第112話 許昌へ
洛陽・太極殿――――――
「胡の首魁たる劉淵が没して攻勢が弱まると思いきや前に増して強くなっておる 太傅これはどういう事か!!」
相次ぐ漢軍の侵攻と掠奪に堪えかねた皇帝・司馬熾は激怒した。
怒声に怯えていた百官ではあるが、もはや百官など路傍に生えた雑草同然で何ら役にも立たぬ存在であった..........いやこれは失礼、雑草も役に立つ時があるから、百官は雑草以下という事になる。
そしてそんな実務能力皆無の百官を大量に生み出した張本人こと太傅・司馬越は鎧を着たまま謁見していた。
「ご心配をお掛けして申し訳ございません 陛下の申される通り確かに攻勢は強まってはおります。然れど胡軍は劉淵という英主を失ったことで足並みが乱れているように見えまする」
「足並みだと? 朕には只の言い訳にしか聞こえぬが」
「先日の来寇............胡軍はこの洛陽を包囲することなく各地に散りました。劉粲は洛陽の南へ、王弥と石勒は成皋関の東へ、劉曜は宜陽から北へ..............これを見まするに胡軍は英主を亡くして統制を欠いているものと思われます」
司馬越はそういうが彼自身、敵の弱点は分かっていても、その弱点を突いて撃ち破る手は持ち合わせていなかった。
既に矛の役割でもあり盟友の苟晞とは仲違いしており、残念ながら司馬越の独力ではどうにもならなかった..............
――――――晋を護る為にやってきた事が全て裏目に出るとは
この時既に司馬越の闘志は燃え尽きようとしていた。
「ふん そうか、ならばこれからどうする?」
近頃、仲違いした苟晞が司馬熾に接近しているという噂があり、司馬越は孤立を極めていた。
名将たる苟晞を味方に出来た、かつての弱々しい皇帝は強気になっていた。
「.............連中の結束が強まる前に各個撃破するより他ありますまい 先ずは東方で根を張ろうとしている石勒から討伐、次に王弥と考えております」
「うむ ならば早々に討伐せよ。もし職務に堪えられぬようであれば指揮権を青州刺史に譲り渡せ よいな!!」
「ぎ、御意」
青州刺史とは司馬越と対立する苟晞のことである。
もはや洛陽に自分の居場所はないと悟った彼は邸に戻ると後事を託すべく息子を呼び出した。
「父上、お呼びですか?」
「お前に後事を託す.............王衍と共に朝政を主管せよ」
「恐れ入りながら父上は朝廷の重鎮、年齢から考えても後事を託すにはまだ早いのでは?」
息子の司馬毗は突然の父の引退宣言に戸惑いを隠せなかった。
「いや私はもう十分働いた ただ働き過ぎて疲れてしまったのだ。お前という良き後継者も出来たことだし、そろそろ身を退く時かと考えてな.............」
「王朝の大黒柱たる父上が居なくなっては軒が傾きます どうかもう少しだけ.............」
父の心労を思うとこれ以上は言えず下を向いた............
八王の乱を征し、胡軍の侵攻を幾度となく跳ね返してきたその躰はもうボロボロになっていた。
強引な手腕は決して褒められたものではないが、時世を顧みれば仕方のないことでもあった。
「無論、最後の大仕事を成し遂げてから引退するつもりだ。私はお前に都を任せる。何倫、李惲と共に陛下を護るように」
「分かりました」
そして11月になると司馬越は兵4万を率いて石勒を討伐するべく許昌に出鎮した。




