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第56話 キングメーカー

307年6月 豫州(よしゅう)許昌(きょしょう)――――――


(ぎょう)が落とされ、弟の(とう)は賊の手によって殺された...........か 暴政を改めるようあれ程申したのに ハァ、自業自得ではあるが哀れなものよ」


 ハイライトのない瞳で書簡を見つめていた男は呆れながら嘆息した。

 長きに渡る政争によるものなのか、髪は真っ白になり頬もこけ、その様はまるで幽鬼のようであった。



――――――東海王(とうかいおう)司馬越(しばえつ) これがこの男の名である。



太傅(たいふ)様、(ぎょう)を落とした賊は刺史の石尟(せきしょう)を殺し、乞活(きつかつ)田禋(でんいん)を撃ち破って兗州(えんしゅう)に攻め入っているとの報告にございます」


傍に控えていた愛弟子の王衍(おうえん)がそういうと司馬越は書簡から顔を上げた。


「小賊かと思っておったが中々やるのぉ.........王衍よ、其方が兵を率いて討伐してきてくれないか? 私は政務で手が放せぬ」


「太傅様、この王衍は文官にございます。兵法はおろか兵書すら読んだことのない素人です」


「.............かつて(せい)田単(でんたん)は兵書や兵法に無知であった。しかし国が窮地になるや将軍となり、名将・楽毅(がくき)を謀略によって戦線離脱させて72の城を(えん)から奪い返してみせた。兵書を読まずとも知略さえあれば勝てるという例だ。君は名家の出にして聡明だ。これを機に武官になってはどうだろうか?」


「.............」


王衍は黙ってしまった。


 騒乱に次ぐ騒乱によって貴族らは面倒な事を避けて清談(せいだん)(哲学的な話)に耽るようになっていた。

 王衍もその一人で自身の才能を政治に生かそうとはせずに清談に熱中して現実逃避を続けていた。


「王衍、清談に耽るのも結構だが今は国の一大事なのだ。引き受けたくない事でもやらねばならぬのだ」


「し、しかし.............太傅は今の状況が怖くないのですか? 貴族らは今の状況に耐えられずに清談に逃げているのです どうせ遅かれ早かれ国は滅び我らは死ぬのです なら死ぬその時まで遊興に耽っていた方が平静さを保てるのです」


王衍の言い分もごもっともだと思いながらも司馬越は嘆息する。


「私とて死は恐ろしい。だがな廷臣とはその身を業火に焼かれながらも民と国と陛下のことを憂慮するものなのだ。死から逃げて享楽に耽っていては却って滅亡や死を早めるだけ.........なにも良いことはない だから私は命ある限り陛下と民に尽くすことを決めたのだ」


 このとき司馬越の脳裏には生きたまま焼かれる長沙厲王(ちょうされいおう)の最期が浮かんでいた。

 司馬越の諭すような物言いに王衍はなにも言い返すことが出来なかった。


「心配であれば私の牙旗と佩剣をくれてやる故、安心して兵を率いよ」


「分かりました 必ずや賊共を殲滅いたします」


拱手すると王衍はそのまま邸から出ていった。


 この時、司馬越は騒乱の元凶だった2代皇帝・司馬衷(しはちゅう)を正月の宴席にて毒殺すると司馬熾しばしを3代皇帝として擁立。キングメーカーとして絶対的な地位を築き上げていた。

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