第20話 簫叡、軍を退かせる
「劉柏根は晋に仕える人間、その参軍が何故漢軍を率いてる? 答えによって逆賊とみなし朝廷に報告するぞ!!」
簫叡の言葉に同調して劉雅も得体の知れない恐怖にかられてそっと戟の切っ先を王弥に向ける。
「報告するがいい。この程度の脅しに屈する王弥ではないわ!! 」
バキッン!!!
王弥はそういうと握り締めていた偃月刀の切っ先に力を込めるとその豪腕を以て粉々に砕いた。
「.............っ!!!」
「――――――っ」
偃月刀を砕かれた簫叡は腰の長剣の柄に手を掛ける。
「止めておけ若造 時には尻尾を巻いて逃げるのも大事だぞ 兵法にもあるであろう"走るを上と為す"とな 今この城にはオレが率いてきた漢軍1万がいる訳だが..........貴様が率いてきた晋軍はせいぜい数千くらいだろう?」
「............」
「この意味、分かるであろう?」
王弥の言葉に簫叡は歯軋りする。
一歩遅かった.........あと1日、あと1日早ければこの城を落とせたのに――――――
そんな悔しさが簫叡の胸に去来するも、彼も一介の将である。引き際だと気付かされると残兵をまとめて大人しく城から出ていった。
簫叡軍を追撃すべきとの声も上がったが劉雅は王弥の"深入りは禁物、自軍の損害を省みるべし"の言葉を受けて却下した。
内城・漢軍本陣――――――
「王弥殿、改めて感謝申し上げる。もし貴公の援軍なくばこの大陵は落ちていたやもしれぬ」
漢軍3千の内、戦死者は500余り、戦傷者は800余りで、籠城に協力してくれた民に至っては1万の内、戦死者300余り、戦傷者数千余り..........一通りの状況整理を終えた劉雅は王弥を本陣に招いた。
「礼を言うならオレじゃなくて漢王に言え。オレは漢王の遣いでここに来たに過ぎん」
「漢王が?」
「............一応確認だがお前が劉曜であろう?」
「いや私は劉曜の族弟・劉雅という者だ。劉曜は精兵1万と共に晋陽に向かっている」
「ほぉ 敵の本拠を狙うとは中々の勇猛ぶりだ。さてはこの大陵にやって来た敵は劉曜の小僧が討ち漏らしたものか........」
どこから持ってきたのか、王弥は爵をあおりながら呟く。
「大事無ければよいが............精兵を連れているとは云えども実戦は此度が初めてなのだ」
「心配しても仕方がないだろうに、幸いオレが聞いた話じゃ 司馬騰の頼みの綱である拓跋部の連中は、定襄郡の盛楽に戻っていて晋陽には居らぬそうだ」
「然りとて安堵は出来ぬ 拓跋の騎兵は匈奴の騎兵より優る」
「それ程心配ならオレが援軍を送ってやろう 夜が明けたらオレの配下を晋陽に行かせるとしよう」
「それは有難い。劉曜をお頼み申します王弥殿」
劉雅の心配ぶりを見かねた王弥は副将の曹嶷に兵2千を預けると夜明け共に大陵の北門から出撃させた。
汾水西岸――――――
しんしんと雪が降る中、俺は汾水の西岸に陣を敷いていた。
左右の両翼には匈奴騎兵それぞれ3千を、中央には漢族の重装歩兵を前軍2千、後軍2千の2段構えに配した。
そして対する晋軍は...........
「敵の陣容を見てきたが我々と全く同じだ。左右に騎兵、真ん中に歩兵だ」
「数は?」
「恐らく1万か多く見積もって2万くらいだろう」
艶やかな黒髪を頭頂部で纏め、バッチリ化粧を施した崔岳がそういう...........待てコイツが何故ここにいる!?
「いや なんで当然のようにいるんだよ」
「君の晴れ舞台を是非ともこの目に焼き付けたいと思ってねぇ 居ても立っても居られずに付いてきてしまったのだよ」
「全然気づかなかったぞ」
「それはそうだろう 最後尾の兵に混ざって行軍していたからな!!」
せらせらと笑う崔岳。よくその目立つ容色で混ざれたものだ。いや多分兵が気付かぬフリをしていたのかもしれない..........
普通の女人ならば無理矢理でも帰らせるが、崔岳は度胸もあり智略もある。傍に置いておいて損はない。
「................そうか ところで崔岳、敵の総大将・司馬騰はあの軍にいるのか?」
「フフッ 臆病者の司馬騰が鎧を着て兵を指揮している姿を、君は想像出来るかね?」
「いや想像出来ないな そもそも司馬騰は直接兵の指揮を執った事があるのか?」
「司馬穎を討伐する際に王浚の後詰めとして兵を指揮した程度らしい。その後の戦は配下の将軍任せだ。ほぼ無いと見ていいだろう」
「となるとアレを率いてるのは司馬騰配下の将軍という訳か.............」
俺の言葉に崔岳はコクリと頷く。本音としては総大将・司馬騰の首を捻じ切ってやりたかった。
(残念ではあるが、まああの軍を壊滅させるだけでも司馬騰を動揺させるだけの効果はあるだろう)
中央の前後軍の指揮を崔岳に任せると俺は右翼の匈奴騎兵の指揮にまわった。左翼の匈奴騎兵は適当な将を宛がった。
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