表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は悪役令嬢らしく振舞うためにじっくり考える  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/11

『アルベルトが距離を詰めずに“待つ”ことを選ぶ回』

数日後。


王立学園の空気は、妙に静かだった。


嵐が来る前の静けさではない。


嵐が通り過ぎたあとの、慎重な静けさ。


レディアナは気づいていた。


(殿下が、追ってこない)


廊下ですれ違っても。


庭園で視線が合っても。


以前のように踏み込んでこない。


距離は、常に彼女が決められる位置に保たれている。


それは――


優しさだった。


だが同時に、


落ち着かない。


中庭。


アルベルトがリリエルと話している。


だが距離は一定。


必要以上に近づかない。


笑うが、触れない。


どこか意識的だ。


レディアナは遠くから見る。


胸は、少しだけ痛む。


だが以前のような暴走はない。


(……調整している)


彼が。


自分のために。


その事実が、静かに心を揺らす。


リリエルが小声で言う。


「殿下、最近ちょっと距離ありますよね」


アルベルトは苦笑する。


「そう見えるか?」


「はい」


「今は、それがいい」


リリエルは少し考えてから頷いた。


「待つんですね」


「ああ」


その言葉を、偶然レディアナは聞いてしまう。


足が止まる。


(待つ?)


誰を?


――わたくしを。


胸が、静かに波打つ。


放課後。


図書室。


レディアナは本を読んでいる。


ページは進まない。


足音。


だが今回は、隣に座らない。


アルベルトは向かいの席に腰を下ろす。


距離、机一つ分。


「……」


「……」


沈黙。


だが重くない。


圧迫もない。


ただ、静かな時間。


レディアナは本から視線を上げる。


「殿下」


「なんだ」


「なぜ……」


言葉を選ぶ。


「最近、踏み込みませんの?」


率直だった。


アルベルトは少しだけ笑う。


「踏み込むと、君が引くからな」


痛いほど正確。


レディアナは視線を落とす。


「引いてなど」


「いる」


即答。


否定できない。


沈黙。


アルベルトは続ける。


「君は今、感情を整理している最中だろう」


「……」


「だから、私は急がない」


その言葉に、胸が強く揺れる。


急がない。


責めない。


迫らない。


(なぜ)


「君が自分から来るまで、待つ」


静かな宣言。


重くない。


ただ、確かな意思。


レディアナの喉が少し詰まる。


(待たれる、という状況)


今までの物語では、


悪役令嬢は追い詰められる側だった。


だが今は違う。


選択権がある。


決めるのは、自分。


それが――怖い。


同時に、嬉しい。


「……もし」


声がかすれる。


「わたくしが、来なかったら?」


アルベルトは少しだけ考え、


正直に答える。


「その時は、その時だ」


「……」


「だが、私は来ると思っている」


根拠のない確信。


それが、温かい。


レディアナはページを閉じる。


指先が少し震えている。


(今、動く?)


(まだ早い?)


(最適解は?)


――違う。


最適解ではない。


これは。


自分で選ぶこと。


長い沈黙の後。


レディアナはゆっくりと席を立つ。


机を回り込む。


一歩。


また一歩。


アルベルトの隣へ。


距離は近い。


だが触れない。


自分で決めた距離。


「……読書は、静かなほうがよろしいですわ」


強がり混じりの台詞。


だが、逃げではない。


アルベルトは微笑まない。


茶化さない。


ただ言う。


「ああ」


それだけ。


だが十分だった。


レディアナの胸は、


もう暴れていない。


嫉妬は消えていない。


恐怖もある。


だが今は――


選んだ。


自分で。


物語は派手に動かない。


断罪も、涙もない。


けれど。


初めて、悪役令嬢が


“自分の意思で距離を詰めた”。


それだけで、


十分な前進だった。


レディアナは心の中で呟く。


(待たれるのは、悪くありませんわね)


ほんの少しだけ、


素直に近づけた日だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ