第68話 拓跋を頼る
定襄郡・盛楽――――――
「東燕王が元配下・簫叡にございます」
「うむ。我が拓跋の大人・猗盧と申す。それにしても随分と苦労されたようで.............」
簫叡は拓跋猗盧の前に平伏していた。
司馬虞と別れた後、簫叡は并州各地に散らばっていた反漢の勢力を味方につけようと奔走していた。しかし誰も実力不足の簫叡の下につく者はいなかった。
簫叡は飢えと病を得ながら彷徨い歩いたすえ拓跋氏の根城である盛楽に辿り着いたのだった。
かつての貴公子さながらの容姿は病と飢えにより色褪せ、身なりもボロボロとなり唯一腰に帯びている長剣のみが輝きを放っていた。
「我の力及ばず、漢の勢力は日増しに強大化するばかり..........どうか漢討伐のお力添えを頂きたく参上した次第にございます」
「うむ。我もいつか漢を討たねばならぬと思うていたところだが.............其方は何の大義があって漢を討つか?」
「晋を助け天下を安んじる為にございます。賊徒・劉淵が現れて以来并州の民は地獄の日々を送ってございます。かの賊徒は自ら起つだけでは飽き足らず、檄文をバラ撒いて兗・豫・徐・青の4州を大いに荒らしております。これを討たぬ限り天下は治まりますまい..............」
簫叡は恭しさ全開で宣うもアホな司馬騰とは違い、聡明な拓跋猗盧に嘘は通用しなかった。
「ふふふ、簫叡とやらよ 虚言はもうよい そろそろ本心を話したらどうか?」
「..............父を討つことで亡き母の無念を晴らしたいのです。妻子諸共捨て、挙げ句の果てには面と向かってわしの子ではないと宣った!! アレを討たねば我が胸中が晴れぬ ゆえ、どうか我に父を討つ為に力をお貸し下され」
改めて頭を下げる簫叡だったが、拓跋猗盧はその申し出に目を細めた。
「簫叡よ、心して聞くがよい。我が精兵は拓跋の未来を切り拓く為の宝剣。其方の “父君への復讐“ という私利私欲のためだけに引き抜けると思うか?」
「..............その事は重々理解しております。然れどこのまま賊徒を野放しにすれぱ拓跋様も危うくなるかと」
「ふふふ、屠各(匈奴の名門)の小童が 我が拓跋の力を甘く見ておるな」
拓跋猗盧は自分勝手な簫叡の言い分を笑い飛ばした。
簫叡は殺されるのではないかと内心ハラハラしていたが頭上に響く笑い声を聞いてホッと胸をなで下ろした。
ピタ――――――ッ
しかしそう安堵したのも束の間、簫叡のうなじに冷たい感触が奔った。
「貴様らが崇める冒頓は我が鮮卑の祖たる東胡を滅ぼした。我はその事を片時も忘れたことはない.............そんな最中に小童が転がり込んできたのだ。その意味分かるであろう?」
処刑用の大刀をうなじに当てられた簫叡は額に汗を浮かべつつ頷いた。
いつでも殺れるぞ――――――そういう意味であった。
「兵を率いることは許さぬ。然れどこのまま放逐したとて厄介事を起こすことは目に見えておる。ゆえに小童を食客として飼う それでよいな」
「拓跋様のご厚意感謝申し上げます」
「今の其方は復讐鬼そのもので周りが見えておらぬ。鬼のまま野に放てば敵味方を喰らおう..............其方もそれは望まぬであろう? 鬼から人へ戻るまでこの拓跋猗盧が面倒を見てやる。人に戻り次第、兵を与えるゆえそれまで堪忍せよ」
「御意」
こうして簫叡は邸と妓女を与えられて拓跋の食客となった。
かつての友・劉曜は朝鮮で崔岳を得てから大きく成長を遂げた。簫叡もまた盛楽で拓跋猗盧の後援を得たことにより以後、大きく羽ばたくことになる。




