、丁寧に1から十までねっとりと舐めまわした。
今日のさゆりは神がかっていた。何かにとりつかれたように、無心になってお客様に奉仕していた。さゆりにとって無心になれたことが嬉しかった。
家に付いて、入口の戸のカギを開けようとすると、後ろから声がした。
「さゆりさん、違うんだ。俺の話を聞いてくれ。」と健太郎の声がした。
さゆりは一瞬驚いたが、無視してカギを開けた。
「お願いだ。俺の話を聞いてくれ。」と明が声を大きくしていった。
「やめてください。近所の笑いものになるので帰ってください。」とさゆりは言って家に入ってカギを占めた。
「騙すつもりは無かった。離婚の話も付いているんだ。ただ財産分与で話がややこしくなった。少しでも多ければその後の生活が楽になると思って、それも弁護士同士で話をしているから時間の問題なんだ。俺はさゆりさんに嘘などつかない。そんなつもりで、あなたと付き合っていない。あなたが助手席いれば楽しい。沈黙が気にならないんだ。いつも寄り添ってくれる笑顔のさゆりさんが好きなんだ。。」
「だからさゆりさんを愛しているんだ。」と健太郎が叫んでいた。
健太郎は玄関の戸をたたきながら、
「さゆりさん、さゆりさん、俺の話を聞いてくれ!」と近所中に聞こえる声で叫んでいた。
さゆりは涙を流しながら、
「帰ってください。それ以上騒ぐと警察呼びますよ。私、近所の笑いもんです。」と言うと、
「ごめん。」と言って健太郎は帰って行った。
次の日、店に行くと良男も明も女性達も、「大丈夫。」と声を掛けてくれた。
その次の日、女性達が、「大丈夫。」と声を掛けてくれた。
また次の日、半分の女性達が、「大丈夫。」と声を掛けてくれた。
またまた次の日、ラブとさくら、あいが、「大丈夫。」と声を掛けてくれた。
一週間もするとみんな忘れていた。
女性達は他人のことを気にするほど暇ではない。
もっとおもしろいことを探していた。
店のオープンと同時の飛び込みのお客は今日は少なく、さゆりは黒のバドガールの衣装でお客様を待っていた。ゴールデンウィークがすぎて暇だった。
「最近この時間帯は暇ね。」とラブが言った。
「私ら飽きられたのかの?賞味期限短いね。」と冗談とも本音とも解らないことを言った。
「さゆりさん、さゆりさん指名です。白のウエディングドレスで3号室にお入りください。」とアナウンスが聞こえる。
「さゆりさん、いいね。今日のウエディングドレスは新調だよ。着替えて早く行きなよ。」とあいが笑って言ってくれた。
3号室に入ると覗き窓から健太郎が見えた。
さゆりは血相を変えて、
「帰ってください。私はあなたとお話することはありません。帰ってください。」とさゆりは大きめの声を出した。
「違うんだ。違うんだ。」と健太郎が言うが、さゆりは聞かなかった。
「あなたが帰らなければ、私はこの部屋を出ていきますよ。」とさゆりが言うと、
「私の言うことを聞いてください。言うだけ言えば私は出ていきますので。」と言って右手の穴から1枚の紙を出した。
差し出された紙には健太郎と妻正子の署名、捺印の押している離婚届のコピーで日付は今日になっていた。
さゆりは両手を手に当て、言葉が出なかったが涙が溢れた。
「さゆりさん、俺はこれで一人になりました。」
「お金もありません。」
「マンションもありません。」
「車もありません。」
「全部置いてきました。」
「これから旅行もいけません。」
「食事も行けません。」
「ドライブも行けません。」
「社長も辞めてきました。」
「もう、あなたに出来ることはありません。」と健太郎が言うと、
口に手を当て、頬に涙を流しながら、
「大丈夫よ。ごはんはわたしが作ります。その代わり残り玄関の引き戸を直してください。」と言って、さゆりは健太郎の右手を両手で握った。健太郎も泣いた。
「おめでとう!」の声が2号室からも4号室からも他の部屋からも聞こた。
控室からは拍手がナリ、受付からは指笛と共に、「ブラボー」の声が聞こえた。
これからの二人はどれだけの困難が待ち受けていようとも、怖くはなかった。今までのことを思えば、ふたりでいるだけでしあわせだった。
残り少ない命の炎が燃え尽きるまで人生の真ん中をふたりで歩くことを誓った時であった。




