第6話 壷関の晋軍
上党郡・壷関――――――
劉曜が左国城に帰還した頃、上党郡の壷関では司馬瑜の指揮する3万の兵馬が駐留していた。
司馬瑜の主・司馬騰が選りすぐった精鋭を抱えていながら一兵も動かすことはなかった。
「司馬瑜殿 いつになったら兵を北に向けるのです!! 8月下旬よりこの壷関を任されてから早3ヶ月、我々は何もしておりませぬ」
「我らは.........まだ動くべきではない」
「ならば動くべきではない理由をお示しください!!」
司馬瑜の配下である周良、石鮮の両将は司馬瑜の煮え切らない態度にイライラしていた。
3ヶ月の間、彼らがやる事と云えば土塁を高くして堀を深くすること、そして武器の手入れぐらいであった。
「2ヶ月前 我々は拓跋部と共に劉淵を西河の地にて破った。しかし劉淵自身を討ち取ることは出来ず取り逃がしてしまった.........」
「何が言いたいのだ!!」
「劉淵は手負いの虎と心得よ。手負いの虎は警戒心が高い。奴らは今頃 巣穴からジッと此方を見つめているであろう。好機とあらば噛み殺しに来る。だからこうして守りを固めてスキが生じぬようしておるのだ」
「古来から虎穴に入らずんば虎子を得ずと云う!! このままジッとしていても虎子は得られませんぞ!!」
「ならばお二方が身を以て虎の恐ろしさを知るべきだ。城外にて兵を集めて明朝出立されるがよい」
猛将2人を説き伏せる術を持っていない司馬瑜は半ば投げやりな形で周良と石鮮を退けた。
そしてその夜、司馬騰からの使者がやって来た.........
「王命である!! 征北将軍・司馬瑜は逆賊討伐の命を受けて壷関に赴任したにも関わらず、賊を斬ることなく城に籠もりイタズラに兵糧を減らしている。よって征北将軍の地位を剥奪するものとする!! なお新たな征北将軍は聶玄とする」
「.........王命に従います」
司馬瑜は書簡を使者から受け取ると、床机の上に置かれていた印綬を使者に渡した。
3日後、新たな征北将軍・聶玄が赴任してくると司馬瑜は聶玄の副将となり、周良と石鮮は聶玄の配下となった。
将軍が替われば作戦方針も変わるもので今までの消極的な守勢とは打って変わって、積極的な攻勢へと方針が切り替えられた。
司馬瑜はこの攻勢に異を唱えたが聶玄から臆病者としての烙印を押されることになってしまった。
そして――――――
「聶玄将軍 お暇を頂きとうございます」
「何故?」
「我は司馬一族として斜陽の晋を救う為に将軍になったのです。それは貴殿も同じでございましょう」
司馬瑜は話したいことがあると聶玄を酒の席に誘った。当然これは聶玄を暗殺する為........ではなく腹を割って話す為であった。
「.........」
「国を救わんとする者に向かって臆病者と言い放つとは言語道断と思いまする。このような将軍の下では働けませぬゆえ、お暇を頂きたいと申したのです。この事で何か異論があればお聞かせ願いたい」
「フフッ 皆が皆......其方のように晋を救いたいとは思っておらんのだ」
「なんですと?」
酒を飲みながら自虐的な笑みを浮かべる聶玄。その瞳は酷く濁っていた........
「8人の愚かな王の蛮行によって民も封土も名誉も何もかも傷つき形骸と化した!! あの大乱以降、民は晋を司馬一族を恨んでおる。并州での混乱も司馬一族の失態によって起こったことだ。もはや司馬一族に従う者など天下におらん。従う者が居るとすればそれは........残った甘い蜜を吸い尽くさんとする蟲共だろう」
聶玄の言葉に司馬瑜は目を伏せた。反論する言葉が見つからなかったのだ。
初代皇帝の司馬炎が統治を放棄して2代皇帝の司馬衷が混乱を巻き起こした。その後朝政は8人の無能な諸侯王によってたらい回しにされた.........
「時が経つに連れて状況は悪化するばかりよ。其方の受けの姿勢では刻々と変化する状況の中では悪手にすぎぬ。敵は増え、味方の士気は下がるばかりだ。堕ちた味方の士気を上げるには.......非情ではあるが誰かを槍玉に上げるしかなかった.......此奴のせいで士気が下がったのだとな」
「..........」
意見の食い違いこそあるものの、2人にはある共通認識があった。
姦臣によって掌握された朝廷を救ったところで、民や天から見放された晋を救うことは出来ないと............
――――――それならぱ自分達は秦における章邯、蜀漢における姜維となり、国に殉じようと................




