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第69話 不信感

308年8月・滎陽(けいよう)――――――


潘滔(はんとう)の口車に乗った結果がこの有様とは............奴を処することは容易いがその才を失うのは惜しい」


 この頃、司馬越(しばえつ)王弥(おうび)軍の怒濤の勢いに押されて許昌(きょしょう)鄄城(けんじょう)濮陽(ぼくよう)→滎陽と次々拠点を変えていた。


 そして青州(せいしゅう)徐州(じょしゅう)で善戦を続けていた苟晞(こうき)と関係を密にするべく義兄弟の誓いを交わした。


 朝廷で皇帝を越える権力を握る司馬越と、軍中で白起(はくき)韓信(かんしん)の再来とまで評された苟晞.................共に晋の未来を憂う清廉の士が手を組んだことにより政治も軍事も盤石になるかに思われた。



しかし現実はそうならなかった――――――



 ゆくゆくは司馬越を皇帝にすれば自分達が甘い蜜を吸えると躍起になっていた家臣らが司馬越と苟晞との仲を引き裂いたのだ。


 とりわけ潘滔は司馬越の皇帝即位を熱望していた。

 元皇太子の司馬遹(しばいつ)に仕えていた彼は皇后・賈南風(かなんぷう)によって皇太子が謀殺されてから危う立場に身を置いていた。そんな中手を差し伸べてくれたのが司馬越であった。


 以後、司馬乂(しばがい)の処分に関わってから頭角を現した潘滔は司馬越の軍事補佐官(司馬)になり今に至る。


 “兗州(えんしゅう)は今や苟晞殿の支配下にありますが、このまま彼を兗州に留め置いてはいずれは野心を抱き第2の魏武(ぎぶ)(曹操の事)となりましょう。

 ここは太傅(たいふ)様が自ら兗州を治め、苟晞殿を混乱極まる青州(せいしゅう)徐州(じょしゅう)の太守に任じて鎮圧に集中させれぱ自ずと賊も矛を納めましょう“


 この潘滔の進言を真に受けた司馬越は皇帝から詔を出させて苟晞を征東(せいとう)大将軍(だいしょうぐん)都督(ととく)青州(せいしゅう)諸軍事(しょぐんじ)青州刺史(せいしゅうしし)開府(かいふ)儀同(ぎどう)三司(さんし)に任じた。


 それから間もなくして司馬越の元に苟晞から書簡が届いたことで司馬越は自分の過ちに気付いたのだった...............


「潘滔め、晋に忠誠を誓うフリをして密かに私欲に奔ろうとは..............義弟よ、兄の不明を許せ。然れど今や青州から其方を外せば賊は再び勢力を盛り返す。今しばらく耐えてくれ」


 書簡には青州に赴任してから昼夜問わず賊徒の襲撃を受けて兵は休む間もなく、兗州にいた頃と違って武器兵糧も満足に供給出来ないと記されていた。


司馬越は書簡を焼べると虚空を見つめて溜息をついた。


 皇帝を差し置いて強権を振るっていたことから周囲からの反発が凄まじかったのだ。


 然れどこの状況下で朝臣とノロノロ議論を交わしていては敵に機先を制される可能性があり、やむを得ない実情があった。



(ともかく唯一私の味方である苟晞には援軍を送ってやらねば...............)



司馬越は直ぐに滎陽から兵1万と武器兵糧を青州に送った。


 しかしその援軍は青州に到着する前に賊徒・劉霊(りゅうれい)の軍勢によって殲滅されて武器兵糧も奪われてしまった。


 結局、苟晞の元には援軍を送るという便りだけが届けられたのみで実際に援軍が到来することはなかった。この一件で苟晞が司馬越に対して不信感を抱いたことは語るまでもないだろう。

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