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第49話 漢軍、晋陽で敗れる

離石(りせき)・将軍府――――――



「そうか、終わったか.............」



 劉暉(りゅうこん)が寄こしてきた書状に目を通していた俺は溜息をつく。

 この怪我が無ければ今頃は前線の将兵と共に勝ち鬨を上げていたはず、それが怪我のせいでこの有様だ。


「劉暉殿からの書状ですか?」


「あぁ、漢軍の大勝だとよ これで并州(へいしゅう)の晋軍は壊滅したも同然だ 明後日もすれば晋陽(しんよう)陥落の報せも届くだろな」


俺は読み終えた書状を(すい)に渡す。


「................それはどうでしょうか」


「ん? 漢軍は晋陽を落とせないとでもいうのか?」


「ふふふ、残念ながら今の漢軍では晋陽を落とすことは叶わないでしょうねぇ」


書状を畳みながら薄ら笑いを浮かべる俺の嫁............


「何故?」


「何故ってそれは漢はこれまで太原(たいげん)の南や上党(じょうとう)でしか勢力を拡げていないからよ 太原の北側はまったくの手付かずじゃない?」 


「..............確かにそうだな 確か前に父上が拓跋(たくばつ)の兵にやられてから北に兵を出してないって言ってたな」


「それじゃ北の民は晋と漢どちらを選ぶと思う?」


「天下がこんな状態になったのは司馬一族のせいだ。当然、民は漢につくだろう 考えるまでもないな」


得意満面にそう答えたが翠は首を横に振る。


「違うのか?」


「えぇ、私達はあくまで夷狄(いてき) つまり漢人から見れば獣と同様の存在 いくら人間らしい振る舞いをしたとしても、その行動は蛮族丸出し...........素直に漢の支配を受け容れるとは考えにくいわ」


「り、離石や大陵(だいりょう)京陵(けいりょう)介休(かいきゅう)は漢の支配を受け容れたぞ」


「それは漢が強くて恐ろしいから仕方がなく従っているだけよ 仮に今、晋陽を攻めたとして失敗すれば民は漢を見限り晋につくのは目に見えてること...........旦那様、もし王様が晋陽攻略を言い出したら何としても止めるべきです」


「..............うむ」


 それから3日後、劉欽(りゅうきん)らが離石に凱旋、更に離石の西側を守っていた劉和(りゅうか)、北を守っていた綦毋豚(きかんとん)が相次いで到着。

 民は漢軍大勝を大いに喜び、各地で祝い酒や豪勢な料理が振る舞われた。



離石・朝堂――――――


「皆の者、此度はようやってくれた!! この劉淵(りゅうえん)、心より感謝申し上げる」


 百官が離石の朝堂に集う中、劉淵はそう述べると杯に入った酒を飲み干す。

 敵主力を破砕し、国を救ってから飲む勝利の美酒に諸将らは舌鼓を打った。


 祝宴も半ばに達した頃、諸将は “いつ洛陽(らくよう)を落とすか“ いつ司馬一族を討つことが出来るか“ と語り始めた。


そんな中、太尉・劉宏がを口を開く。


「大王様、これで并州の晋の主力は綺麗サッパリ消え失せました。ここで提案なのですが晋陽を攻めては如何か? 」


「左様、太尉(たいい)殿の申される通り晋陽を攻めるべきです 今なら晋陽の士気も落ちております 更に司馬騰(しばとう)もその配下の武将も混乱していることでしょうし今が好機かと...........」


丞相(じょうしょう)劉宣(りゅうせん)を始めその場にいる皆が劉宏の意見に賛同する。


「そうだな ならば并州攻略の総仕上げといこうじゃないか!! 綦毋豚に兵2万、劉宏に兵5万を預ける。綦毋豚は晋陽を包囲し、劉宏はその援護にあたれ」


「「御意!!」」


 祝宴が終わると2人の将軍は兵を率いて離石を出陣していき、劉淵、劉宣は城壁の上から彼らを見送った。


「大丈夫だろうか.............」 


「何を心配しておる 我ら漢軍はもう無敵の状態、鎧袖一触であろうに」


「.............だといいが」


劉淵はそっと懐から書状を出すと劉宣に手渡す。


「?」


「諸将は晋陽攻略に賛同したが、1人反対する者がいた それは反対する者が書いたものだ」


劉宣は渡された書状に目を通すとフッと笑った。


「アハハ 劉曜(りゅうよう)将軍は此度の戦で負傷され少し怖じ気づいているようじゃな」


「戯れ言はよせ 永明(えいめい)とて阿呆ではない 何か気にかかるのであろう」


 劉曜が寄こした書状にはこう記されていた “王齕(おうこつ)王陵(おうりょう)邯鄲(かんたん)攻略を顧みるべし“ と...............


「大王、秦の白起(はくき)が長平の後、なぜ邯鄲を攻めなかったかご存知か?」


「白起は敵の心中を突いて勝利を得ていた。長平で(ちょう)は兵の大半を失った。然れど邯鄲には “秦の支配を嫌がる者“ や “秦を憎む者“ などが大勢いた。白起はそれらを加味して今、邯鄲を攻めても抵抗に遭って落とせない、最悪の場合、合従軍が到着して大敗する可能性すらある...........そう考えて邯鄲攻略を反対したのであろう」


「その通りじゃ 劉曜将軍はそれを危惧している。然れど心配は無用、太原盆地の南門・介休や東の上党(じょうとう)には備えを置いておる 更に北の新興(しんこう)には綦毋豚が築いた砦がある。この危惧は杞憂という訳じゃ」


この言葉を受けて劉淵は納得する。


 しかしその2週間後..............6月初旬に晋陽を取り囲んだ綦毋豚は晋陽の高い城壁と深い空濠、城兵の抵抗に阻まれて苦戦。


 そしてその隙を突いて南下してきた拓跋猗㐌(たくばついい)の騎兵数千の強襲を受けて壊滅してしまった。 

 綦毋豚は防戦するも討ち死に、その報告受けた劉宏も晋陽の包囲を解いて撤退したのだった。 


 この敗戦によって漢に帰順していた官民が動揺を起こし、再び離石が危険に晒されたことから臣下らは遷都を進言、劉淵は渋りつつも上党の黎亭(れいてい)に都を移すのであった................. 

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