第108話 焚きつける
310年10月 新興郡・雲中――――――
カッ カッ カッ !!
「申し上げます!! 平陽で変事があり劉聡が皇帝に即位したとのことです」
急を報せる早馬は新興に陣を置いていた簫叡の元に駆け込んだ。
報告を受けた簫叡は顔をしかめる。
「ちっ.............賊を滅ぼして折角いい気になってたのに、それで奴らの動きは?」
「劉聡の子・劉粲が兵4万を以て再び洛陽を侵し、梁・陳・汝・潁は掠奪の嵐に見舞われたとのこと」
簫叡はニヤリと笑う。
(いや皇帝の子が兵を率いているのであれば、主な諸将も連れ立っているはず、ならば平陽は空も同然なのでは..............?)
――――――今なら平陽を取れるッ
だがその考えは直ぐに打ち消した。
何せ今は拓拔猗盧に仕えており、勝手が許されるような身ではない...........
「分かった。その事は我が主に伝えておく お前は引き続き連中の動向を監視してくれ」
「御意」
簫叡は1万の騎兵を率いて晋陽の北側、新興に居座っていた。
何故そんな場所にいるのかと云うと、司馬騰に代わって新たな并州刺史となった劉琨を護るためである。
まあ出向中という事である。
雲中に入った簫叡は兵1万に酒と肉を与えて充分な休息をとらせていた。
自身も北の城壁に登ると爵を片手に地平線を眺めていたのだった。
「賊を潰したというのに浮かぬ顔であるな」
背後からの声に簫叡は振り返ると長身の美男子が立っていた。
「これは鬱律殿、何故このような場所に?」
拓跋鬱律は拓跋猗盧の甥っ子であり、此度の賊討伐の総大将である。
簫叡はその先鋒となり賊軍の中軍を突き崩して敗走させる大功を挙げていた。
「最大の功労者たる貴殿が見当たらなかったのでな、探していたのだ」
「お手を煩わせて申し訳ございません」
「よいよい 祝う気にもなれぬのであろう。事情は伯父御に訊いているのでな」
「.............」
鎧を着たままドカッと簫叡の隣に座る。
「匈奴の主力が洛陽の南を荒らし回っているらしい 今頃、奴らの拠点は空っぽであろうな」
「ならば鬱律殿、全軍で平陽を攻めることは出来ないのか? 絶好の機会だと思うが」
簫叡の言葉に鬱律は首を横に振る。
「ここから奴らの拠点まで距離があり過ぎる 更に晋陽から南は匈奴の砦が点在していて迂闊に攻め入れば側面や背後を突かれる可能性が高い.............厳しいであろうな」
「..............ではどうすれば」
「残念ながら此方から攻め込む事はないであろう 伯父御としては匈奴が拓跋や劉琨に手を出さぬ限り、何もしないという方針だからな」
「鬱律殿はどのように考えているのだ このまま匈奴の伸長を許せば必ずや拓跋は滅ぼされるだろう?」
”滅ぼされる” という言葉に鬱律は目を細めて酒を飲む手を止めた。
「..............ハァ、滅ぼされるのがイヤだから私達は手を出さぬのだ それなのに貴殿は ”手を出せ” と煽る。ひょっとして貴殿は私達に滅んで欲しいのか?」
「これは失礼 そのような気持ちは毛頭ない。然れどこのままでは――――――ッ」
「貴殿が母上の無念を想って仇討ちがしたい、という気持ちは良く分かる。然れど事を急ぐあまり他者を焚きつけるのはどうかと思うが..............まあ私は飽くまで貴殿の味方だ。なるべく良い結果になるよう動こう」
それだけ言い残すと鬱律は去っていった。




