第26話 二城陥落
王弥と曹嶷が俺を解放したのは翌日の日が高く昇った頃だった。
王弥らは昨晩の非礼を詫びると共に漢王に宜しく伝えてくれと俺に言うと、故郷の青州へ帰っていった。
その後酒屋に取り残された俺はその場にいた漢兵を連れて大陵に戻った。
当然といえば当然だが、大陵の本陣に戻った俺は勝手に陣を離れた事、戦が終わって間もないにも関わらず酒を飲んで酔ってた事で、諸将からこっぴどく怒られた。
その後――――――
「将軍 此方は中都、祁、京陵を治めていた県令の首にございます」
今、俺の目の前に首桶が3つ置かれていた。大陵の東に派遣していた劉綏・王忠が戻ってきたのだ。
2人は拱手して俺を迎えると足下に置いてある3つの首桶を見ながらそう言った。
「お二方とも御苦労!! 先ずは無事で何よりだ アハハ」
「我らが城を囲むなり早々に投降してきおっての 県令の首を差し出す代わりに、民の命は助けてほしいって言ってきおったのじゃ のぉ劉綏殿」
「王忠殿の言うとおり、中都ら3県の晋軍に戦意は無く、包囲するや県の長老が書状を手に、我が陣を訪れて降伏を申し出て参りました その後、城中の若者を集めて県令を殺したそうにございます」
..........いくら敵とはいえ治めていた民に裏切られて殺される、なんとも哀れな最期だ
首桶を開けるとそこには丁寧に塩漬けされた県令の首が入っていた。苦悶に満ちた表情を見るにどのような仕打ちを受けたかは想像に難くない。
「王忠、劉綏 この県令らの首を丁寧に葬ってやれ 敵とはいえ同情出来る側面もあるしな」
「「御意」」
「して曹恂はどうした? 一緒に行動してたんじゃないのか?」
曹恂がいない事に疑問を感じた俺は2人にそう問いかけた。すると2人はばつが悪そうな表情を浮かべてこう言った。
「恐れながら申し上げます 曹恂殿は我々と別行動をとると申されて、早々に一軍を率いて離脱していきました 何処へいったかは不明にございます」
「彼奴はまだ若い 我らのようなジジィとは考えが違うからの 彼奴なりの戦い方があるのじゃろう」
「行方知れずって..............何処にいったか検討すらつかないのか!?」
俺の問いに両人は静かに頷いた。
(兵4千と腹心が一夜にして消えるとは――――――ッ)
想定外の出来事に目眩が襲ってきた..........
結局、この日は何の対策も出来なかった。翌日、大陵の四方に斥候を放って曹恂の行方を捜索させるも手掛かりは皆無だった..........
――――――結局、曹恂が帰ってきたの捜索開始から10日経った頃だった。
「遅くなり申し訳ありませんでした」
曹恂は開口一番そう言うと拱手して詫びてきた。
まあ ”何をやってんだ” と怒鳴りたい気持ちもあったが、劉綏と王忠そして劉雅から何があっても怒ってはなりませんぞと釘を刺されていた。
まあここまで日数が経っていると怒りより心配する気持ちの方が勝つわけで............
「ど、何処へいってたんだ? 心配したんだぞ曹恂」
「太原より南の上党を攻めておりました 今や晋軍の大半は太原で活動している漢軍に釘付けに御座います その結果 ”漢軍は太原にいる晋軍を相手に手一杯で、他州に攻め込む余力はない“ そのような噂が巷で広がっております故、その真相を確かめたくて上党に攻め込んだ次第で御座います」
「なるほど、それで巷の噂と相違無かったか?」
「はい噂は真で、上党郡の北部はもぬけの殻で御座います。我らは途中で鉢合わせた3万の乞活(武装した流民集団)の協力を得て上党の中心部たる屯留・長子を攻め落としました」
「おぉ よくやったぞ曹恂!! 2城も落とすなんて我が軍随一の殊勲者だぞ」
「屯留の守将・周良は投降を拒否して自害し、長子の守将・石鮮に至っては乞活の兵に討たれました」
「そうか ならば後で乞活共にも褒美をやらないとな もう下がってよいぞ 体を休めるといい」
「御意」
これで上党北部は漢の支配下となった。
さらに俺は太原での支配を盤石にするべく、大陵の西南に位置する茲氏を包囲した。
茲氏の県令は他県が相次いで漢の攻勢によって陥落している状況を鑑みて、後詰めは得られないと判断するや城門を開いて投降を願い出てきた。
もちろん俺は喜んで投降を受け入れてそのまま県令を茲氏に留め置いた。
無駄な戦は父上の天下平定を遅らせる要因にもなり、民からの不況も買う 出来ることなら戦を避け、民を心服させてこそ王道だと 俺は父上から教わったのだ。




