フローレの記録
白い屋根、白い柱、白い床、白いローブ。
ぼやけた世界でその人のは黒い髪の輪郭と冷たくも意思のある藍色の瞳を持っていた。
「心臓から手の平に魔力が流れるイメージでもう一度」
「はい、先生」
自身の手の甲には尊敬してやまない人の手が添えられており。その暖かさにこそばゆくも期待に応えたいと指示通りに魔力を流す。
すると両手の平で覆っていた。植木鉢から芽が顔を出し、自然の摂理とはかけ離れた早さで成長し、そして花を咲かせた。
「素晴らしいですフローレ。とても綺麗な白い花ですね」
頭上からそう声をかけられてフローレは喜びを表すために鉢植えを掲げて暖かなその人に笑みを向けた。その人の手がそっとフローレの銀髪に伸びて優しく頭に乗せてられる。
「ここにいたのか!」
しかし穏やかな時間は騒音と共に消えた。
「探したよアルメリア」
「デイロス様……」
その人物は巨大な両扉を勢いよく開け放ち。新鮮な空気を入れるだけで無く冷え冷えとした冷たい風を二人の師弟に吹き晒せた。
「君は行き先をつげると言う事をしない。どれだけ僕が探し回ったと思っているんだ?とてもだ。とても心配した……」
まるで演劇を見せられている様だ。その方は大袈裟に言葉を発してアルメリアの手を両手で包み込んだ。
穏やかな世界はこの男によって破壊される、フローレはしかし自身の身分ではこの方に抗議するどころか話す事すら許されないのだ。内にあるモヤモヤとした気持ちを伝えたくって師匠の顔を伺うが師は握り込まれた自身の右手を真顔で見つめておりこちらを向く様子の無い姿に、フローレは唇を尖らせて。あの方の視界に入らぬ様に師の背後に隠れた。
「デイロス様、フローレの魔術指導をすると申し上げておりましたでしょう、毎度毎度突撃されては訓練が進みません」
「それはすまない」
アルメリアがそう言うとデイロスはパッと手を話し。ニコリと笑みを浮かべた。
先程までの悲壮感漂う雰囲気は何処へやら。胡散臭い笑みを浮かべる男は饒舌に言葉を続けた。
「それにしても、前回も同じ魔術の練習をしていたね。花を咲かせるだけの魔術がそんなに重要なもの何かい?」
「私達にとって固有魔術は自分自身も等しい。より魔力と同化するためには身に宿る魔術を呼吸するも同然に扱える様になる事は何より重要なこと。そうおっしゃったのは貴方様ではありませんか」
「そうだったね、でもやはり君がわざわざ付きっきりで指導する必要性は無いだろう。何よりこの私を蔑ろにして」
デイロスは目をすがめてアルメリアの顔を覗きこみ尋ねる。彼には身分がある、壁に囲まれたこの国でその身分は高くフローレは彼の方の許可なく言葉を発する事はできない。
「面倒くさいですね」
「本音が出たね」
そんなお方にアルメリアは遠慮をしない。彼女は優しく、フローレにも魔術を教える事を厭わず皆平等に扱う。取り巻きはいないが人望があるのは、王族であるデイロスの補佐を務めているからだけで無い。むしろデイロスと言う破天荒で何を考えているかわからない男の補佐であるのも関わらず。彼女は人に慕われる。
「はーつまらない。フローレが来てからいつもこうだ」
「お暇でしたら、執務をされては?貴方様にはやるべきことしかありませんでしょう?」
「大丈夫だ、僕より優秀な兄が沢山いるからね。特に4番目の兄は今朝も僕の役割を引き受けてくれたよ」
「アシヌス様はデイロス様の相手をするのが面倒なのでしょう。役割を肩代わりした方が楽であると私も思います」
「酷いことを言う。僕の相手をするより役割を二人分こなす方が楽だなんて」
「あの方はそう言う方です。知っていて押し付けているのでしょう?」
「よく知っているね」
笑みを深めてデイロスはそう言うと彼女の肩に手を置きそのままアルメリアの体を自身がいた位置と入れ替え彼女の体を出口えと向かわせる。
「さぁ僕の補佐官、次は僕と遊ぼう。魔術語の構想に魔力循環の効率化、まだまだ沢山、話さなければならない事が沢山ある」
「その全てどれもが遊びではありませんよ」
アルメリアが呆れながらも押されるがまま扉の外に出る。晴天が刺す白い柱が眩しいくアルメリアは手で目元に影を作り空を見上げた。この国の中央にそびえ建つ王宮それを守る防御壁の文言が空と境界を作っている。
今日も異常は無い囲われた空を見上げていると廊下の向こうからパタパタと羽音が聞こえた。
見るとそこには気怠そうに低空飛行をする小鳥がこちらに向かってユラユラと飛んで来ている。
アルメリアを見つけると、やっと止まれるとヨロヨロと鳥とは思えない着地をアルメリアの二歩手前で行い。それ以上は動かないと硬い意志を見せつけてた。仕方なく小鳥を持ち上げると小鳥は口を開きその口から言葉を発した。
『終わった、来い』
小鳥から発生られたとは思えない男性の低い声はたった二言、言い終えるとそれ以上は口も開かず。また飛び立つ気もさらさら無い様でだ。
「心底、飼い主そっくりだね」
「アシヌス様がお呼びです。どうやらデイロス様のお仕事もお済みになられた様ですね」
「そうだね……はぁ〜これから楽しい一時だって言うのに。塔に行かなきゃいけないなんて。これもそれも全部君がフローレにばかり構うからだ。僕との時間をもっとも尊ぶべきだと何故わからない」
アシヌスは腰に両手を当てアルメリアの瞳をジッと覗きこむ。いかにも怒っていますと表した表情だ。
軽い様に見えてこの状態になると普段の倍以上に面倒くさくいと師匠は知っている。
「わかりました。これ以上デイロス様の大切なお時間を消費しないためにも私がアシヌス様の元に向かいます」
「そう言う意味じゃ無い。……フローレを行かせれば良い」
「フローレは見習いも見習いですよ。他の陛下方の目に入る場所に行かせられません」
「僕は良いんだ」
「貴方は自らここにいらしているではありませんか。不満を抱えるのであれば。どうか塔にお戻りください」
「あ、コラ!アルメリア!」
手に止まった小鳥を肩に乗せてアルメリアはデイロスを置いて歩き出す。
フローレもそれについて行きたいができない。今日も早く終わってしまった魔術の授業を惜しみ、してはいけないのにアルメリアの後ろを歩く彼の方の背を見る瞳に湧き上がる感情を乗せてしまった。




