第70話 崩壊の兆し
洛陽・太極殿――――――
「皆の者!! 清河王は昨年から病を発して金庸にて養生されていたが2月に病状が悪化して逝去した。朕は王侯の礼を以て葬りたいが皆は如何か!!」
皇帝・司馬熾の声が太極殿に響き渡る。
清河王・司馬覃は初代皇帝・司馬炎の13子・司馬遐の子である。直系が途絶えていた2代皇帝・司馬衷の皇太子として育てられるも騒乱の最中に廃位と復位を繰り返した。
そして最終的に司馬熾が3代皇帝に即位したことから邪魔者になった彼は哀れにも金庸城に幽閉されたのだった。
司馬熾の言葉に居並ぶ朝臣らは顔を見合わせて身をすくめた。それはまるで猛獣に怯えているようであった。
そんな中、太傅・司馬越が朝臣の前に進み出た。
「陛下に申し上げます。清河王は表向きは病と称しておりましたが、実際は徒党を組み陛下から帝位を奪わんと画策しておりました。故に私が機先を制して清河王の身柄を抑え、金庸に閉じ込めたのでございます。私が考えまするに王侯とは云えども謀反人でございますから、ここは庶人の礼で葬るのがよいかと..............」
「そ、それは真か? 太傅よ」
まだ幼さ残る顔を歪ませる皇帝に司馬越は静かに頷く。
「主犯は恵皇后の羊献容、それに加担するは吏部郎・周穆と御史中丞・諸葛玫でございました。周穆と諸葛玫の両者は早々に捕らえ処刑いたしましたのでご安心下さい」
「恵皇后はどうしたのだ? ま、まさか金庸に閉じ込めたのか..............」
「いえ陛下がご即位なさったのと同時に弘訓宮に移して軟禁しております」
「なるほど.............そのまま余生を過ごさせる、ということか?」
「その方が彼女の為にも良いかと思いまして.............」
恵皇后............羊献容は稀代の名将・羊祜を親族にもつ名家の令嬢であった。
だがそんな名家の令嬢であっても騒乱の前では1人のか弱き女性に過ぎなかった。
司馬衷の皇后として擁立された彼女は夫が帝位を廃される度に皇后位も一緒に廃された。そして夫が帝位を復する度に皇后位も元に戻された。
結果、彼女は6回皇后に擁立されて5回皇后を廃されるという訳の分からぬ運命を辿っている。因みに司馬越も3度目と6度目の立后に関わっている。
もう休ませてあげるべきだ――――――彼女の濁った瞳を幾度となく見てきた司馬越は振り回してきた者のせめてもの贖罪として此度のような措置を講じたのだった。
その後、朝議は無事に終わり朝臣らがぞくぞくと太極殿から出ていく中、司馬越だけは皇帝に呼び止められた。
「なにか?」
「太傅、少し話したいことがある。一献傾けながらどうか?」
「.............私は滎陽に兵馬を残してきた身、直ぐに戻らねばなりませぬ」
「そうか、ならば単刀直入に申す。清河王の件で聞きたいことがあるのだ。偽の詔を以て清河王を金庸に幽閉、殺したのは其方であろう?」
司馬熾は司馬越に疑惑の目を向ける。
政権を安定させる為なら諸侯王だろうと朝臣だろうとお構いなしに処刑する男だ。此度の清河王の急死に関わっているのではと司馬熾は勘繰ったのだ..............
そして当人は躊躇うこともなくあっさりと白状した。
「まだ14歳とは云えども皇族は皇族です。陛下が無事に即位された今、元太子だった清河王は次の火種に他なりませぬ。故に処したまでにございます」
この男を生かしておいては朕の命が危うくなる――――――司馬熾は恐れからか無意識に佩いていた玉剣の柄に手をかける。
「陛下が私を害そうなさるのは結構です。私も悪徳を積んできた身の上。それ相応の覚悟は出来ております。然れど私が去った後、この王朝の行く末はどうなるでしょうか?」
政争によって痩けた頬をピクリとも動かさず司馬越は淡々と語る。
「――――――ッ!!」
玉剣に手をかけたものの、抜くことが出来ない司馬熾................それを見た司馬越は恭しく拱手した。
「陛下、私は忙しいのでこれにて失礼致します」
付き合ってられんと云わんばかりに背を向ける司馬越に、司馬熾はどうすることも出来ず呆然と立ち尽くす他なかった――――――
作者の励みとなりますので宜しければ「ブックマーク」「いいね」「高評価」をお願い致します。




