第62話 漢将・石勒
307年10月――――――
石勒は張㔨督と馮莫突を伴って上党の黎亭に赴いた。
この頃の漢は北方戦線を担当していた将軍が討ち死。攻略目標だった晋陽も司馬騰から劉琨に交代してから守りが堅くなり、離石への脅威も高まっていたことから都を黎亭に移していたのだ。
黎亭に到着した石勒は先ず御史大夫(副丞相)の呼延翼に接触して宝物を贈り、劉淵への取りなしを頼むと2日後には謁見が許された。
黎亭・朝堂――――――
「其方が石勒か...........噂には聞き及んでおる 晋軍相手に大暴れしている集団がいるとな 御史大夫から話は聞いているが、行き違いがあってはならぬ故、もう一度訊くとしよう。何用で参られた?」
玉座に座る赤髭の大男・劉淵は跪いている石勒をジッと見据える。
(なんだ、この蛇に睨まれた蛙のような感じは............全く顔を上げられぬ)
耳を通って脳内に響く重低音の声と射貫くような視線を受けた石勒はかつてない程に震えていた。
粗暴な父に殺されかけた時も、奴隷として売り飛ばされた時も、苟晞と対峙した時も恐怖を一切感じなかった。
――――――にも関わらずこの大男の前では恐怖を感じていた..............いや畏敬の念と云った方が正しいのかもしれない。
「............我ら3人を漢の麾下にお加え頂きたくお願いにあがりました。晋軍を相手に策も糧もなく暴れまわっておりましたが、寡兵では限界があり、このままでは踏み潰されてしまいます.............恐れ入りながら漢の兵と兵糧を貸して頂きたい」
石勒はしどろもどろにそう話す。そんな石勒の様子に張㔨督と馮莫突は劉淵を怒らせるのではないかと冷や汗をかく。
だが2人の憶測は外れた。
劉淵はしどろもどろな石勒を見るや頬を緩めた。
「フフッ、わしに投降してくる者は皆、魏晋に滅ぼされた漢の恨みを晴らすだの、わしに帝王の器を見ただの わしに恐れをなして中々本音を話さぬことが多い。然れど其方は本音を云いおった。漢の兵と糧が欲しいとな..............気に入ったぞ羯の小倅よ」
「..............では我ら3人を漢軍に?」
石勒は顔を上げてそう云うも劉淵は首を横に振る。
「うむ。石勒を輔漢将軍・平晋王に任じる。そして張㔨督は親漢王、馮莫突は都督部大として石勒を支えよ!!」
「...............」
「「御意」」
王の称号を得られた石勒は牙の如き八重歯を覗かせてほくそ笑む。王の称号があれば有りと有らゆるモノが手に入るのだ。
そして王の命令ならば離散してしまった同胞を再集結させることも出来る。
「親漢王と都督部大は下がれ わしは平晋王と話したいことがある............」
張㔨督と馮莫突は立ち上がって拱手すると獰猛な虎の前から逃げるように去っていった。
2人が朝堂から出ていったのを確認すると劉淵は口を開いた。
「石勒よ、早速だが漢の将軍としてひと働きしてもらうぞ でなければ他の将軍が納得しないのでな」
「何なりとお申しつけください...........」
「うむ では早速ではあるが楽平の南に烏垣の張伏利度という者がおる。わしはその者に親書を送り投降を薦めているのだが、一向に音沙汰がない。其方が赴いて様子を確かめてもらいたい............」
(様子を伺うなんてことは赤子でも出来る 何か他の考えがあってのことか...........)
「様子を確かめる............真意を伺っても?」
すると劉淵は目を細める。
「討つか、降すかは実際に赴いて其方の目で確かめてから判断せよ わしが直接赴いて話を聞いてやるのが筋ではあるが..............丞相がうるさいのでな」
「御意」
石勒は楽平に戻ると配下の十八騎を張㔨督に預け、単身で張伏利度に降った。
こうして石勒の漢軍の将としてのキャリアがスタートしたのだった。




