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第61話 張㔨督と馮莫突

楽平郡(らくへいぐん)――――――


「おう兄弟 今日も大量に獲れたなァ 兎に猪に鳥に.............これで暫くは食うに困らねぇな」


 張㔨督(ちょうべいとく)馮莫突(ふうばくとつ)は上機嫌で狩りから帰ってきた石勒一行を出迎えた。


「貴殿が貸してくれた弓は頑丈で矢も遠くまで飛ぶな」


石勒はそう言って弓を張㔨督に返した。


 張㔨督は石勒の本名が㔨だと知ると実弟の如く接するようになっていた。

 そして匈奴(きょうど)の名門・屠各種(とかくしゅ)の傍系である劉閏(りゅうじゅん)の妹・玲を与えられた。 


「フフッ、そいつは獣の腱と骨で作ったもんだ。気に入ってもらえて何よりだよ」


張㔨督と馮莫突は石勒の言葉に満面の笑み浮かべた。


 張㔨督と馮莫突は楽平を縄張りにする胡族で、中原の混乱を見て勢力拡大を図るも晋軍相手に大敗。それ以降は郡内に塢壁(うへき)と呼ばれる砦をつくり流民や胡族を養っていた。


 しかし晋軍の攻撃は激しさを増しており日を追うごとに民は減っていき、頼みとしていた部族の離脱も相次いでいた。



もう晋軍に投降するしかないのか――――――


 そう半ば諦めかけていた時に石勒らが訪ねてきたのだ。彼らからしたらまさに天の助けに他ならなかった。



――――――そして石勒が来てから1週間が経ったある日、胸の内を石勒に明かした。



「兄弟、ここに居座る気はないか? 兄弟が居てくれれば晋軍も迂闊には手を出せなくなるだろうし ここに住む民も安心して暮らせる............」


いつものように石勒が酒を飲んでいると張㔨督がそんなことを言う。 


「嬉しいお言葉ではあるが、儂には(けつ)を再興させる使命がある。それに儂は荒っぽくて残虐な性だ。かような者をこの塢壁の将にしては、民からの張殿や馮殿に対する評判も下がるというもの」


「石勒殿、この通り!! お願いします。塢壁の民を守って下されェ」


 もう後がないのか、馮莫突は地に頭をつけて涙ながらに懇願し始める。そして張㔨督も石勒の手を握り、どうかと頭を下げている...........



(この地を踏んでから僅か1週間しか経っておらぬのに、この胡主は儂に頭を垂れておる.............ここまで見込んでくれるのは嬉しい限りだが、どうしたものか)



 石勒は困り果てながらも元奴隷の身の自分に価値を見いだしてくれたことに嬉しさを感じていた。


「張殿と馮殿のお気持ちはよく分かりました。然れど仮に儂らがこの塢壁に篭もって晋軍を追い返すことが出来たとしても、奴らはまた攻めてきます。これではジリ貧でいずれにせよ滅ぼされてしまいます。ここは晋に勝つことが出来る勢力を頼るのではなく、晋を滅ぼせそうな勢力に頼っては如何か?」


石勒の提案に2人は眉をひそめる。


「晋に勝てる勢力などいる筈がない。他の勢力は皆、遅かれ早かれ滅ぼされているではないか どこも五十歩百歩。弱き者を頼ったところで巻き添えを食らうだけのこと」


「そうそう。どれだけ強かろうと今の晋に太刀打ち出来る者などおらぬわ。だからこそ我らは壮士を仲間に引き入れて出来るだけ足掻く他ないのだ...........」


張㔨督の言葉に馮莫突も賛同して頷く。


 現状を維持に拘る臆病者め...........石勒は心の中でそう呟いた。そして現状を打破するべく口を開く。


「ところで張殿と馮殿は并州(へいしゅう)西部の状況を御存知で?」


「ん、確か匈奴(きょうど)の連中がゴタゴタやってるのは知っている。まあ詳しいことは知らぬが..........それがどうした?」


「匈奴の単于(ぜんう)劉淵(りゅうえん)はかつて漢の劉氏と匈奴が縁戚にあったことを理由に漢を再興させて王となりました。并州に住む胡族に帰順を呼びかけ、帰順に応じる者は官位を授け、応じない者は討伐していると聞き及んでおります..........それが事実ならぱ楽平は東西から漢と晋に攻められ、お二方は身の置きどころを失うでしょう」


「そ、それは真か兄弟!? た、助かる道はないのか!? 助かる道は!!?」


驚きの余り張㔨督は手にしていた爵を落とすと狼狽えながら石勒の肩を掴んで激しく前後に揺さぶる。


「お、落ち着いて下され!! 頭が震えては話せん.............」


「おっと、これは取り乱した。すまぬ」


揺さぶりから解放された石勒は自身を落ち着かせる為に爵をあおった。


「ふぅ..........お二方が生き残るには劉淵に投降するしかないでしょう。儂が劉淵に取り次ぐ故、お二方は儂の後ろに控えていて下され」


「うむ。我は見ての通りの粗忽者だ。劉淵のような大身を前にしては粗相しちまう ここは万事、兄弟に任せるとしよう のう馮!!」


「うむ」


こうして劉淵に投降するということで話が纏まると翌朝には彼らは数千の配下と共に楽平を起った。

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