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第2話 吉報

「それで何かあったのか?」


 胸のイヤなムカムカから解放された俺は崔岳(さいがく)にそう問う。


 すると崔岳はおもむろに俺の肩を掴むと表情を和らげた。先程までの仁王の如き憤怒の表情とは大違いだ。


「君はようやく報われるぞ。罪に問われて洛陽(らくよう)を追われる身となり、はるか彼方の楽浪(らくろう)の地で8年の苦節を乗り越えた。恩赦(おんしゃ)が出てからもこの管涔(かんしん)の山に籠もりながら早1年!!」


崔岳は興奮してるようで陶器のような白い肌を紅潮させながら捲したてる。


「ようやくこの時が来た」


 崔岳は床几台の上に置いてある書簡を手に取ると俺に渡してきた。



スッ カチャ



紐を解いて書簡の内容を確認する............



「.............父上は反晋の盟主になったのか」



読み終えると俺は静かに目を閉じた。


 書簡には父・劉淵(りゅうえん)左国城(さこくじょう)で正式に晋から独立を宣言して(かん)を再興させたという文言が綴られていた。



「崔岳 俺は直ぐに左国城に向かう.............今まで世話になった。この恩は晋を滅ぼした後で返す」



「.................」



 そう言い残して去ろうとした直後、彼女は咄嗟に俺の腕を掴んで引き留めてくる。

 何事かと思って振り返ると俯いた彼女の姿が目に入る。


「ど、どうした?」


「.........君と私が初めて会った時のこと、憶えているかね?」


「あぁ、俺が楽浪で一文無しになって市中を彷徨ってた時のことか?」


 一族や俺に好意を持ってくれた太守(たいしゅ)のお陰で楽浪に逃げられたは良いが、殆ど無一文に等しかった俺はその日の食べ物にまで困る有様だった。


 そんな乞食同然の俺が泣きついたのが当時朝鮮県令(ちょうせんけんれい)に就任したばかりの崔岳であった。


「君を一目見て英雄の才覚があると思った。真紅の瞳に雪のように白く艶やかな髪、そのガッシリとした体躯。凡庸な私にとって君は奇貨(きか)だった。私を晋の下僕から漢の下僕にしてはくれないだろうか? 今の私は県令の身分を捨てて無位無官なのだ.........勿論、虫が良すぎるのは重々承知してるが...............」



(今まで仕えてきた晋を弱り目だからという理由でさっさと見限って、強者の漢に仕える.........あまり好感は持てねぇな。これを父上に話したところで頷くかどうか.........)



 崔岳を連れて行くか迷いに迷った。しかし大恩のある人間を捨てるのは俺の心中が許さなかった。


「分かった。父上に掛け合ってみよう。もし仕官出来なかった時はアンタを食客として迎え入れよう。これなら問題ないはずだからな」


「分かった有難う。礼を言うぞ永明」


 その後、俺と崔岳は荷物をまとめて出立の準備を始めた.............といっても持っていくのは保存食やら路銀のみである。


(1年過ごしたこの屋敷ともお別れか.........)


 僅か1年という短い期間ではあったが、充実した毎日だった。


 日がある内は野山を駆けて騎射の鍛錬をして日が暮れると酒を飲みながら兵書を読む。そして寝落ちして気が付けば朝になってる.............

 

 思い出に耽りながら蔵を開けて中を物色していると筵にくるまれた何かを見つけた。

 2尺3寸程の長さの物で筵を剥がすと中から現れたのは長剣................


「な、何だこりゃ」


 黒い鞘は赤碧玉(せきへきぎょく)で彩られ剣首には濃紅の剣穂が飾りとして付いている。


(洛陽にいた頃に持ってた剣は楽浪で売っ払って無いし、丸腰のまま左国城に行くのもなぁ.........)


結局その長剣をくすねる事にした。


 この屋敷は廃屋同然だった。この長剣もかつては誰かの物だったかもしれないが、今はこうして朽ち果てた蔵に棄てられていたのだ。俺が貰っても問題ないだろうと考えたのだ。



その後、崔岳に長剣を見せたら――――――



 “これは山の神が、かつてこの屋敷の主に授けた剣だろう。主はもう居ないのだから君が貰っても問題ないだろう“ と言われた。


 何やかんや出立の準備が整うと、その日の内に馬を駆り山を降りた。

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