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第46話 司馬瑜、自害する

 戦が始まってから4日が経過した。戦況は相変わらず一進一退が続き、双方の兵は疲労が溜まり、戦傷者も日増しに増えつつあった..............


(いくらなんでも時間が掛かりすぎだ。当初の予定では3日で関を抜き、2日で離石(りせき)を落とす算段だった............まさかここまで足並みが揃わないとはな)


晋将・司馬瑜(しばゆ)は静かに混乱していた。

 短期戦で押し込むつもりが全軍の足並みが揃わず、更に寄せ集めということもあり個々の戦力もバラバラで挙げ句の果てには派閥争いも起きていた。

 

「申し上げます 李惲(りうん)薄盛(はくせい)の両名から兵糧の催促がきております」


「送ってやれ.............」


「恐れ入りながら申し上げます。我が軍は大軍ゆえ兵糧に余裕はありませぬ。あの両名は南道を守ると言いながら上は将から下は一兵卒まで朝から晩まで酒を飲み飯を食らっております。かような輩に兵糧など無駄かと..........」


送ってやれという言葉に伝令が難色を示す。


「送らなければ奴らは乱を起こすだろう。乞活(きつかつ)など盗賊と何なの変わりない連中だ。我々のような義や仁といった類で繋ぎ止められるような輩ではないのだ。奴らを味方にした以上、奴らの要求を拒んではならぬのだ」


「そ、そんな馬鹿な話が...........」


「そんな馬鹿げた話がまかり通るような世の中になってしまった............という訳だ。兎に角、乱を起こされては戦が出来ぬ、いくらか酒と肉を持っていけば黙るだろう。それより問題なのは漢軍に汾城(ふんじょう)の存在がバレることだ」


「ひ、兵糧ですか?」


「そうだ。あの城には大軍を賄う兵糧が蓄えてある。当然ながら漢軍は四方に斥候を放って兵糧庫を探してるはず、何せ今の状況をひっくり返すには兵糧庫を焼き払うのが手っ取り早いからな」


「..............我らがあの関を抜くのが先か、それとも敵が兵糧庫を突き止め、焼き払うのが先か ということですか」


伝令の言葉に司馬瑜は頷く。



――――――汾城


 司馬瑜の懸念していた通り、兵糧庫である汾城は漢軍の奇襲を受けて蜂の巣を突いたような騒ぎとなっていた。

 奇襲部隊の主将・劉盛(りゅうせい)は夜陰に乗じて汾城の南門から攻め込むと、手当たり次第に火を放ち兵糧庫を破壊していく。


「一粒たりとも残すな!! 全て灰にしてしまえ!!」


燃え盛る炎の中、劉盛は鎧も身に着けず馬上から指揮棒を振るっていた。


 汾城の守将は混乱する陣中を鎮めながら駆け回るも無惨にも漢兵に殺された。

 ありとあらゆるものを焼き捨てられた汾城は夜明けには灰燼に帰していた。



――――――汾城が陥落した その報せが司馬瑜の元に届けられると彼は膝から崩れ落ちた。



 そして遂に心労によって病を得ると指揮権を副都督の司馬虞(しばぐ)に譲った。


(兵糧が無くては戦が出来ぬ しかもあの兵糧は民が寝食を削ってまで用意してくれたもの 仮に勝てたとしても民に申し訳が立たん くっ、何もかもお終いだァ..........)


司馬瑜は正座しながら項垂れていた。


「いっその事.............師の元にいくのもアリか」


チラリと机の上に置いてある刀子(とうす)に目をやる。


 師とは琅邪武王(ろうやぶおう)司馬伷(しばちゅう)のことで、彼は三国最後の国・()を征伐して大将軍に昇った人物だ。皇族でありながら驕るようなことはなく、その人格から慕う者が多かった。

 司馬瑜はそんな司馬伷に師事し、司馬伷もまた司馬瑜を愛弟子として有りと有らゆることを教えた。



――――――瑜は朝廷に仕えることなく、琅邪の地にて隠棲すべし。生を全うしたいのであれば朝廷からの招聘を受けてはならぬ。



これが師の遺言であった。


 しかし愚かにも司馬瑜は朝廷に出仕、そのまま司馬越に気に入られて彼の幕僚となってしまった。


「..............国が壊れゆく様を見せつけられてノウノウとしていられなかったのだ」


司馬瑜は刀子を首筋にあて虚空を見つめる。



(師よ 無理に戦を起こし、民を苦しめた不届き者をお許し下さい)



首をかっ切ろうとしたその時、伝令が駆け込んできた。


「だ、大都督!! 何をしているのです!?」


「...............ッ!!」


自害を止められた司馬瑜は刀子を捨ててヘナヘナと床に座り込む。


「自害しようとするとは.............どうなさったのです?」


「ハァ.............いや何でも無い。それより何かあったのか?」


晋陽(しんよう)から使いが来ており、大都督にお目通し願いたいとのことです」 


「使いは誰だ?」


田甄(でんしん)殿と田蘭(でんらん)殿にございます。あと衛兵が100名程.........」


伝令は不安げにそう答える。


「そうか...........ならば着替えなくてはなるまい この格好では礼を失す」



そういうと司馬瑜は鎧を着て外套を羽織ると使者を迎え入れた――――――



「田甄、久しいな 東嬴公(とうえいこう)はお変わりないか?」


「至ってお元気でございます。そういう貴殿は少し衰えが見えますな」


田甄と田蘭は陣幕に入ると司馬瑜の目の前で拱手した。


「軽口はよせ それで東嬴公から何と?」


「率直に質問するが、貴殿に謀反の疑いがかかっている事はご存知かな?」


「................謀反?」


并州(へいしゅう)各地の賊軍を瞬時に征伐してのけたあの名将・司馬瑜が、不遜にも「漢」を僭称する胡軍相手に苦戦しているのは訳がある。司馬瑜は既に斜陽となりつつある晋朝を見限っており、密かに胡軍と通じて東嬴公を滅ぼす下準備をしている。さらに東嬴公を滅ぼした暁には(ぎょう)を含む東側を胡軍にあげ、晋陽を含む西側を我が物にしようとする密約を結んでいる..............とそのような話が晋陽の内外に広まっているのだが、どうか?」


 田甄の言葉にしばらく呆気にとられていた司馬瑜だったが程なくして破顔一笑した。


 いつも鬱々としていて笑みを浮かべることがない、笑ったとしても口角を少し上げる程度の司馬瑜が腹を抱えて笑っている..............田甄や田蘭は勿論のこと、陣幕の外に控えていた衛兵らもギョッとして中を覗き込む有様であった。


「な、何を笑っておられるか?」


「ふふっ、これが笑わずにいられようか 根も葉もない戯れ言を真に受けようとは世も末よ 私は生涯に渡って晋室に忠誠を尽くしてきた琅邪武王の弟子だ。国が傾いたからといって賊に通じて州の切れっ端を得ようなどとは思わぬ」


「言い訳は晋陽の地下牢で聞こう 我らは役目を果たすまでのこと 東嬴公からの命である!! 大都督・司馬瑜は賊と三度交戦するも全ての戦役に負けて数多の将兵と兵糧を失った。その上、不利とみるや賊と通じて己の保身を図るは不忠の極み よって大都督を解任し、壷関(こかん)の地を取り上げるものとする。なお後任の大都督は田甄とする 以上!! 衛兵、この者を捕らえよ!!」


 田甄の背後にいた衛兵が司馬瑜を取り囲む...........いよいよ最期の時、そう悟った司馬瑜は長剣を引き抜くと首にあてがう。


「田甄よ 東嬴公に司馬瑜は自害したと伝えて下され この私が罪人として処されることで、私を重用してくれた師の名を辱めることになる..............弟子としてそれは出来ぬのだ それから、私が自害した後顔には白いに布をは被せてくれ」


「な、何故か?」


「師の遺命に叛いて朝廷に仕えた結果、この有様だ。あの世にいって師に合わせる顔がないのだ」


「御意」


その返事を聞くと司馬瑜は自害した。遺言通り顔には白い布がかけられた。遺体はそのまま棺に納められて壷関に送られた。

 そして全軍には司馬瑜が心労のあまり発病してそのまま息を引き取ったと通達された.............


 しかし司馬瑜を消し去ったことで司馬瑜を慕っていた司馬虞(しばぐ)簫叡(しょうえい)周宋(しゅうそう)石宇慶(せきうけい)と東嬴公・司馬騰(しばとう)とその兄弟に付き従う将との間の溝は更に深まってしまった。

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