第51話 汲桑
305年7月――――――
突如として主君・司馬穎を失った公師藩は旧主の復権と自らの栄華を取り戻すべく魏郡・趙国で大規模な兵乱を起こした。
魏郡には楼権、趙国には郝昌がそれぞれ5万の大軍で攻め込み、司馬越を支持する陽平郡太守・李志と汲郡太守・張延を敗死させると、かつての居城であった鄴に迫った。
―――そして河北の重要拠点・鄴を射程に入れたことによって事態は大きく動く
「申し上げます!! 主上が都督河北諸軍事・鎮軍大将軍に任じられて鄴に兵千人と共に入城したとのことです!!」
陣中で寝ていた公師藩は斥候の言葉を聞いて臥所から飛び起きた。
「なに!? そ、それは真か!? 嘘であるまいな!?」
「嘘ではござらぬ 将軍が挙兵された際に、河間王から主上に位が授けられ、参軍の盧志殿にも魏郡太守・左将軍の位が与えられおります。お二方と主上の御母堂が昨晩に鄴に入られたとのこと...........」
「フフッ ガハハハ!! これで我らの勝利は確実となったわ!! 楼権と郝昌には魏趙から広平を攻めよと命じよ!!」
「御意!!」
その日の夜、公師藩は戦勝の前祝いと称して酒宴を設けた。酒宴といっても娼妓を招いての乱痴気騒ぎに過ぎなかった................そして当然ながら全軍の警戒心はユルユルになり後ろが疎かになっていた。
そんな中、この状況を憂いだ公師藩の側近が清河国に奔った。
清河国――――――
公師藩は冀州の郡県を攻略するにあたって略奪した物資を清河国に置いていた。
騎兵500騎、歩兵1万8千余 これが清河に駐留していた別動隊の規模であった。
「そんで なんの用だ? 我が軍は公師藩からこの地を守れと言われてるんだが..............」
そして別動隊を率いる主・汲桑は公師藩の側近に対して酷く不機嫌な態度をとっていた。
「今、陽平に駐留している本軍は戦勝の前祝いと称して大酒を食らい、娼妓を犯したりと戦場とは思えぬ状況にございます。この有様で敵に夜襲でもされれば我が軍は崩壊してしまいます。そこで恐れ入りながら汲桑殿の兵を本軍にまわしては頂けないでしょうか............」
公師藩の側近は平伏せるながらチラチラと汲桑の様子を窺っていた。
「どれくらいだ?」
「半数は必要かと思います」
“主がバカだと苦労するな..........“ 汲桑は側近に聞こえぬようにそう呟くと腰に佩いていた長剣を引き抜く。
「え?」
汲桑の独り言に反応した次の瞬間、側近の首が宙高く舞う。憐れにも何が起こったのか理解出来ぬまま側近は骸と化した。
骸を見下ろしながら血の付いた長剣を払うと鞘に納める汲桑............
「フッ、戦勝の前祝いのお陰で統率が利かねぇから助けてくれだァ? 笑わせんな!! あの兵は我らのもんだ てめぇら貴族共の身勝手に付き合わせていいもんじゃねぇんだよ.............」
彼は元々茌平の地で牧場を経営していた庶民であった。それが乱世に乗じて500頭の馬と同じ牧場仲間を引き連れて公師藩の部将となり今に至る。
「これであのクソ貴族とはおさらばだ.............㔨!! 㔨はいるか!?」
数里先でも響き渡る大音響に陣幕外で馬が一斉に嘶き、兵らが動揺する。
“㔨“と呼ばれた男は陣幕内に入ってくるや汲桑の前で跪く。
「いかが致しましたか御主人様............」
「㔨、お前はもう奴隷じゃないんだ 御主人様と呼ぶのはもう辞めろ それにお前と我は義兄弟の誓いを交わした仲、そう畏まられてはやりずれぇんだよ」
「申し訳ない どうも奴隷気質が抜けないもので............」
㔨は全身黒い鎧に身を包み、顔も面頬で覆われている為に表情が全く読み取れない。
「まあいいや 㔨、ここから茌平に撤退すんぞ いずれ公師藩は破れる その前にここから撤退して再起を図るぞ」
「分かった 直ぐに兵をまとめよう。殿は儂にお任せを」
それだけ言い残すと㔨はそそくさと陣幕から出ていった。




