第59話 接敵
――――――陽平郡
黎陽から東に進路をとった石勒軍2万8千は陽平郡と平原国の境まで来ていた。
しかし今、石勒軍の目の前には敵の大軍が展開しており「兗」「晋」「苟」と描かれた牙旗が風に靡いていた..............
「お頭、これって.............」
孔萇の顔がみるみるうちに青ざめていく。
「儂ら反乱軍にとっての死神がお出ましだ。恐らく公師藩を殺したのもあの男だろうな」
石勒は遠方に見える「苟」の牙旗を睨む。
「?」
「孔萇ッ!! お前は直ぐに桃豹と共に敵の前面を攻撃しろ 支雄と夔安を左右両翼の将として、後軍は田堪に任せつつ退路を確保させろ グズグズしてる暇はないぞ!! 急げッ!!」
石勒はにわかに焦りだしていた。総勢2万8千の内、訓練不足の新兵が2万いるのだ。つまり2万は戦力として使えず8千で万を擁する晋軍と戦わなければならないのだ.............この時、石勒は己の運の悪さを呪った。
「御意!!」
孔萇は直ぐに桃豹と共に軽騎2千を率いて晋軍に先制攻撃を行う。
自慢の巨体と大錘を手にして敵の前面を破壊する孔萇と、素早い動きで敵を翻弄して的確に間隙を突いていく桃豹によって晋軍の視線は釘付けになった。
晋軍・本陣――――――
「冀州刺史・丁紹、主の命により賊討伐の助太刀に参った」
「おぉ これは丁紹殿、お待ちしておりましたぞ」
兗州刺史・苟晞は丁紹を拱手して出迎えた。
「此度の賊は中々手強いようですな」
「うむ 賊とはいっても我らが相手してるのは公師藩の下で働いていた連中だ。つまり生き残りの猛者共と云えよう.............それで丁紹殿は如何ほどの兵を連れて?」
「1万程度です。お力になれるかは分かりませぬが、搦め手であればある程度はお力になれるかと思います」
「アハハ、1万でも心強いかぎりよ。さぁ奥に酒宴を設けておりますゆえ、飲みながら策を練るのも一興、どうです?」
苟晞は表情変えずにそういう。
表情変えないどころか糸目である為、瞳の奥に宿る喜怒哀楽さえ読めない............丁紹はそんな苟晞に薄気味悪さを感じていた。
「有り難い提案ではありますが、今は戦の最中、将軍2人が酒に酔うて指揮を疎かにして敗れれば生涯消えぬ恥となりましょう ここは酒ではなく白湯を飲みながら策を練りとうございます」
「貴殿がそのように申すならそう致そう。さぁ羹も用意してある。冷めぬ内に食そうぞ」
「...............」
法に厳格な苟晞は少しの落ち度でも斬首に処した。その為、陣営内には無数の首が晒されており血生臭さが充満していた。
苟晞は法を正しく運用して乱れた人心を正そうとしていたが、容赦ない刑の執行に人々は震え上がり、いつしか彼を ”屠伯” と呼んで侮蔑するようになっていた。




