『嫉妬を自覚したことで逆にレディアナが素直になれなくなる回』
嫉妬を認めた翌日。
レディアナは、異様に落ち着いていた。
落ち着きすぎていた。
(嫉妬は存在する)
(危険だが、有用)
(だが制御不能ではない)
理屈では整理できた。
問題は――
アルベルトの顔を見ると、整理が崩れることだった。
学園・回廊。
「おはよう、レディアナ」
アルベルトが声をかける。
一瞬、胸がきゅっとする。
(ここで素直に挨拶を返す)
(昨日は感情で話した。今日は安定を示す)
完璧な計画。
「……ごきげんよう、殿下」
声が、微妙に硬い。
アルベルトがわずかに首を傾げる。
「体調は?」
「万全ですわ」
即答。
距離を取る。
微妙に、取る。
自分でも分かるほど、不自然に。
(なぜ距離を取るの)
(嫉妬を認めたのだから、逃げる必要はない)
分かっている。
だが、近づくとまた揺れる気がして――
防御。
完全に、防御。
アルベルトは少し黙ってから言う。
「今日は図書室に行くが、君も来るか?」
昨日までなら、誘い。
今日は――
試練。
胸が一瞬跳ねる。
(行く)
(行って隣に座る)
(普通に話す)
それが最適。
だが口から出たのは。
「……リリエル様とご一緒では?」
自分で言って、固まる。
棘。
ほんの少しの棘。
アルベルトも気づく。
「いや、彼女は別件だ」
「そうですの」
無表情。
だが心は荒れている。
(なぜ確認したの)
(嫉妬を意識しすぎ)
(逆に小さい)
自己嫌悪。
アルベルトは静かに言う。
「レディアナ」
「はい?」
「昨日、私は君の感情を嬉しいと言った」
胸が揺れる。
「それは今も変わらない」
沈黙。
「だから、無理に強くならなくていい」
直撃。
レディアナの思考が乱れる。
(強く……?)
(今のわたくしは、強がっている?)
自覚。
ある。
完全にある。
だが認めたら崩れる気がする。
「誤解ですわ」
口が勝手に動く。
「わたくしは常に理性的です」
(嘘)
心が即座に否定する。
アルベルトは小さく息を吐く。
「昨日より、距離が遠い」
図星。
完全に図星。
レディアナの指先が震える。
(近づきたい)
(でも近づいたら、また揺れる)
(揺れる自分を見せたくない)
完璧でありたい。
悪役令嬢として。
公爵令嬢として。
感情に振り回されない存在で。
だから――
「殿下は、リリエル様とお話なさるほうが自然では?」
言ってしまう。
アルベルトの目が少しだけ曇る。
「それは、君の本心か?」
沈黙。
本心ではない。
だが素直にもなれない。
胸が痛い。
これが嫉妬の二次作用。
自覚したことで、
守りに入る。
レディアナは視線を逸らす。
「……最適解ですわ」
アルベルトはしばらく何も言わない。
そして、静かに言う。
「私は、最適解より本音のほうが聞きたい」
完全に防御が崩れかける。
だが、最後の壁が立ちはだかる。
――怖い。
拒絶されたらどうする。
笑われたらどうする。
比較されたらどうする。
嫉妬を自覚したことで、
“失う可能性”まで明確になった。
だから素直になれない。
レディアナは一歩引く。
「授業が始まりますわ」
逃げ。
今回は明確な逃げ。
去っていく背中。
アルベルトは追わない。
ただ、静かに見送る。
その頃。
少し離れた柱の陰でリリエルが見ていた。
「……距離が遠い」
小さく呟く。
昨日より、確実に。
感情を認めたのに、
そのせいで余計に硬くなる。
レディアナは廊下を歩きながら思う。
(なぜ素直になれない)
(昨日は言えたのに)
答えは分かっている。
昨日は勢い。
今日は恐怖。
嫉妬は、相手を大切に思う証。
だが同時に、
自分が傷つく可能性を突きつける感情。
完璧な悪役令嬢は傷つかない。
だが今の彼女は、違う。
教室の前で立ち止まる。
小さく呟く。
「……未熟ですわ」
だが今回は、
少しだけ違う。
逃げたことを、
ちゃんと自覚している。
物語は前に進んだ。
だが今は、
少しだけ後退。
それでも――
停滞ではない。
揺れながら進む、
不器用な悪役令嬢の物語。




