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第52話 石勒と名乗る





 汲桑(きゅうそう)の予想通り公師藩(こうしはん)の主力は壊滅した。





 都督(ととく)冀州(きしゅう)諸軍事(しょぐんじ)司馬模(しばも)が派遣してきた趙驤(ちょうじょう)馮嵩(ふうすう)に背後を突かれて敗走したのだ。


 公師藩は兵を立て直す為に広平郡(こうへいぐん)から鉅鹿国(きょろくこく)に移動、それに伴って魏郡(ぎぐん)趙国(ちょうこく)に進駐していた楼権(ろうけん)郝昌(かくしょう)も鉅鹿国へ撤退した。



陽平郡(ようへいぐん)茌平(しへい)――――――


「やっぱり陣中より我が屋の方が落ち着くなァ」


「兄上、粗酒粗肴を持ってきたぞ」 


 道中、何度か敵に追撃されるも何とか振り切って茌平に帰ってきた汲桑と(べい)は兵を一旦解散させた。そのため今、茌平には騎兵10騎と㔨の盗賊仲間18人しかいない。


「㔨、お前も飲め 束の間の休息ってやつだ 今の内にやりたい事やっておかねぇと後悔すんぞ」


「..............」


そういって汲桑は㔨に杯を渡すと並々と酒を注いだ。


「これからどうすりゃいいか...........」


「兄上が頭領になればいい 兄上が決起すれば公師藩以上の兵が集まる なれば儂の仇討ちも容易になる」 


「そうだったな お前の仇はまだ生きてるんだよな............東嬴公(とうえいこう)司馬騰(しばとう)か ここから晋陽(しんよう)を攻めるのは容易じゃねぇな」


 㔨は元より羯族(けつぞく)という小さい部族を束ねていた父の子として生まれ、乱暴で人望のない父に代わって部族を率いていた。


 しかし并州(へいしゅう)で飢饉が起きると部族は離散して㔨自身も食糧を求めて放浪する羽目になった。

 更に悪運は続き、司馬騰が派遣してきた郭陽(かくよう)張隆(ちょうりゅう)の両将に捕まり奴隷として茌平に売り飛ばされてしまった。


 売り飛ばされてた先の主人・師灌(しかん)は㔨を見るなり “この男は人の下につくような器じゃない いずれ大事を成し遂げるかもしれない“ と感じ入り奴隷から解放してやった。それ以来、㔨は自分を奴隷の身分に叩き落とした司馬騰の仇討ちを狙っていたのだ。


「晋陽を攻めるには壷関(こかん)から上党(じょうとう)を抜けて太原盆地(たいげんぼんち)に入る道と、魏郡から河内(かだい)を通り抜けて河東(かとう)に入り、介休(かいきゅう)から太原盆地に至る道がある」


「なぁ㔨、どの道も現実的じゃねぇよ 壷関には名将って噂高い司馬瑜(しばゆ)がいる 突破は難しいだろうに............更に魏郡から河内は遠回り過ぎて軍が持つか分からん まあ司馬騰の野郎が何かの間違えで(ぎょう)やらに来てくれれば討てるんだがな」


汲桑は一気に酒を飲み干すとそう吐き捨てる。


「天下が大きく動いてくれればな.............儂のような小さい勢力はボコボコいるのに、晋を揺るがすような大勢力は未だ現れてない このままじゃ潰されてお終いだ」  


「我はお前がその大勢力になるんじゃねぇかと思ってるんだが、元よりお前は羯を纏めていた男だ。人を束ね、掌握する術は我よりお前の方が優れてると思う」


「羯は小さい部族だ 大勢力にはなれない.........だから誰かに付いていくしかないのだ」


「.............㔨、付いていくなら我ではなく他の勢力の方がいい 我は何処かでしくじる気がしてよ お前の期待に応えられねぇかもしれねぇんだ」


普段は豪快な汲桑の顔に影が差す。


「そんなことはない 失敗したならまた這い上がればいい 先人達もそうやって何度も繰り返してのし上がってきた」


「ふふふ、アハハ!! まったく強いなお前は..........我には無い強さだ 乱世で生き残れるのはお前だ間違いない そこでだ!! 乱世で生きに抜く上で姓ってのは大事なもんだ 姓が無けりゃのし上がるのに何かと不便だ...........だから姓を与えてやるから、今日からその姓で生きろ」


「.............」


汲桑は筆を手に取ると木簡に何かを書く。



「これでよし!!」



書き終わるとそれを㔨に渡す。しかし文字が読めない彼は首を傾げる。



「 “石勒(せきろく)“ それがお前の新しい名だ 羯族は石国から中華に入ってきた由来があるから姓は石、勒には “おさめる“ って意味がある 離散した部族を纏め、いずれはこの乱世を平定して天下を治めてくれ」



“㔨“ 改め “石勒“ は静かに頷いた。

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