第1話 永明
――――――今日の事は ”天がそうさせた” に過ぎぬ わしは天命に従ったまでのことよ
傷だらけで氷の上に横たわる俺を見下ろして、奴隷上がりの王は狼のような牙を覗かせて嘲笑った................
304年10月 雁門郡・管涔山――――――
秋の肌寒い風が戸外から吹きつける中、俺は静かに目を覚ました。
「うぅ、寒っ!!」
牀(ベッド兼ソファーの意)の近くに放ってあった外套を頭から被ってさらに掛け布団を体に巻き付ける。
昨夜深酒したせいか頭がガンガンに痛み、胃がムカムカする.........やべぇ吐きそう。
トントンッ
迫り上がってくる胃の中のブツを必死に押し止めていると部屋の扉ならノック音が聞こえてくる。
「......は、入ってくれ」
「失礼するよ永明」
戸を開けて入ってきた黒髪の美女はそう言うと切れ長の瞳を細めて微笑む。
彼女の名は崔岳という。楽浪郡・朝鮮県の県令で、俺の命の恩人とも云える女性だ。彼女が居なければ俺はとっくに朝鮮という辺境の地でくたばってたはすだ。
「こんな朝早くに.........さ、崔岳......何かあったか?」
目をこすりながら欠伸する俺の顔を崔岳は顔を近づけて覗き込んでくる。
「君、大丈夫か? 顔色が真っ青だぞ」
「アハハ、どうやら酒を飲み過ぎちゃって......うっ!!」
喉奥からせり上がってくるブツを必死に胃に戻そうとするも、その労も空しく...............
――――――オロロロロォォzzzzz
思いっきり吐瀉物を寝具にぶちまける俺、それを見て激怒する崔岳............その後、半日ばかりの説教を受けたのは言うまでも無いだろう。
それにしても美人の怒る姿は阿修羅や仁王にも勝るもので、義父から何事にも屈しない強情な精神と勇気を持ってると評された俺が半ベソかく程だった。
その後――――――
「ほれ葡萄だ。二日酔いに良く効くから食べたまえ」
「あぁ、ありがとう」
説教の後、崔岳は少しの間部屋を離れると間もなくして剥き身の葡萄を載せた椀を手にして戻ってきた。
「”自分は楽毅を超える人間だ“ なんて豪語しておきながら酒に潰れるとは.........まったく情けないと思わんかねぇ」
楽毅とは戦国時代に活躍した燕の将軍で強国だった斉を滅亡寸前にまで追いやった名将のことだ。
男に生まれたからには史書に名を残すような名将になる..............これが俺の幼い頃からの夢であった。
「酒の失敗なんて誰にでもあんだろ。大英雄なら尚更だ。俺は大英雄みたいに大事を成すんだ。小事なんか気にはしてられねぇよ」
「君にとって酒の失敗は小事か.......」
そう言うと崔岳はやれやれと溜息をつく............
――――――おっと!! これは失敬。俺の自己紹介がまだだったな
俺の名は劉曜。字を永明という。歳は30。
幼い頃に実の父を亡くしてから、一族の劉淵という人物に引き取られて今に至るという訳だ。
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