第83話 長平の戦い 後篇
「施融将軍 どうだ賊の様子は?」
「山腹でギリギリ踏みとどまっているようだが、そろそろ限界らしい」
自軍が奮戦している中、施融と曹超は衛兵を連れずに単騎で西麓にある廃村で合流すると敵情を交換しあっていた。
「これで手柄は我々のものよ。王曠のクソ野郎、さぞ悔しがるであろうな」
「だが残念なことに一番槍は王曠軍だったから我らは二番だ」
「ちっ ちゃっかりしてんな。自分だけ旨いとこを持っていきやがる」
施融は瓢箪に入った酒をラッパ飲みすると曹超に差し出す。
「飲め 勝利の酒ぞ」
「............まだ戦は続いている。その酒は賊将の首を取った後に飲むとしよう」
「曹超は真面目だな 此度この戦で出っ張ってきてるのは楚王・車騎大将軍の劉聡だ。討ち取ることが出来れ――――――ッ」
ドサッ!!
言い終わる前に施融が突然馬上から落ちた。
「し、施融将軍!?」
突然のことに気が動転していたのか “酔いが回っただけ“ そう思った曹超は落馬した施融の元に駆け寄る。
「施融将軍!! こ、これは矢.........だと!?」
左首付近に矢が深々と突き刺さり、切れた頸動脈からは血が溢れ出していた............
「ン“ ア“...........!!」
しばらく悶絶していた施融だったが間もなく冷たくなった。
「クッソ どこ誰だ!?」
そういって顔を上げた曹超も額に矢が突き刺さり、施融に覆い被さるようにして倒れて息を引き取ったのだった。
長平・西北部――――――
衛兵を引き連れず単騎で長平を一帯を哨戒していた俺は明朝に帰陣した。
「大将軍のご帰還!!」
陣幕に入るや戟を手にした衛兵がそう叫ぶ。
陣幕内には配下の劉雅、劉暉、劉綏、王忠、曹恂、平先、劉景、崔岳が茣蓙に座り待機していた。
「兄上、何処に行ってたのだ? ほぼ丸一日本陣を空けるとはどういうつもりだ?」
「ちょっと偵察に行ってたんだよ。敵の全貌を見ねぇ限り、どう攻めればいいか判らんだろう?」
「偵察は軽騎の仕事!! 兄上は大将軍なんだ そこらの雑兵とは違う。万が一何かあったらどうするんだ?」
陣幕内の奥に置かれた簡素な椅子に座るや早速、弟の劉暉から怒られた。
「俺はこの目で直接見ねぇと駄目な性分だ。軽率な行動だと理解はしてるが、躰が勝手に動いちまう 許せ」
「.................」
劉暉は苦虫をかみつぶしたよう表情を見せた。
(確かに俺がいない間は名代として劉雅と一緒に苦労して軍を束ねてるって話だし、先の戦でも劉暉は兵を率いて戦ってくれた。いつかそれなりの褒章はやらないとダメだな.............)
「劉暉殿、お叱りはそこまでになされよ。我らが敵地にあることを忘れてはならぬ それで劉曜殿、此度の晋軍はどのような陣容か」
謝っても尚、何か言いたげな劉暉を老将の劉綏が諫める。すると劉暉は “失礼つかまつった“ と拱手して引き下がった。
「敵の規模はおよそ10万以上とみていいだろう。将旗は「曹」「施」「王」とあり、「王」の旗印の傍には「淮南」と描かれた幟旗もあった。少なくとも3人の将がこの晋軍を率いてる」
「ほぉ、淮南内史が自ら出てきおったか 珍しいこともあるものじゃ」
俺の話を聞いていた王忠が反応した。更に奥に座っていた崔岳や曹恂も目を泳がせていた。
(元晋に仕えていた連中が揃いも揃って驚くとは..............淮南内史ってのは珍獣とかそういう類いなのかな)
俺の胸中を察したのか次は劉雅が口を開いた。
「大将軍、淮南内史とは王曠という者のことです。秦代の王翦・王賁を先祖に持つ名門の出身ですが、能が無いくせに名門であることを鼻に掛けて好き放題している人物です」
「絵に描いたようなクソ貴族ってことか.........その有様じゃ、兵も上辺だけ従ってるだけだな」
――――――となると「曹」「施」って奴らが主力か
俺の言葉に劉雅はコクリと頷く。
「諸将よ! 我らは8万の兵を以て楚王を助けるぞ 先ずは「曹」と「施」の軍勢を叩き、これが崩れたら王曠の軍勢を襲え」
「「「御意!!」」」
長平・西麓――――――
劉景が率いる先鋒隊8千と、その援護を任された曹恂の一番隊1万が夜陰に紛れて劉聡軍が駐屯する山の西麓に進出。
「天は景に味方したようだな 者共!! この濃霧に紛れて奇襲するぞ!!」
夜明けと共に霧が深くなってきたのを好機と捉えた劉景は西麓から山腹を攻めていた曹超軍に突入していった。
「て、敵襲!!」
晋兵が気付いた時には既に遅かった。
「ハァッ!!」
ドカッ
「うぐっ!」
異変に気付いた晋の軽騎が劉景軍を阻もうと接近するも劉景の一太刀でお陀仏となった。
側面を奇襲された曹超軍は曹超が行方不明な事もあって混乱に陥って壊走を始めた。
この壊走に釣られるようにして施融軍も敗走を始める。
山を扇型に攻めていた晋軍は側面を劉景軍に、背後を曹恂軍に突かれたことで晋兵は前後不覚に陥り、逃げようとする兵の間で同士討ちが多発。軍としての統制を失った。
――――――そして同じ頃、前線から離れた位置に本陣を置いていた王曠軍でも混乱が起きていた。
「なに 曹超と施融が屍になっただと?」
「昨夜、西麓の廃村で折り重なって亡くなっておりました。施融将軍は首を、曹超将軍は額を射抜かれておりました」
報告を受けた王曠は意外にも取り乱すことはなく戦況を淡々と聞いていた。
(ふふふ、誰の仕業かは知らぬが邪魔な2将が居なくなったのは事実 これで撤退する理由ができたというもの)
「全軍に通達せよ “2将が不慮の死を遂げた今、我らは手足をもがれたも同然、手足なくしてどう戦えようか 全軍一度、淮水まで退き再び勢力を盛り返した後、北上して賊と相まみえん“ とな」
「御意」
王曠は数百騎と共に軍中を抜け出して長平から離脱、そのまま黄河を渡って逃亡したのだった。




