第36話 諌言の士
「申し上げます!! 大陵から西の陽邑が陥落!! 敵は明日にでも大陵に達する見込みでございます!!」
離石で穏やかに暮らしていたある日、大陵から東側を巡回していた斥候からそんな報せを受けた。
「直ぐに王宮に行くぞ 漢王から出陣の許可を貰わねば 翠!! 鎧をこれへ」
「はい旦那様」
鎧を着て深紅の外套を羽織ると神剣を片手に邸を出て王宮へと向かった。
王宮へ到着すると既に百官が揃っており、俺は神剣を宦官に預けると靴を脱いで百官の列に並んだ。
「晋軍が再び我が漢の領土を侵していると報せを受けた............丞相!! 皆に説明をしてやれ」
「御意」
漢王の隣にいた丞相・劉宣が前に出てくると手にしていた書簡を広げる。
「今より2週間前、屯留・長子の2城が陥落したのを皮切りに、陽邑とその周囲20の砦が落とされておる 更に左国城の北からは拓跋が、南の河東、西の高奴からも兵が動いているという報せがある」
晋軍が漢を全力で潰しにきた――――――劉宣の言葉にその場にいる百官全てがそう感じ取っていた..............
そして1人の文官が漢王の前に進み出た。
「王様、丞相の言葉が真であるならば敵の総数は50万を超えるかと思います 対して我々は此度の晋軍の攻勢によって少なくない損害を被っており、出せる兵も限りがございます...........それ故、此度は晋陽にいる司馬騰に投降して、時期を待って再び兵を挙げるのが宜しいかと思います」
「..............そうだな わしもこれ以上の犠牲を出しとうない 大志は次代に託すのもありかもしれぬ」
突如として弱音を吐く漢王に劉宣や劉宏らがギョッとした表情を見せる。
漢が晋に戦を仕掛けてからというものの、ここ数ヶ月間ずっと一進一退が続いており、思うように勢力の拡大が出来ていなかったのだ。
(父上.............もう歳も歳で体にガタがきてるのはよく分かる でもここで晋に投降したら今まで戦って死んでいった者達の思いを無駄にすることになるんだぞ)
誰か父上を説得してくれ..............そう心の中で叫んでいた矢先、文官の列から1人の中年男性が漢王の前に出てきた。
「漢王様、投降なんぞ以ての外でございますぞ!! 仮に投降したとしても首と胴が離れるのは必定!! 漢王はそれを理解しておいでか!!」
「長宏よ それはよう理解しておる。然れど漢を興してから早1年が経つというのに并州すら平定出来ておらぬではないか このままでは犠牲が増え続け、押されに押されて漢は晋に磨り潰されしまうぞ」
「少し前は晋を滅ぼすと意気込み、行き詰まったら投降しようとする.............まったく右にフラフラ、左にフラフラと困ったお方よ 漢の王ならば王らしくなさいませ!! そのような態度は却って臣下に不信の念を抱かせますぞ!!」
長宏と呼ばれた男は漢王の煮え切らない態度に激怒した。
長宏とは陳元達の字のことで、彼は直言の士として知られている人物だった。
「...............うっ それは――――――」
「漢という旗を掲げ、国を建てたからには結末はどうであれ、最期までやってみせるのが王というもの よくよくお考え下され..........それからもし体調が芳しくないようであるならば、子息に王位を譲られたら宜しい」
陳元達は諌言した後 “放言をお赦しを、全ては漢の為にございます” とそう言い残して王宮から出って行った。
周囲がざわつく中、たまたま俺の隣にいた崔岳が ”あれこそ諌言の士だ、今度会う機会があったら師事してみようかな“ と呟いていた...............そこで得た諌言を何処で使うのかと聞きたかったが、後が怖いから止めておいた。
その後しばらく虚空を見上げていた漢王が正気を取り戻して朝議が再開された。
「各方面から晋軍が迫っている訳だが、この敵にどう対処すればよいか また誰を将軍に任じたらよいか 意見のある者はおるか?」
当然ながらこの重責を担える将軍はそうそういない。しかも未だ晋軍側の将軍が誰なのかも分かっていないのだ。
晋室の権威は失墜したが、漢軍最大の天敵・拓跋猗㐌、叛乱軍にとって死神的存在・苟晞と祁弘、幽州の暴将・王浚など晋を守る名将は健在なのだ。
仮にこれらの晋将が出っ張ってきた際に、実績の面と能力の面で対抗出来る将軍が必要だった――――――




