第89話 罷免される靳準
平陽――――――
「龍驤殿、陛下は再び楚王に洛陽を攻めよと命ぜられた」
「.............時期は?」
「10月中旬にございます」
宜陽から逃げ帰ってきてから1週間が経ったある日、俺の邸に劉聡の側近・靳準が来ていた。
傍らから妻の翠が “どうぞ“ と言いつつ酒壺と爵2つを持ってくる。俺は翠から酒壺を受け取ると靳準の爵に酒を注いだ。
「1週間前に軍は壊滅的な打撃を受けたはず、この短期間でもう立て直したのか?」
「いえ実を申しますと全然立て直せておりません。故に此度は弱兵を伴っての戦となりましょうな」
(こんなに急いでやる事かよ...........父上らしくもない)
「.............それで兄上の臣下が何用でこられた」
「宜陽での戦で楚王は敗れた。原因は弘農太守の偽装投降を見抜けなかった事、度重なる戦勝によって驕っていた事............まあ偽装投降は仕方がないとして、問題なのは戦勝に驕ること。楚王は元より楽観的なお方だ。龍驤殿、貴殿は武勇も優れ見識もあろう 先の長平といい、大陵といい素晴らしい戦功を挙げている」
靳準は娼婦が客に媚びよるような目つきでそういう。
「...................」
「ここは1つ貴殿が洛陽攻めの指揮を執っては下さらんか」
「陛下は兄上に指揮権を委ねられた。それを覆して現場で勝手に俺が指揮を執っては陛下の意向に背くだろう」
「いえ表向きの指揮は楚王が執り、実際の作戦方針や用兵は貴殿が行うのです 論功行賞では楚王が恩賞を賜りましょうが、私が裏から手をまわして貴殿に恩賞を幾らか割きましょ――――――ッ!!」
パシャ
俺は手にしていた爵の中身を奴の顔面にぶっかけた。
「龍驤殿いきなりなにを!? ..........あぁ!!」
ぐいっ!!
狼狽する靳準の胸ぐら掴むと奴の顔面を引き寄せた。
「テメェ 自分がなにほざいてんのか解ってんのか? 父上の命に逆らうばかりか、ご主人様の手柄を勝手に他人に渡すだァ!?」
「ヒィ!! い、いやそれは...........そ、楚王の許可を頂いてから」
「ハァ、兄上は哀れよ 実戦での活躍は俺に奪われ、手柄も半分臣下に持ち出されて.............仮に俺が指揮を執ることになったら兄上は何もない御飾りだ 当然そうなれば俺と兄上の仲は拗れに拗れる それを解っての提言か」
「お、恐れ入りながら楚王では戦には勝てますまい 河東、長平、宜陽で負けております!! このままでは洛陽攻めも失敗しましょう これでは漢の為になりませぬ」
「ふざけるなよ佞臣が テメェの今の提言は劉氏の和を乱すものだ。今直ぐ邸から出ていけ!!」
胸ぐらから手を離すと靳準は床にへたれこみ、そのまま這って部屋から出ていった。
「なんの騒ぎだ!!」
騒ぎを聞きつけた家臣らが駆けつけてきたが、俺は “どうやら客人には大秦の酒が合わなかったようだ“ と無理矢理な言い訳して下がらせた。
そして靳準は劉淵に宛てて上奏文をしたためた “楚王以外で劉氏の中から戦に慣れた人物を将として任じるべき“ と.............しかし不興を買った上に劉聡の耳にも入ったことで無事罷免されたのだった。




