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第57話 決別





 (ぎょう)を壊滅させた汲桑(きゅうそう)軍は大軍を以て黄河を渡り延津(えんしん)白馬(はくば)陽武(ようぶ)を攻め落とすと官渡(かんと)に迫った。





延津・朝堂――――――


「このままいけば官渡もあっという間に我がモノになる!! その後は勢いのまま許昌(きょしょう)に攻め入り司馬越(しばえつ)を討ち取ってやろうぞ」


 延津の朝堂で諸将を集めて宴を開いた汲桑は勝利を確信してそう述べた。


 初期のみすぼらしかった軍装も今やすっかり晋の正規軍と変わらぬ出で立ちで、汲桑や石勒(せきろく)を始めとする諸将の軍装は一際豪華なものに様変わりしていた。


「大将軍に申し上げます。恐れ入りながら大将軍は司馬越を誅した後、いかがなさるおつもりで?」


司馬穎に仕えていた文官が進み出てくるとそういう。


「無論、洛陽(らくよう)を攻めるまでのことよ!! 皇帝を殺して我が皇帝となり新たな王朝を開くのだよ。お前らは功臣となれるのだ。文句はないだろう?」


「大将軍はそれは間違っております。我らは王の配下でございます。王に忠義を誓い、亡き後も敬慕しております。故に大将軍のその新たな王朝を開くという考えには賛同致しかねます」


この言葉に汲桑は眉をひそめる。


「..............司馬家の天下は終わったのだ。お前らはその事を理解出来ねぇのか?」


「天命は尽きておりませぬ。特に王の仁徳はこの河北(かほく)に強く根付いております。ここは王の遺児を太子に擁立して支える事こそ天意かと思います」


「河北のみでは意味がない!! 我が狙うのは天下だ。現実を無視した訳の分からねぇ天命やら天意など関係あるか!! お前は戯れ言で軍中を乱そうとするか」


イライラが頂点に達した汲桑は爵をぶん投げて長剣に手をかける。


「し、しかしながら旗頭は必要にございます!! 大将軍は平民でございます。貴族の私共から見れば貴殿は畜生と同然。畜生を旗頭にしたところで、一体どれだけの人が集まりま................ッ」



――――――ドスッ!!



言葉の途中で文官は鋭い痛みに顔を歪める。



 視線を下に向けると腹部に長剣の切っ先が突き刺さり血が流れていた............. 



「お前ら貴族から見れば我ら平民は畜生にも劣る存在だ。だがなそんな畜生でも必死に生きてんだよ。“王侯将相いずくんぞ種あらんや“ って言葉がある通り平民から王や将になる者だっていんだよ。あまり我ら平民を馬鹿にすんじゃねぇよ貴族様よ!!」



 長剣を引き抜くと文官は糸が切れたように倒れる。汲桑は文官に目もくれず血を払うと長剣を鞘に収めるて再び酒を飲み始めた。


 衛兵が遺体を回収して宴は続行されたが諸将は呆然として誰も汲桑とは目を合わせようとはしなかった。


 司馬穎や公師藩(こうしはん)の将兵、各郡の盗賊や流民といった寄せ集めで出来ていていた汲桑軍は貴族と平民の対立が激しく、早くも瓦解しかけていた。 



対して石勒(せきろく)はというと――――――


「先生、今日はご教授いただきありがとうございます」


「いや貴公もよく学ばれた。だが胡族とは云え漢族と変わらぬ博識ぶりには恐れ入った。また声をかけてくれれば、いつでも来てやる それでは失礼するよ」


貴族は石勒に向かって拱手するとそのまま陣営から出ていった。


「お頭、どういうつもりです? 貴族共に媚びへつらって教えを請うなど............」


護衛としてついていた孔萇(こうちょう)が不満を漏らす。


「儂は文字の読み書きが出来ぬ。だが学ぶ事は好きなのだ。だからこうして貴族を度々招いては学んでいるのだ。呉子(ごし)孫子(そんし)尉繚子(うつりょうし)六韜(りくとう)は今の世だからこそ役に立つ................」


「............お頭それは飽くまで上辺の理由だろう?」 


 石勒には18人の盗賊仲間がいた。孔萇はその盗賊仲間の1人で背がデカくて肥えていた事から仲間からは孔豚(こうとん)と呼ばれていた。


「ふふふ、お前達に隠し立ては出来ぬな 実を言うと敢えて媚びてる」


「..............ッ!! お頭は分かってるのか? アイツらは我らが媚びれば媚びるほど優越感に浸って調子に乗るようなクソ野郎だ!! そんな奴等に這いつくばって媚び売って教えを請うお頭なんて見たくねぇよ!!」


顔を真っ赤にして激怒する孔萇に石勒は嘆息する。


「孔萇よ、儂はかつて(けつ)という小さな部族を率いていた身だ。その儂が貴族共に頭を下げるのだ。心中穏やかではないことは分かるであろう?」


「.............」


「この反乱は貴族の援助が無ければ成功しない。何せ相手は狡猾極まりない司馬越なんだからな。本来であれば大将軍たる兄上が積極的に貴族らと関わって交際を広げていくのが筋なんだが、まああの性分では無理だろうってことで儂がその役目を担っているのだよ...........本当は独力で司馬越を倒してやりたいが、小さい勢力ではどうにもならん」


石勒は唇を噛みしめる。


「す、すまねぇ お頭の気持ちも知らず...........あんな事を言って」


「気にするな。儂もここで終わるつもりはない。必ずや勢力を大きくしてみせる。それまでの辛抱だ」


 そういって去り際に孔萇の肩を叩く石勒だったが、“果たしてこの先、汲桑と一緒に行動して生き残れるのか“ という不安を密かに抱いていた。



そして石勒は遂に大きな決断に出る。



――――――白馬にあった陣営と1万8千の自軍を黎陽(れいよう)に移したのだ。



 これは汲桑軍と石勒軍の連絡網が分断したことを意味しており、仮に汲桑軍が援軍を要請しても石勒軍は動かないという意思表示でもあった。

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