第4話 晋臣から漢臣へ
「お初にお目にかかります。楽浪郡・朝鮮県令の崔岳と申します」
漢王・劉淵の目の前で恭しく礼をする崔岳.........
「崔岳殿......確か朝鮮県令になる前は烈湣公、大司徒であられたか」
「左様。まあ大司徒については朝鮮に赴任する際に贈られた官位だ。全く洛陽にいる内に命じてもらいたかったものだが叶わなかった」
そう崔岳は元々、洛陽の朝廷に仕えていた人物。志が高く、八王の乱によってガタガタになってしまった朝政を立て直せないか模索していたという。
しかし体制を維持したい貴族達にとって崔岳のような改革派は邪魔な存在に過ぎず結果、地方に左遷となってしまったという.........
「それで永明よ この者を推挙致したいということか?」
「彼女は元晋の官吏でありますが、乱れた世を変えたいという志高き官吏に御座います。登用して損は無いかと思います」
「分かった登用致そう。されど我の配下になることは許さぬ。永明の下につけ。その方が崔岳殿にとっても気が楽であろう」
(なるほど反発を避ける為か.........父上の元で仕えれば元晋の官吏だった崔岳は間違いなく家臣達から命を狙われる。だから俺に預けるという訳か............となると何れは俺が崔岳に官位を与えなければならないのか)
恩義を受けた以上、それなりの恩義で報いなければならない.........プレッシャーを感じて冷や汗をかく俺に対して、崔岳は覚悟を決めているらしく、彼女の美しい瞳には一点の曇りも無い。
父との対面を終えると俺と崔岳は太極殿の客間に通された。
何せまだ住む屋敷が定まらないという訳で急遽この客間が寝床として宛がわれたのだ。
「劉曜殿、漢王への取り次ぎ感謝致す。この崔岳、微力ながら終生、貴殿にお仕え致す所存にございます」
「何だ 急に改まって、アンタらしくねぇから止めてくれ。俺にはアンタから貰い受けた恩が大量にある。衣服、食べ物、銭、諸家の書物――――――数え切れねぇくらいだ。今こそこの大恩を返さねぇで何時返すんだ?」
客間に入るなり水臭いこと言う崔岳。
「恩返しなんて.........私は晋に仕えながらも実力を発揮出来なかった無念がある。だから君には私と同じ思いなどさせたくない。だから恩返しなど気にせず、全力で生きたまえ」
「.........」
――――――その無念、いつかこの俺が晴らしてやります.........
俺はそう心に誓うと寝床にありついた。
――――――太極殿・大広間
劉曜が去った後、劉淵は玉座に腰を下ろして物思いに耽っていた。
(太原・上党の平定を劉曜に任せたは良いが果たして彼奴に出来るだろうか.........もし精兵を失えば漢は晋を滅ぼすこと叶わず、逆に晋に滅ぼされてしまう。かと云ってわしが援軍を率いて出しゃばる訳にはいくまい)
「これ誰か!!」
「いかがしました?」
「2日前から王弥が来ているであろう?」
「はい。惤県の県令の使者として来ております」
「呼んでまいれ」
「はっ」
間もなくして呼ばれた王弥が大広間にやって来た。
身長2mの厳つい熊ひげ男は劉淵を見るなりその厳つい表情を和らげる。
「よぉ 元海。いや今は漢王って呼んだ方がいいか?」
「ふっ 公の場では漢王、こうして2人で話す時は元海でよい。わしとお前の仲だ。気張る必要はあるまい ところで惤県の劉柏根という者がわしに帰順したいといっておるそうだな」
「あぁ 晋の暴政で徐・青の民は生きるのも地獄、死ぬのも地獄の状況でよ。その状況に見かねた県令が反晋の旗を掲げたって話だ」
「なるほど、それでわしに後ろ盾になって欲しいというのだな?」
その言葉に王弥は頷くが、劉淵は眉をひそめる。
「王弥よ わしとお前は孫伯符・周公瑾の仲同然 わしが洛陽にいた頃ならば、喜んで後ろ盾となり力を貸したであろう。
然れど今は大漢を興し王となった。無数の民を抱える大身として私情で国を危険に晒す訳にはいかぬ。
更にいえば晋は衰えたと云えども并州に司馬騰がおり、幽州には王浚、兗州には苟晞がおる。わしには劉柏根がこれらの勢力を相手に勝てるとは思えぬのだ。どうであろうか?」
「まァ 実のところオレも成功するとは思っちゃいねぇよ。たとえ数万の兵が集まったとしてもそれは烏合の衆に過ぎん。陳勝呉広にすらなれんだろうよ」
「敗れると分かっていて何故、劉柏根に味方する?」
「恩を返す為さ 王一族の落ちこぼれを拾ってくれたのが今の県令さ どんな糞野郎でも一飯の恩は返すものよ まあ事情が事情だから後ろ盾になれないってことは県令に伝えるわ」
「うむ すまないな王弥」
王弥..........彼の経歴をザッと紹介すると祖父は魏で玄菟太守、晋では汝南太守となった人物で王一族は代々太守を輩出する名門の家柄だった。
王弥自身は名門の家柄に馴染めず早くから都の洛陽に出て游侠の徒と交流をもった。
しかしその奔放ぶりから一族に相応しからずという理由で追放された彼は故郷の東萊へ戻るも貧困に苦しみ、賊となりて東莱を荒らしていたところを劉柏根の軍に鎮圧されて捕縛。そのまま劉柏根に投降して以降、彼の右腕として働いていた。
「まあオレの身の上話はこれでお終いにしてと...........今度は元海の番だ。オレを呼んだからにはそれ相応の理由があるんだろう?」
「わしの千里駒・劉曜がようやく戻ってきたのだ」
「劉曜..........あぁ確か洛陽で罪を犯して朝鮮に逃げたって奴か。なんだ元海の知り合いだったのか。盗賊仲間から聞いた話じゃ 朝鮮で行き倒れ寸前のところを女に拾われてヒモとして暮らしていたとか............元海まさか、そんな奴に漢の精兵を与えて晋を討たせようなんて考えてないだろうな?」
「いくら親友でもわしの子を馬鹿にするのはどうかと思うが......... まあ端から見てわしの子・劉曜は女人の如き容姿で軟弱者かもしれぬ されどその内は関羽・張飛と同じく勇猛だ。見くびるでない」
子(養子)を馬鹿にされて頭に血が上る劉淵であったが、他者から見ればあながち間違ってもない事も確かであった。
「見くびるか見くびらないかは戦の働き次第で判断するさ で、オレにその劉曜とやらの補佐をしろと?」
「うむ 後詰めとして兵1万を率いて大陵に赴いて欲しいのだ。劉曜も万が一に備えて兵を大陵に置くとは思うが少数であろう そこを晋軍に突かれては一大事、故にお前に守りを頼みたいのだ」
「分かった。ただ見返りは後でキッチリ頂くぞ」
それだけ言い残すと王弥はそれじゃと手をヒラヒラさせながら広間から出ていった。




