第72話 不気味な将
蒲子・回廊――――――
俺の父・劉淵は遂に皇帝になった。待ち望んだこの晴れ舞台を俺は心待ちにしていた。
何せ今までは “晋“ という国の中にある “漢“ に過ぎなかった。それが皇帝に即位したことで晋とは全く別の国になれたのだ。
――――――天に二日なく 地に二王なし
と礼記に記されている通り、2人の皇帝が中華にいるなどあり得ない。まあ晋も全力で潰しにかかってくるだろう。
(そうとなれば俺の出番よな!!)
東谷関で受けた戦傷は癒え、バリバリ元気を取り戻した俺は今か今かと出陣のご沙汰が下るのを心待ちにしていた。
そんな高揚感に浸りながら回廊を歩いていると角の柱に人影が2つ見えた。
1人は熊髭を生やし宮中にも関わらず戟を肩に担いでいる.............もう1人も全身真っ黒な鎧を着込んでいて表情は勿論のこと、どんな顔すらかも分からない。
..............王弥の奴、完全武装して宮殿に来たのかよ あと隣の奴もなんかヤバそうだな
そう感じた俺は2人を無視して通りすがろうした。
しかし............
「久しぶりじゃねぇか 相変わらず女みてぇな面してんな!!」
「ほぉ、テメェこの俺に喧嘩売ってんのか?」
カチャ
王弥の野郎は前回会った時とは違い品定めというより、本気で欲情してるような眼差しに寒気を憶えた俺は神剣の柄に手をかける。
「よさぬか王弥、この者は儂らと違って漢の宗室。下手に手を出せば貴殿と云えども陛下から処されるぞ」
隣にいた全身鎧の男が王弥を嗜めるも当の本人は止まらない。それどころか戟の刃先を此方に向けてきた。
「なんの真似だ!?」
「..............そんな事は分かってんだよ、.石勒、 貴様は黙ってろ。劉曜よ、また一段と功を挙げたそうだな。成長著しくて元海もさぞ嬉しかろうよ」
嫉妬の眼差し.............王弥の瞳の奥を読んだ俺は咄嗟に神剣を引き抜いて下段に構える。
「だが貴様は漢の将と云えどもその名は無名同然。元海から並々ならぬ寵愛を受けているそうだが変な勘違いを致すなよ青二才................」
王弥は豹の如き瞳で俺を睨む。
並の人間なら失禁するか逃亡するかだが、ここで逃げては男が廃ると、俺も負けじと灼眼を細めて睨み返す。
「.................」
「ほぉ、それが戦場での貴様の瞳か。女人の如き美顔と体躯そして白髪灼眼..............それが五色に光る剣を掲げて指揮をすれば、一躍戦場の支配者となろうのォ 石勒よ、貴様はどう思う?」
(コイツ、嫌みったらしさ全開だな)
今の俺の格好は他者から見れば美女と違えるレベルのものだろう。後宮に住まう美女の如き化粧が施され、髪は頭頂部で1本に結わえて馬の尾のように後ろに垂らし、口には紅を塗っていた。
何故そうのような容色になったかと云えば、崔岳と妻の翠に遊ばれたということになる...............
部下の将兵曰く、そのナリで男の格好では却って他の将に舐められる。だったらいっその事、美女に化けてメロメロにしちまえ という訳分からねぇ理由でこの格好となった。
実際、即位式の際に俺のことをチラチラ見てきては顔を赤らめる諸将が続出していた。
因みにその格好を見た部下の曹恂は鼻血撒き散らしてぶっ倒れたのだった――――――
王弥の言葉に石勒という将は俺のことなど眼中にないと云わんばかりに背を向けた。
「くだらん.............」
それだけ言い残すと回廊の奥へと消えていった。
「なんだアレ?」
「諸将の間じゃ 孤高の狼将って渾名で有名な奴さ 一緒に鄴を攻めた時も奴はオレの手を借りず単独で落としやがった。奴には何かを協力して成し遂げようって頭がねぇみたいだ。まったく何を考えてんだか.................」
王弥は俺の腰に手をまわすと嘆息した。
(表情も見えないし、王弥のような覇気も感じられない なんか不気味な奴だな..............)
俺はただ石勒が消えていった先を見つめていた。
――――――そしてこの石勒という将が、後々に宿敵として立ちはだかろうとは、この時の俺は知る由もなかった。




