第74話 劉聡の予感
昨年から病で床に伏せていた丞相・劉宣が11月にこの世を去った。
「口煩い爺ではあったが、誰よりも朕や屠各の行く末を案じておった............朕も何度その諫言に救われたことか」
白い喪服に身を包んだ劉淵は劉宣の棺を前にして頭を垂れていた。
劉淵が洛陽や鄴で人質生活を送っていた頃、匈奴は劉宣が劉淵に代わって率いていた。
そして劉淵が帰って来るなり劉宣は謀臣として「漢」の建国に尽力し、事あるごとに劉淵を叱咤激励して匈奴の発展と漢の建国に尽くしてきたのだった。
そんな元老が亡くなったのだ.............漢と劉淵へのダメージは計り知れないものとなった。
普通ならへこたれる状況だったが、劉淵はここから大きく羽ばたいた。
――――――309年1月、平陽に遷都。
険しい地形によって守られていた蒲子ではあったが、北の劉琨と拓跋部の勢いが増した今、ずっと安全という保証はどこにもなかった。
そして司馬越の専横によって洛陽の朝廷がガタついているという噂も耳にしていた劉淵は、晋の第2の都・長安を征してから東に進出して洛陽を落とすという当初の計画を変更、北から黄河を渡って最短距離で洛陽を落とすことにした。
平陽は平野部に位置しており南への勢力拡大も易々と行えることから都として選ばれたのだった。
蒲子から平陽へ兵糧や武器、民が移動が落ち着いた3月中旬、劉淵の元に福の使者が訪れた。
平陽・楚王邸――――――
「..............ようやく父上が洛陽を攻めるそうだ。永明も使者が来たことは知ってるだろう」
義兄・劉聡は俺に酒を勧めつつそう訊いてくる。
「あぁ、朱誕って奴が父上に降った話だろ?」
「うむ。父上はその朱誕とやらを前鋒都督に、汝陰王・劉景を大都督に任じて明日中には平陽から出陣させるらしい」
平陽への遷都でバタバタしてる時に見た目浮浪者かと見間違えるのような身なりで朱誕という男がやって来たのだ。
顔から何からドス黒いモノが付着していて一旦は身なりを清めさせてから後日、劉淵に引き合わせたらしいが、そのドス黒いモノが返り血だと訊いた時、俺はゾッとして震えが止まらなかったのを憶えている..............
「すると俺らはお留守番ってことか」
「そう気落ちすな永明、ボクらはこうして酒を飲んで女を抱いてのんびり待っていればよい。それに汝陰王は、失敗すると思うんだ」
「失敗? 兄上、戦を前に不吉なことをいうのはどうかと思うが..............」
俺の言葉を無視して劉聡は話を続ける。
「汝陰王は考え無しに己の直感で動く。かような大任をこなせるような奴じゃない」
「.........なぁ兄上、もしかして遠回しに俺のことを云ってねぇか? 考え無しに動くってまんま俺のことだけど大丈夫?」
すると劉聡は隣で酒壺を手にして座っていた女に爵を傾けた。女が酒を注ぐと一気に飲み干す。
「永明の勇猛さは考えあってのこと。東谷関でのことはボクも聞いてる。皆は無駄な一騎討ちだったと云ってるが、ボクはそうは思ってない。相手の敵将は手練れであった。もし永明が相手せねば敵将は縦横無尽に駆け回って漢軍の間隙を突いて被害を与えて筈だ。それを君は防いだ............大手柄じゃないか」
「................これは気を遣って頂きどうも」
「ボクは本気だぞ。それに比べて汝陰王は本能のまま動く。大陵での戦では連携出来ず、東谷関でも敵に引っ掻き回されて山中に逃亡、辛うじて敵の後軍が誤ってくれたから大事は避けられたが、此度はどうなるか解らないな」
その後 “汝陰ってなんか淫猥な響きだよな“ と戯けたことを抜かしながら女にちょっかい掛ける兄を呆れながら見る俺であったが、劉聡のこの予感は的中してしまうのである――――――




