第73話 時、来たるまで
皇帝となった劉淵の元に洛陽から使いがやって来た。
使者は臆することなく劉淵を非難すると共に今直ぐ帝位は勿論のこと王位も撤回、劉淵直々に上洛して百官の前で詫びれば、今までの罪は赦すと宣う。
これに対して劉淵は使者から受け取った書簡を破り捨てるや使者を処すよう命じた。
哀れな使者は朝堂の外で八つ裂きとなり、間もなく首だけが劉淵の前に戻ってきた。
そしてその首は耳と鼻を削がれて塩漬けにされると洛陽に返されたのだった................
晋は報復として晋陽にいた并州刺史・劉琨の配下が壷関を襲撃、漢軍を壊走させた。
漢軍側も負けじと石勒率いる軍勢が頓丘、魏、汲の3郡を攻め、50余りの砦を降した。そして魏郡太守を捕らえると鄴で処刑したのだった。
そんな中、俺はというと...............
「なんで俺が官吏共の書簡を見ねぇといけねぇんだよ!! 俺は将軍、戦場に出て功を挙げるのが仕事!!」
「君は将軍、然れど王でもあるのだ。軍務は勿論のこと政務も執らねばならぬ。今や宗室は晋との戦いで手一杯だ。ならば私たちが政務をやらないと国が保たぬであろう」
将軍府の一室で俺は皇帝へ宛てられた上奏文の決裁を崔岳と共に行っていた。
あの戦傷以来、義父・劉淵から “父の命が下るまで戦場には出ないこと“ と言いつけられていたのだ。
(建武将軍から龍驤大将軍に位が上がったとは云え、これじゃ戦力外通告されたも同然ではないか..............ッ)
ギュッ
悔しさで筆を持つ手に力が入る。
「永明よ、文官の私がいうのは可笑しいかもしれないが君の軍才は当代随一のものだと思う 汾西で司馬虞を撃ち破ったあの戦いが証明していよう」
崔岳はそっと自身の手を俺の手の甲に被せてきた。
「............だが今の俺は剣を鞘にしまわれたも同然、これじゃ崔岳のいう当代随一の軍才も発揮出来やしないじゃないか」
「東谷関の戦いで君の軍歴に大きく傷がついたことを理解しているかね?」
「傷だと?」
「私も君を救い出す為に出しゃばり過ぎたのは反省しているが、元を云えば君の猪突猛進癖が原因だ。それを衆目に晒して死にかけたのだ。諸将に知れ渡ってしまった以上、戦歴に傷がついたと云っても差し支えあるまい」
崔岳はそういうと目を伏せた。
「...........うぇ おぉ、俺はどうすれば?」
自分でも情けなくなる程の声音がでる。
「まったく君は見た目に反して打たれ弱いな まあ私に縋ってきた時も、そのような有様であったな」
崔岳はスクッと立ち上がると俺を背後から抱き締める。
「崔岳...........?」
「時機が来れば必ずや父君は君を全軍の将帥として洛陽に送りだす。それまでの辛抱だ」
艶のある崔岳の黒髪が俺の胸元にかかる。
苦境や不安に陥った時、崔岳は師としていつもそうやって俺を励ましてくれていた。
しかし最近は師弟としてというよりは男女の関係になりつつあるように思えるのは気のせいだろうか――――――




