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第50話 成都王からの書状

 



 305年―――この年は離石(りせき)の民にとって厄年となった。




 天候不順によって作物が穫れず、人々は飢えに苦しんでいた。ありとあらゆる草木や農耕に使う牛や馬さえも殺して食糧とした。

 しかしそれでも食糧は足らず、遂には餓死者の屍肉を貪るに至っていた。



 この状況に大司農(だいしのう)卜豫(ぼくよ)は食糧倉を解放して炊き出しを行わせるも焼け石に水で終わった。



「大王様、城内の食糧が底をつきました..........他から食糧を調達しない限り、状況が好転することはないでしょう」


「ハァ..........卜豫よ 言葉を濁さずハッキリ申したらどうだ? 調達ではなく略奪であろう」


「..............」


 仁政第一を謳う劉淵(りゅうえん)に真っ向から “略奪して食糧を得ろ“ とは言えず卜豫は俯いていた。


「今は非常の時、綺麗事は言ってられん 食糧を集めよ!!」


「............では手配致します」


 今の離石は敵に攻められれば陥落する恐れがあったことから劉淵は劉宣(りゅうせん)に命じて遷都の準備をさせた。

 さらに食糧を略奪する為に部隊を編制させると晋軍の食糧倉を襲撃。強奪した食糧は離石へと運ばれた。



305年7月 新都・黎亭(れいてい)――――――


 晋軍から食糧略奪を続けて一月が経過した。卜豫の絶え間ない食糧供給によって徐々に離石の飢饉も収まりつつあった。

 もう離石に戻っても問題ない状況だったが劉淵は戻らなかった。


「漢王様に申し上げます!! 趙国(ちょうこく)魏郡(ぎぐん)にて大規模な兵乱が起きました!!」


 急報を伝える兵が朝堂に来ると、諸将は大きく同様した。何しろこの黎亭は魏郡や趙国から近いのだ。

 しかし劉淵本人は落ち着いていた。動揺を見せるどころか、何処かホッとしているようでもあった。


「誰が乱を起こした?」


公師藩(こうしはん)という者です!! 既に陽平郡(ようへいぐん)汲郡(きゅうぐん)の太守を殺して(ぎょう)に迫っているとのことです」


その言葉を聞いた諸将の響めきはより一層強くなる。


「静まれ!! 兵を預かる者がかような変事に動揺していては話にならんぞ!! 呼延翼(こえんよく)はおるか!?」


劉淵の声を聞いて1人の老人が諸将の列から出てくる。


「ここに!! 何なりとお申し付けを!!」


「呼延翼よ 其方、公師藩の陣中に使者として行ってはくれまいか?」


「御意 して用向きは?」


「公師藩にこう伝えよ “我と将軍は共に成都王(せいとおう)に仕え、苦楽を共にした仲、此度の義兵決起は失脚した成都王の復権の為とお見受けいたす 我、淵は直ぐさま駆けつけ助太刀致したいところではあるが、河東(かとう)からの敵を警戒せねばらぬ故、助太刀叶わぬことお許し頂きたい“」


「分かりました そのようにお伝えいたします」


呼延翼は朝議が終わると直ぐに黎亭を発った。



回廊――――――


元海(げんかい)よ お主、まだ成都王に未練があるのか?」


「どうしたのだ丞相(じょうしょう) 何故、急にそのような事を............」


朝議の後、回廊を歩く劉淵を劉宣は呼び止めた。


「いや未練などない」


「嘘をおっしゃい!! ならば何故、わざわざ公師藩の元に遣いなんぞ送るのじゃ そもそも公師藩の敵は司馬越(しばえつ)とその兄弟じゃ 我々漢軍の敵も同様。我らと公師藩はぶつかることはないのじゃ それくらい元海にも分かっとるはずじゃ.............よもや公師藩を通して成都王の配下に復帰しようとしてるのではなかろうか!!」


劉宣が詰め寄ると劉淵は顔を逸らす。


「アハハ...........まったく長老殿に隠し事は出来ぬようだ」


「.............ほぉ隠し事とな」


「密かに成都王と書状とのやり取りをしておる..........昨年から成都王から頻繁に書状が届いておるのだ」


「昨年といえば成都王が失脚して長安(ちょうあん)に連行された時期ですな して書状の内容は?」


「己の今までの醜態を悔いる内容だ。王族でありながら乱を拡大させたのは自分の責任だと、そしてわしへの感謝の気持ちが綴られていた.............」


劉淵は涙ぐんでいた。


「何故、涙を流す? 彼奴は匈奴(きょうど)を利用し続けた張本人ですぞ」


「長老殿は長らく匈奴にいたから成都王の性格を知らぬのだ。あの方は他の司馬氏の連中とは違っていた 文盲で学識は無かったが素直で義心が強くて可愛げがあった...............無論、文盲でありながら学ぼうとする姿勢もあった。だがその素直さが仇となった」


「素直さが故に決断力に欠け、佞臣(ねいしん)の増長を招き、自身も佞臣共の餌食になり悪い遊びを覚えてしまった...........そうであろう?」


「最期まで支えてやりたかったが、どうにもならなかった............だからせめて書状のやり取りくらいはと思ってな」


劉淵は袖口で涙を拭う。


「気持はよう分かる 然れど今は漢という家を支える大黒柱じゃ 書状のやり取りが諸将に発覚しては面倒であろう............以後は慎みなされ」


「うむ」



 “今は失脚して長安にいるが、いつの日か勢力を盛り返す時が来よう 河北(かほく)に私の配下がいるが、時が来たら乱を起こすだろうからそれを合図に挙兵してもらいたい 不甲斐ない私であるが、もう一度力を貸してくれないか 私の為にも、晋の為にも―――――“



劉淵が懐に隠していた書状にはそう綴られていた。


「殿下、申し訳ございません..........わしには護るべき仲間や子がいるのです お力にはなれません どうかお許しを――――――」


劉淵は虚空を見上げるとソッとそう吐いた。

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