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第94話 道具の吐露

洛陽南東・嵩山(すうざん)――――――



(本陣ほったらかしにして何やってんだ兄上は.............)



俺は愚痴らながら馬を奔らせていた。


 というのも本陣に行ったら “楚王(そおう)様は戦勝祈願をする為に嵩山に行かれました“ と言われたのだ。


 嵩山は漢の武帝が封禅(ほうぜん)の儀式を行った聖山として知られる山だ。封禅の儀式とは天下泰平を神に感謝すると共に、皇帝としての徳と正当性を示す為のもの。


 聖山の神に祈って戦を勝利に導きたいという気持ちは分からんでもないが、今は晋軍の再来を警戒すべき時なのだ。


 そうこうしている内に嵩山の麓に来た俺は馬から飛び降りた。

 よく分からん鳥達がけたたましく鳴く中、山門へと向かうと恐らく兄上が連れてきた衛兵だろうか、10人程が槍を手にして辺りをキョロキョロしてるのが見えた。



「そこの者!! 何者か?」



衛兵の1人が此方に気付く。



始安王(しあんおう)龍驤(りゅうじょう)大将軍(だいしょうぐん)劉曜(りゅうよう)だ。楚王がここにいるって聞いて来たんだが!! 会わせて貰えないだろうか」



 問いかけに衛兵らは顔を見合わせる。微かに聞こえてくる会話によると、兄上から俺が来ても取り次ぐなと言いつけられていたらしい.............


 しかし兄上の行動に疑問を持つ者もいて、その者の説得によって衛兵達は処罰覚悟の上で俺を通してくれた。



中岳廟(ちゅうがくびょう)――――――



「な、何故 永明(えいめい)がここに?」



 兄の劉聡(りゅうそう)は俺の姿を見た瞬間、大きく狼狽えた。

 彼は廟の中で鎧を着けたまま立ち尽くしていた。その表情は何処か虚ろであった。


「兄上、なんで書状の件を黙ってた このまま隠し通せるとでも思ったのか?」


「.............書状の件を忘れて、今は洛陽(らくよう)を落とすことだけを考えよ ボクも最善を尽くそうと考えてるのだ。2将が亡くなり歩兵が潰えた今、君の力だけが頼りだ」


 壁に掛けられていた長剣を手に取ると、劉聡はすれ違い様に俺の肩に手を置く。


「父上が重病なんだぞ 今は洛陽の事なんか棄てて、平陽(へいよう)に帰るのが先なんじゃないのか」


「ふん 折角、洛陽の地に足を踏み入れる事が出来たんだ。父が病で倒れようと簡単に退く訳にはいかないんだよ この好機を逃せば先々必ずや後悔する事になるからな」


「――――――ッ アンタに肉親の情ってのはねぇのかよ この世にたった1人の父なんだぞ その父が病とあらば一目散に駆けつけるのが情なんじゃないのか?」


その言葉に劉聡は目を細めて嘲う。


「肉親の情? 君は実の父を早くに亡くしてるからそういう事情に敏感なんだろうけど、ボクや他の兄達は父に対して情などない。更に云えば父上もまたボクらを “子供“ ではなく、己を魅せる為の “道具“ としか考えておらぬ」


「なんだと!?」


「ボクは父が子に対して笑った顔を見たことがない。笑うとしても張り付いた仮面のような笑みばかり、体裁上は官位や活躍の場を与えて重用しているが、子が病んだり傷つけば側近に丸投げして逃げ出す卑怯者だ」


(でも劉和は自ら看病してるって訊くが.........)


そんな俺の脳内を見抜いたのか劉聡は嘆息した。


玄泰(げんたい)の兄上はそんな父の気性を一番に理解してるから、早くに看病を断って呼延攸(こえんゆう)やボクに頼んでるんだ.............仮に父らしい素振りを見せるとすれば、それは重臣の前だったり、君が傍にいる時さ」


「..................」


子供がそう言ってるのだから、本当なのだろう――――――


 流石にここまで言われて “いいから平陽へ帰れ“ とは口に出せなかった。


その後、劉聡と俺は帰陣した。


 しかし案の定というべきか劉聡の本陣は参軍・孫詢(そんしゅん)都護(とご)北宮純(ほくきゅうじゅん)が率いる晋軍の夜襲によって焼け落ちていた。


 留守を任されていた冠軍(かんぐん)将軍(しょうぐん)呼延朗(こえんろう)は討ち死に、安陽王(あんようおう)劉厲(りゅうれい)は責任を感じて自殺するなどして混乱を極めた。

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